〔妙義(みょうぎ)〕の團右衛門
『鬼平犯科帳』文庫巻19に所載の[妙義の團右衛門]のタイトルになっているほどの巨盗の首領。上信2州から越後へかけて大仕掛けの盗みをはたらく。手下も3,40人。女好き。
年齢・容姿:60歳。肥って血色のいい、6尺近い大男。歯が若者のように白い。
生国:上野(こうずけ)国甘楽郡(かんらごおり)妙義村(現・群馬県甘楽郡妙義町妙義)
探索の発端:芝の愛宕権現下の大鳥居のところで、〔妙義〕の團右衛門が、〔嘗役(なめやく)〕だった〔馬蕗(うまぶき)〕の利平治と、6年ぶりに、ばったり出会った。團右衛門は利平治から押しこむ先の店の情報を買ってはいるが、彼がいまは火盗改メの密偵となっていることは知らない。
利平治が團右衛門へ売ったのは、浜松町3丁目の蝋燭問屋〔三倉屋〕の覚書や間取り、金蔵の絵図面であった。
團右衛門から聞きだしたことは、すっかり、鬼平へ報告された。
結末:團右衛門と酒を飲みかわしたあと、料理屋〔弁多津〕を出て火盗改メの役宅まで、利平治は尾行されていた。
〔妙義〕一味は、〔三倉屋〕への押しこみを断念、その代わりに、湊町の盗人宿に扼殺した利平治の遺体を残して去った。
つぶやき:鬼平一代の失策---といわれるこの物語には、2番底が用意されている。
愛宕権現、女坂上の水茶屋の女お八重の肌を忘れかね、高崎からわざわざ出府してきた團右衛門は、お八重を見張らせていた鬼平の手に落ちた([座頭と猿]の二番煎じの観もあるが)。
〔嘗役(なめやく)〕としての〔馬蕗〕の利平治が、押しこみ先の情報を売ったのは、「犯さず、殺さず、貧しきからは盗まず」の3カ条を守っている首領にかぎられるという。とすれば、〔妙義〕の團右衛門もそういうお頭だったのであろう。
しかも、ずっと前のことだが、利平治が有馬へ湯治に出かけたとき、利平治のお頭〔高窓〕の久兵衛がとどけてよこした見舞金は50両だったのに、〔妙義〕の團右衛門は100両を使いの者にもたせたという。
その團右衛門を裏切ったのは、利平治がよほどに鬼平に惚れこんでいたからであろうが、裏切りは、ちょっとひどすぎる感じもないではない。もっとも、このとき利平治が團右衛門をかばうと、物語が成りたたなくなるとはおもうが。
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コメント
〔妙義〕の團右衛門を、「女好き」って、ひと言できめるのは、どんなものでござんしょ?
大柄だし、たしかに精力的のようにも感じられますよ。押しこみ前になにしてしまっても仕事には差し支えがないというんですから---というより、お盗めへの緊張感の高まりからあつちの欲望も強まっていくタイプの人みたいだけど。
それより、あたしがこのお頭に感じるのは、「金ばなれ」がいいってこと。
お八重さんのふところへ事前に落とし込んだのが2両、利平治の湯治見舞い金が100両でしょう。
さわやかな男に見えますがねえ。歳の60は、いただけないけれど。
投稿: 裏店のおこん | 2005.02.28 03:49
女好きは病気、
性的な嗜好は他人の預かりしらぬもの、誰でも他人に言えない秘密があります。
例えば身体の一部分に特別な興味をもつとか、動作とか、五感の中には匂いに敏感なもの、見ることに興味(面食い)を持つもの、征服欲を満足する者など千差万別。
妙義の団右衛門は金で女を喜ばせながら自分は快感を感じるタイプじゃないですかね。 女はあまりの執拗さに驚くのですが、そこは金の魅力には勝てない。
疑り深い、思慮のある団右衛門の唯一の弱みは女に弱いところかな。
投稿: edoaruki | 2005.02.28 09:30
>おこんさん
やはり、男は「金ばなれ」のよさですかねえ。
>edoaruki さん
江戸時代の男の60歳は、現代の幾つあたりでしょうね?
もっとも、史実の長谷川平蔵の夫人の縁者(万年家)にも、60歳をすぎて女に狂い、息子が平蔵に相談したって例がありますから、60歳をすぎたらあのほうは卒業---なんて、いちがいに決めつけてはいけませんね。
投稿: ちゅうすけ | 2005.02.28 13:04
馬蕗の利平治には荷が重すぎました。
嘗役が本業だけに盗みの修羅場をくぐって無い事が裏目に出てしまいました。
団右衛門と別れてその足で真っ直ぐ役宅に行ったのは安易でした。
[熱海みやげの宝物]で利平治が平蔵に渡した嘗帳には蝋燭問屋・三倉屋はすでに無く、団右衛門に50両で売った後だったのでしょうか。
投稿: 靖酔 | 2005.02.28 13:48
>靖酔さん
まったく、同感です。
「荷が重すぎた」いいえて妙。
〔妙義〕の團右衛門に、寝泊りは弥勒寺前の茶店〔笹や〕と告げたんだから、まずは〔笹や〕へ立ち帰るのが常識です。
お熊婆さんなら、心得ているはずだから。
いや、池波さん、伊三次を殺しているので、もう一人ぐらい---とでもかんがたかな。
投稿: ちゅうすけ | 2005.02.28 13:58