海老坂の与兵衛の指揮の下に〔おつとめ〕の計画は着々とすすめられ、いまは決行のときを待つばかりとなった。
盗み出した金箱は、用意した二梃の駕籠へ入れ、これを駕籠かきに化けた一味の者が担ぎ、頭領・与兵衛自身がつきそって、本郷・竹町の組屋敷がならぶ道をぬって一気に仙台堀へ出る。
江戸に仙台堀は二つ――一つは深川にあって大川から発して、永代新田で横十間川に合流する。もう一つが神田川の水道橋近辺をいう。後者は、17世紀中葉、牛込から和泉橋までの船入り普請を仙台藩が命じられたための呼称。
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尾張屋版
お茶の水・水道橋
(『江戸名所図会』)
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