文庫巻1の第5話「老盗の夢」は、殺さず、冒さず、貧しきからは盗まずの3つの掟を守って自滅して行く正統派の老盗賊〔簑火〕の喜之助を描いて哀惜きわまりない物語であることは、ファンなら百もご承知。ところで、おとよの豊満な魅力によって男としての力をよみがえらせた〔簑火〕が、2人の生活費を稼ぐために江戸へ下り、助っ人を求めて、下谷黒門町・茗荷屋の名代〔五色おこし〕と切餅を携えて最初に訪ねたのが、浅草・鳥越にある「松寿院」の門前の花屋――〔夜兎〕の角右衛門の盗人宿を預る前砂の捨蔵のもとでした(茗荷屋などのことは本HPの「老盗の夢」をごらんください)。

 この「松寿院」、尾張屋版では「寿松院」となっており、台東区鳥越 2-13- 2に現存する浄土宗の寺院です。

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尾張屋版

寿松院


それをあえて「松寿院」としたのは、近くの永住町育ちの池波さんのテレと、永いあいだ思っていました。ところが近江屋近吾堂版の切絵図を確かめ、そこが、松寿院と記されているのを発見してびっくり!

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近吾堂版

池波さんは、『鬼平犯科帳』の構想を練るとき、近吾堂版をひもといていたから、現地を確認することなくそのまま写してしまったようですね。これから『鬼平犯科帳』を読むときには、つねに近吾堂版を手ともとかないと……。



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