チドリ(千鳥) | ||
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風もなく、あたたかに晴れわたった冬の午後である。石の上に腰をおろした秋山小兵衛は、まるで、鋏(はさみ)で紙を切るように薪を割っていた。(略) 大川に沿った岸辺の枯蘆の上を、千鳥の群れが飛び去って行くのが見えた。 (1―1 女武芸者)p50 新装版p53 イソシギ 愛知県豊橋市 2002.11 約20cm。留鳥。 ピューイ、ピ、ピ、ピ…と鳴く。夕暮れによく鳴く。1羽でいることが多い。 イカルチドリ 東京都調布市 2003.01 約21cm。留鳥。 ピュー、ピュー。 コチドリ(若) 茨城県河内町。2002.09約16cm。イカルチドリとそっくりだが小さい。 目のふちか金色。日本で繁殖するが、冬、東京では見られない。 ハマシギ(冬羽) 千葉県・谷津干潟 2003.01夏をのぞいて干潟・河口などで群れている。 ビーッと鳴く。 ハマシギの飛翔 千葉県・谷津干潟 1995/05 一糸乱れぬ群れの飛行ぶりは圧巻。 チロチドリ 千葉県・谷津干潟 2002.12約17cm。 ピルッ、ピルッ。切れている首の輪。東京近辺では留鳥。 「南品川鮫洲海岸」(広重『名所江戸百景』) 帰雁とノリヒビの上を飛ぶ千鳥(ハマシギ?)の群れ。 「鐘が潭 丹頂の池」(長谷川雪旦・画『江戸名所図会』) 「行徳鵆(ちどり)」(長谷川雪旦・画『江戸名所図会』) トウネン(夏羽) 千葉県・谷津干潟 19982.09約15cm。 ピョ、プリッ、チュリッなどと鳴き、東京近辺では干潟で越冬する個体 もいる。 「ミユビシギ 茨城県波崎 2002.02約19cm。 チュッ、チュッ。キュ、キュ…などと鳴く。浜辺で群れていることが多い。 夏羽は遠目ではトウネンに似ているが、冬羽は白っぽくなり肩羽のあたりが 黒い。 |
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各務:還暦をひかえて秋山小兵衛が隠棲したのは鐘ヶ渕。わら屋根の小さな百姓家で裏は松林。庭先には大川(隅田川)の流れを引きこんだ小さな舟着場がある。 |
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西尾:舞台は安永6年(1777)年の暮れ。小兵衛は翌年が還暦の59歳。2年前からいっしょに暮らしているおはるは19歳。 | |
各務:鐘ヶ渕は、隅田川、荒川、綾瀬川の三俣地点。ここで蛇行した荒川は、その下流から隅田川と名が変り、そこへ綾瀬川が合流する。 | |
西尾:いまも合流している綾瀬川は旧綾瀬川と呼ばれて、『剣客商売』のころよりもうんと短くなった | |
各務:広重の『名所江戸百景』の「綾瀬川 鐘ヶ渕」は合歓(ねむ)の花の名所だが、秋には水月を愛でる地としても知られていた。つまり流れのゆるやかな湾処(わんど)になっていたのである。 淡海の海夕浪千鳥汝が鳴けば心もしのに古思ほゆ 柿本人磨呂 思いかね妹がりゆけば冬の夜の川風寒くちどり鳴くなり 紀貫之 千鳥のもの悲しげで透明な鳴き声は人恋しさをつのらせる。姿よりも声の鳥だったといえる。芭蕉の句にも闇と鳴き声を対比させた、 星崎の闇を見よとや啼く千鳥 があるが、やがて千鳥の姿が現れるようになる。 あら磯やはしり馴れたる友鵆(ちどり) 去来 打ちよする浪や千鳥の横歩き 蕪村 江戸時代、先人の美意識をなぞって楽しむ文化が定着する。江戸後期の『東都歳時記』には、深川洲崎、隅田川沿いの今戸、橋場あたりが千鳥の名所となっていた。佃島、品川も有名で、『江戸名所図会』では行徳の海を飛ぶ千鳥と風流人たちが描かれている。行徳は江戸小網町から3里8丁の航路であった。 江戸時代には、千鳥は冬のものになっていた。ただし当時の冬は旧暦の10〜12月。現代でも千鳥は冬の季語とされているが、多くのシギ、チドリは、春秋の渡りの季節に干潟・田畑などを通過しており、冬に限定するのは正確とはいえない。 江戸の冬、風流人たちが愛したチドリは、かならずしもチドリ目チドリ科の限定されていたわけではない。比較的小さいシギも千鳥とみにしていたはずである。チドリは3本指で多くはややずんぐりした体形の水辺の鳥。コチドリ、シロチドリなどが相当する。シギは後趾という小さな足がかかと部分にある。 無数の友だちが智恵子のなをよぶ。 ちい、ちい、ちい、ちい、ちい―― 砂に小さな趾(あし)あとをつけて 千鳥が智恵子に寄って来る。 高村光太郎『千鳥と遊ぶ智恵子』 この千鳥は、渚で波と 追いかけっこしているミユビシギだろう。このシギは例外的に3本指。九十九里浜の渚で、彼らはハマトビムシを食べている。フロリダのサニベル島の渚でも貝殻拾いの人たちの足元でコオバシギの群れがこの虫をあさっていた。 江戸の冬で見られた千鳥は、海辺ではシロチドリ、ミュビシギ、ハマシギが代表格。 浦風や巴をくずすむら鵆(ちどり) 曽良 一糸乱れぬ方向転換をするハマシギの群れの生態をよくとらえている。季語では浜千鳥、浦千鳥などがこれら。川千鳥と呼び親しまれたのは、河川、河原などにいるイカルチドリやシロチドリ。シロチドリは浜辺などにもいる。コチドリはもっと西の地方で越冬するから、冬の江戸では数が減る。イカルチドリは冬には小さな群れをつくって生活している。秋山小兵衛が目撃したのはイカルチドリの群れだったかもしれない。 |
文芸評論評家&バードウォッチャー 各務三郎
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