カテゴリー「112東京都 」の記事

2011.01.10

おみねに似たおんな(8)

長谷川さまのお言いつけどおりにいたしました」
朝晩がしのぎやすくなった1ヶ月半後、〔染翰堂(せんかんどう)・吉沢〕の店主・惣兵衛(そうべえ 48歳)が〔三文(さんもん)茶亭〕で平蔵(へいぞう 35歳)へ告げた。

「けっこうだ」
そう返事をしておいたが、染翰堂が400両(6400万円)近い現金を預けたことは、預かった南伝馬町2丁目の両替為替商〔門屋(かどや)〕の主(あるじ)・喜兵衛(59歳)が報らせてくれている。

一番番頭だった富造(71歳)は、老齢を理由に引退していた。
平蔵は5年前、〔蓑火(みのひ)〕一統がらみの仕事(つとめ)を未然にふせぎ、その謝礼代わりに、番頭の富造から為替や両替の知識の薫陶をうけた。

(惣兵衛という男には食えない一面があるが、商人がつねに真っ正直とはかぎるまい。ただ、善太(ぜんた 10歳)がそこのところを身につけないように松蔵(まつぞう 29歳)にしっかりいいつけておかないと---)

「手前の店が端渓(たんけい)硯や歙州(きゅうじゅう)硯を買いあさりましたので、巷の値段が5割方ほど上がりました」
「すると、〔染翰堂〕どのは600両(9600万円)ほども買いこんだわけだから、まるまる300両(4800万円)、濡れ手に粟としいうことになる---」
「とんでもございません」

打ち消してから、惣兵衛ははっと気づき、
「売り値は、気配でございまして、そのとおりには売れません」

「なるほど、商売というのは、そういうものであろうのう」

いちおう、賛成しておき、雇人のなかに、無謀な主(あるじ)に愛想をつかし、辞めたいと申しでた者はいなかったかと訊いた。
「愛想づかしではございませんが、女中のお千世(ちよ 19歳)に嫁ばなしがあるので、暇をとらしてほしいといっておりますが、手代で跡継ぎの与兵衛が、奥の女中でなく、表へだせば看板むすめになると、引きとめにかかっております」
「看板むすめになるほどのいいおんななら、いちど、拝顔してみたいものだ」
「では、このまま、ご案内いたしましょう」


「お初にお目もじいします。お千世と申します」
(やっぱり、おみねの面影がうかがえる)
しかし、平蔵はそ知らぬ顔で、
長谷川です」
惣兵衛に、
「なるほど、看板むすめにふさわしい女性(にょしょう)なれど、暇をとりになりたいのであれば、〔染翰堂〕どのも、あきらめるしかあるまいな。あきらめることだ」
終わりのせりふは、どちらにいうともなくつぶやいた。

おどろいたことに、惣兵衛より先に千世がうなずいた。

| | コメント (2)

2011.01.09

おみねに似たおんな(7)

「月末の支払い分もいれて---」
墨・筆・硯問屋〔染翰堂(せんかんどう)〕の主(あるじ)・惣兵衛(そうべえ 48歳)は、口ごもり、周囲を見まわした。

さいわい、渡り舟は、石原側へ向かったばかりで、客は反対側に人気いたきりであった。
それでも、平蔵の耳に口を寄せ、ささやきほどの小声で、
「730両(11,680万円)。うち、53両(848万円)は節季の支払い分で---」

支払い分は1ヶ月の商(あきな)いか? との問いかけには、
「どんでもございません、3ヶ月分でございます」

荒利を3割5分とみると、1ヶ月ざっと24両(380万円ちょっと)の商売---8両2分(136万円)の荒利。
問屋十組費やら人手代、退き金(退職金)を引き、ほかのなんやかやを落としても、5両(80万円)近くは入っていよう。

_360
(十露盤部門も置いている墨・筆・硯問屋〔染翰堂()〕)

「使用人の数は---?」
「番頭1人、手代1人、 子ども(小僧)が2人に女中1人、下女が1人----嫁にだしたむすめが1人」
「家の者は---?」
「母親と女房、男の子は手代と小僧をさせております。小僧をさせているのを、こんど、手代にさせます」
「番頭は通いか?」
「はい」
「手代の嫡男の齢は?」
「23歳に育ちました」
「嫁ばなしは?」
「当人が、まだまだ---と申しておりますので---」
「ふむ。どこに寝ている?」
「2階の裏手の部屋に---」
「一人で---?」
「女中は?」
「2階の表の、商品置き場兼用の部屋です」

平蔵が提案した。
これから2ヶ月のあいだに、端渓(たんけい)硯や歙州(きゅうじゅう)硯などを600万円ほど買いこむことばできないか。
いや、買いこむということを店の者へ告げる。
じっさいに買った値段は倍近くにいいふらす。
浮いた現金は、信用のおける両替屋とか、駿河町の三井呉服店あたりに預けておいたらどうだろう。

「信用できる両替商といいますと---?」
「南伝馬町2丁目の両替為替商〔門屋(かどや)〕喜兵衛方なら引きあわせられる」

参照】2010年4月26日[〔蓑火(みのひ)〕のお頭] () (10) (11) (12) (13) (14) (15) (16

| | コメント (1)

2011.01.08

おみねに似たおんな(6)

「ご主人。〔染翰堂(せんかんどう)〕で、もっとも高価な品はなんであろう?」
〔染翰堂(せんかんどう)・吉沢〕の店主・惣兵衛(そうべえ 48歳)を〔三文(さんもん)茶亭〕へ呼びだした平蔵(へいぞう 35歳)が訊いた。

「石でございましょう」
「---石?」
「失礼申しました。硯(すずり)のことを、仲間言葉で石と呼びます」

「どれほどに高価かの?」
「この国のものですと、甲州の雨畑((あんばた)とか長州の赤間(あかま)の石を彫ったものだと、上品(じょうほん)で5両(80万円)ですが、紫石といわれている唐物(からもの)の端渓(たんけい)硯には、150両(2400万円)でも手に入らないものがございます」
「硯ひとつに150両---のう」
「もっとも、骨董としての値打ちでございますが---」

ちゅうすけ注】2005年1月1日[雨畑(あまばた)の紋三郎](文庫巻8[あきれた奴]参照)

文房四宝といわれる、墨・筆・硯の商いの世界で35年近くももまれてきた惣兵衛としては、書院番士ごときの若造に、端渓硯や歙州(きゅうじゅう)の緑石の魔力がわかってたまるかといった口調であった。

「いや、詩文や書に親しんでいる貴顕にとっての硯や毛筆は、武士の刀剣に匹敵しよう。万金を投じてでも名器を求めてやむまい」
感嘆しきりの言葉に、惣兵衛が得意げにうなずく。

茶を喫してから、おもむろに、
「ところで、染翰堂どの。親しくしている火盗改メの知己からささやかれた内密の話だが---秘密を守ると約束できるかな?」
「ことと次第によりましては---」
「貴店の浮沈にかかわることなのだが---」
「なんと---」
「盗賊が、〔染翰堂}の有り金に目をつけておるそうな」
「げっ---」

「これ。異様な声を出してはならぬ。火盗改メのお頭(かしら)・(にえ)越前守正寿 まさとし 40歳)どのの役宅へ投げ文があり、そのことがわかった。
もっとも、投げ文には署名がなかったから、たしかとはいえない。しかし、要心するにこしたことはない」

しばらく、放心したように黙りこくっていた惣兵衛が、したたかな商人に戻り、
「どうしてそれが、長谷川さまのお耳に---?」
問い返してきた。
「そのことよ」

茶寮〔貴志〕と田沼主殿頭意次(おきつぐ 62歳 老中)のかかわりを手短かに説明し、そこの女中頭をしていたお(くめ 39歳)がこの〔三文茶亭〕の女将で、亭主というのが拙の供人である。
したがって、おの息子・善太(ぜんた 10歳)は、拙にとっては甥っ子のようなもの。
その善太が勤めることになった〔染翰堂〕にかかわることは、他人ごととはおもえない。

「いま、いかほどの現金をお蓄(たくわ)えかな?」


| | コメント (4)

2011.01.07

おみねに似たおんな(5)

法楽寺ほうらくじ)〕の直右衛門(なおえもん 50前後=安永9年 1780)一統で、面識のある者たちの顔ぶれを思いだしてみた。

首領・〔法楽寺〕の直右衛門は、10年前にほんの寸刻だが言葉を交わした。

幹部級の〔名草なぐさ)〕の嘉平(かへい 60歳前後) 野方領・千駄ヶ谷村の仙寿院の門前あたりで茶店〔蓑安〕を仕切っている。盗人宿も兼ねていた。

樺崎(かばざき)〕の繁三(しげぞう 45,6歳) もう一人の若い男と猿江橋の西に住まっていた。

物井(ものい)〕のお(こん 39歳) 宇都宮城下の虚無僧寺・松岩寺(しょうがんじ)を襲った数人の手引きをしたらしい

参照】2010年9月29日[〔七ッ石(ななついし)〕の豊次] (
2010年10月16日~[寺社奉行・戸田因幡守忠寛(ただとを)] (1) (2) (3) (4) 

のむすめのおみね いま、浅草・諏訪町の墨・筆・硯問屋〔平沢〕の女中にはいりこんでいる。
〔平沢〕は江戸ではそれを専業にしている店がほとんどないのに、十露盤(そろばん)の店も隣りに構えて繁盛していた。

平蔵は、〔法楽寺〕一味のわずかに5人を知っているにすぎないが、おとおみねを故〔助戸(すけど)〕の万蔵(まんそけう 享年35歳)かかわりと考えると、〔名草〕のも〔樺崎〕のも、足利まわりの生まれと見なすと、直右衛門は信頼を、同郷者においている---つまり、よそ者を信用したがらない性分(しょうぶん)とみていいのではないか、と判断した。

その性分をかんがえると、おみねはもとより、居場所のわかっている〔名草〕の嘉平、〔樺崎〕の繁三とその連れを人質にし、こんどの仕込み先である〔平沢〕をあきらめさせることはできまいか、と思案した。

その策をすぐ捨てた。
こちらが人質をとったとわかれば、〔法楽寺〕も久栄(ひさえ 28歳)や辰蔵(たつぞう 11歳)を人質交換用に襲うかもしれない。
いや、里貴(りき 36歳)ひとりでも、交換に応じざるをえない。
(くめ 39歳)、お(つう 12歳)、善太(ぜんた 10歳)であっても同じことだ。

宇都宮の元締・〔釜川(かまがわ)〕の藤兵衛(とうべえ 43歳)から足利の元締に働きかけてもらう案も、捨てた。

他人(ひと)を頼ってはいけない。
だれを傷つけてもならぬ。

盗賊が狙うのは、現金(げんなま)だ。
現金がなければ、押しいってはこない。

現金を数えるものの一つが十露盤だが、それがどんなに名器でも、十露盤を狙う賊はいない。


| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011.01.06

おみねに似たおんな(4)

「お(くめ 39歳)が、〔染翰堂(せんかんどう)・吉沢〕の内儀から、そっと訊きだした、女中・お千世(ちよ 19歳)の身上(しんじょう)でございます。筆運びが善太(ぜんた 10歳)より劣りますから、ご判読のほどを---」
亭主づらの松造(まつぞう 29歳)は謙遜したが、かなりの筆跡であった。

生国       江戸・本所の横十間川べり
育った土地   下野(しもつけ)国芳賀郡(はがこおり)鹿(しか)村
なまり       ほとんどなし。
身請け許(もと) 田原町3丁目の口入れ〔足利屋〕
雇い入れた歳月 去年の出替わり期
勤めぶり     手ぬきはない
男出入      手代に秋波めいたものをおくったことがある
外出の口実    深川の伯母の病気見舞い
           主人の許しをうけた上で

平蔵(へいぞう 35歳)は、生地の横十間川べり、身請け許の〔足利屋〕の項に目を光らせた。

登城してから、小川町の勘定奉行所の見習い・山田銀四郎善行(よしゆき 37歳)のところへ、松造をやった。
銀四郎とは、〔強矢すねや)〕の伊佐蔵(いさぞう)の生地のことで、〔五鉄〕のしゃも鍋を振舞ったことがあった。

参照】2010年10月31日~[山田銀四郎善行] () () () (

松造が持ち帰った返事に、平蔵はおどろいた。

下野国芳賀郡鹿村の北隣りが物井村と教えられたのだ。

亀戸天神の西を南北の流れる横十間川の、竪川へのそそぎ口にあたる清水町の長屋に住んでいたおみねの母親・お(こん 28歳=明和4年 1767)の生地も物井村(現・栃木県)
真岡市物井)の生まれであった。

_360
(下野国芳賀郡物井村=緑○ 赤○=真岡町 明治20年ごろの地図)

だから、亭主・万蔵(まんぞう 35歳=同)が急死したあと、〔法楽寺ほうらくじ)の直右衛門(なおえもん 40すぎ=同)によって女賊に仕立てられてからは、〔物井(ものい)〕のお紺を通り名にしていた。

参照】た2008年5月6日~[おまさ・少女時代] () () (
2009年4月29日[嫡子・辰蔵の誕生] (

10年も前に、おまさ(14歳=当時)と交わした会話もおもいだした。

は、おみねを親類にあずけたといっていたが、おんな好きの直右衛門が好餌を見逃がすはずがない。

みねも躰から---というより、性器から女賊に仕立てられたにちがいない。

(お千世(ちよ)は、おみねの変名---引きこみとおもって、ほとんど間ちがいあるまい)
〔染翰堂(せんかんどう)・吉沢〕につけている、〔法楽寺〕一味の狙いを、どうやってそらすかが厄介だ。

〔盗人酒屋〕の主(あるじ)の〔たずがね)〕の忠助でも生きておれば、〔法楽寺〕の手口や直右衛門の気質を聞きだせるのだが---。

参照】2008年5月5日[〔盗人酒屋〕の忠助] (

11年前にり忠助から、足利からきた直兵衛(なおべえ)と紹介されたのが、首領・〔法楽寺〕の直右衛門で、嘉平がその幹部級の〔名草(なぐさ)〕の嘉平であることは、平蔵もこころえていた。

あの初見にして最後のとき、直右衛門は、本家の大伯父・長谷川太郎兵衛正直(まさなお 56歳=明和2年  1450石)を火盗改メと名指した。
足利にいても、江戸の偵察はおこたっていなかった。

あのころ、直右衛門は40すぎであったから、いまは50代の前半、盗賊としていちばん脂がのっているころだろう。
いや、躰にもだが、気分的に---。

少々のことでは、狙いをつけた餌食をあきらめないであろう。

やおみねにつづく女賊に性技を仕込んでいるとすると、朝鮮人参をしこたま買いこんでいるか、盗んでいるだろう、と想像し、平蔵はくすりと笑った。
房内篇』の条々をおもいだしたからであった。

(「玉唇(ぎょくしん)」だったけ。そうそう、丹穴(たんけつ)には、里貴(りき 36歳)と笑いあったな)

赤ん坊を産むごとに、黒味をました丹に変わるとも。
里貴は、産んでいない。

| | コメント (6)

2011.01.05

おみねに似たおんな(3)

その夜---御厩(おうまや)河岸から1丁半ほど西へ入った、正覚寺(俗称・框(かや)寺門前のしもた家の、松造(まつぞう 29歳)とお(くめ 39歳)の寝間。

_160寝巻きに着替えたおが、隣室のお(つう 12歳)と善太(ぜんた 10歳)の寝相をたしかめ、暑いために上布団をはね飛ばしていたのを、腹から足元へかけなおし、そっと松蔵の隣に伏せた。

待っていたように、寝巻きのすそを割り、肉置(ししお)き豊かな尻部(でんぶ)をかかえ、太腿を割りこませた。
「2人とも、よく眠ってた」
耳元でささやき、腰紐を抜き、前をはだけた。

乳頭が吸われた。
松造の頭を抱き、
「お千世(ちよ)さんと長谷川の殿さまと、どういうあいだがらだろう?」
唇をはなし、
「おれが若(銕三郎 てつさぶろう 26歳=当時)の下僕見習いになったのは9年前、20歳(はたち)のときだ。以来、お千世 19歳)らしいおんなに出会ったこといない」

また、乳首を舌先でなぶりはじめた。
「9年よりもっと前だと、ご内室をおもらいになる前---? ああ、お前さん---こんなに堅くなってる」
「お前だって、あふれてきてるぜ。ほら---」

「お千世さん、19歳とかいってたね? 9年よりもっと前というと、8つか9つか、もっと幼なかったってことに---ちょっと待って---はさみ紙、忘れてなかった? あった、あった---大丈夫」

「だから、これは艶ごと抜き---ってことは、カギの手かかわり---」
「なにさ、カギの手って?」
「これ、さ」

「あっ、指。その指じゃなく、いつもの中指で---お前さんの中指は別あつらえなんだから---」
「それをいうなって---むかしの仕事がバレる」
「でも、わたしには、願ってない指如来さま---」

「先だって、殿のいいつけで、芝の新銭座にお屋敷がある、表ご番医の井上立泉(りゅうせん)先生へ、写本をお借りしにいったとおもいな」
「なんの本---?」---
「おれが盗み読みするぐらいの本といえば、おもいあたるだろう---」
「うん---」
「唐の国の将軍さまが、寝間でしていることの---今夜はその1だ」
「え---?」
「背中をおれの顔のほうにむけ、尻をおれのものにのっけろ」
「こうかい---あっ、いつもとちがうとこへ---うっ」


「-------」
゛-------うっ」
「お前さん。ちょっと、汗を拭かせて---お前さんも、びっしょりだよ---ほら、わたしの掌がこんなに---」


「-------うぅー」
゛-------ふぅー」

横にならんで目を閉じ、いたわるように柔らかく相互に まさぐりねねあいながら、
「お。殿は、くれぐれも念をおされた。〔染翰堂(せんかんどう)・吉沢〕の内儀には、お千世(ちよ 19歳)のことを訊いていると悟られないように、店で使われている者全部の性格を、善太に教えるために訊いているのだとおもわせろ」


| | コメント (2)

2011.01.04

おみねに似たおんな(2)

「そんなわけで、〔染翰堂(せんかんどう)・吉沢〕さんのご内儀とは話が通じていますから、なんでしたら、わたしから訊いてみましょうか?」
幕府米蔵の北端・御厩(おうまや)河岸の三好町で〔三文(さんもん)茶亭〕をやっているお(くめ 39歳)が申しでた。

平蔵(へいぞう 35歳)が返答をする前に、当の善太(ぜんた 10歳)が十露盤(そろばん)塾から駆けこんできた。

塾のある日は、ここから近い正覚寺(通称・框(かや)寺)門前の自宅へ直帰しないで、母と姉のいる〔三文茶亭〕が売りものの一つにしている団子をお八ッがわりにぱくつくことにしていた。

駆けこむなり、
「団子ッ」
長谷川の殿さまへのごあいさつもしないで---」
母親にたしなめられると、ぴょこんと頭をさげ、
平蔵おじさま。いらっしゃいいませ」
こころは水屋のほうへ飛ばしていた。

団子をほおばりながら、
平蔵おじさま。お盆がすんだら、〔染翰堂〕のお店者(たなもの)になるんだよ」
「そうだって、いま、お母上から聞いたところだ。里貴(りき 36歳)おばさまにも伝えて、2人でお祝いをかんがえておこう」
善太、新しい矢立てがほしいな」
あわてて、29歳の継父の松造(まつぞう)がたしなめた。

「いいではないか。それくらいのお祝いはさせてくれ」
平蔵が抑えると、
平蔵おじさま、善太がお勤めする染翰堂(せんかんどう)の、[染翰]って、なんのことだかしってる?」
叱ろうとする松造を制し、
「教えてくれ」
「[翰]って、むかし、筆の穂を鳥の羽でつくったから[羽]がはいっている。だけど、いまは書簡のことさ」
善太はえらい! 参った!」

「殿さま。申しわけございません」
が小声で謝り、〔吉沢〕のご内儀になにを聞けばいいかと尋ねた。
手で制し、ささやいた。
「今夜の寝物語に、ご亭主から聞いてくれ」

松造に、善太に聞かれてはことがもれかねないと耳打ちし、舟着きの桟橋までいざない、
「承知していようが、お千世(ちよ 19歳)の生国、育った土地、言葉にでるなまりの有りなし、身請け許(もと)、雇われた歳月、口入れ屋、勤めぶり、読み書き十露盤の習得加減、きょうの外出の用件、薮入りの泊まり先、男出入---いまは、そんなところかな」


参照】2006年4月12日[佐嶋忠介の真の功績
2006年8月16日[文庫第4巻]の中の[4-6 おみね徳次郎]の項。

| | コメント (2)

2011.01.03

おみねに似たおんな

日なたを歩くと、じっとしていても汗がふきでるような毎日がつづいていた。

朝の登城どきはまだしも、陽が高いうち(午後4時)の城さがりで、南本所・三ッ目通りの屋敷までの徒歩(かち)は楽しいとはいえなかった。

町駕篭の〔箱根屋〕とともに船宿〔黒舟〕を2軒やっている権七(ごんしち 48歳)へ、
「武士(さむらい)が弱根を吐くようになってはおしまいだが、この暑さはやっぱりこたえる」
平蔵(へいぞう 35歳)がこぼすと、
〔鍛冶橋下に屋根舟をもやっておきますから、お使いになってください」

それに、つい、甘えたことから、この事件は始まった。

_150_2「久しぶりだから、〔三文(さんもん)茶亭〕でお(つう 12歳)の看板むすめぶりでも拝んでやろう。っつぁん、御厩河岸の舟着きへやってくれないか」
顔なじみの船頭・辰五郎(たつごろう 50歳)へいいつけた。

ちごわげ(右絵→)に結ってもらっているおと〔三文(さんもん)茶亭〕で冗談をやりとりしながら喫茶をしていると、本所・石原橋側から着いたばかりの渡しから降りた客の中の、20歳(はたち)前後とおもえるむすめの横顔が目にとまった。

(はて。見覚えがあるような---?)
とっさに口からでた。
。あの矢絣の単衣(ひとえ)のおんなの行き先をたしかめよ」

こころえた松造(まつぞう 29歳)が出ていったが、受け唇のむすめがだれであったかは、しばらくおもいだせなかった。

記憶をたどり、ようやくついたのは、なんと、13年も昔のことであった。
(おみね坊だ) 

参照】2008年4月29日~[〔盗人酒屋〕の忠助] () () () () () () (

平蔵銕三郎(てつさぶろう)と呼ばれていた21,2歳のころ、7歳だったおみねとは、おみねの父親が死んだ日に知りあった。

28歳で後家となった母親のお(こん)は、亡夫の納骨にいった足利で、お頭・〔法楽寺ほうらくじ)〕の直右衛門(なおえもん 40がらみ)に性技をいいように仕込まれ、〔物井(ものい)〕のおと呼ばれる女盗(にょとう)となり、銕三郎の剣友・岸井左馬之助(さまのすけ 22歳)をつまんだ。

参照】2008年8月27日~[〔物井(ものい)〕のお紺] (1) (2) 

銕三郎はその後、おみねには会っていない。
だから、15歳になるかならないおみね直右衛門の餌食になったばかりか、数年もしないで年増おんな顔まけの男好きの躰にされていたこともしらない。

少女のころの面影は、受け唇にしかのこっていなかったが、小柄な躰からこぼれでている性的な魔力に、平蔵はあのときのおの匂いを感受したのかもしれない。

それは、里貴(りき 36歳)や久栄(ひさえ 28歳)から受ける清らかな性的刺激ではなく、発情期の雌猫のように饐(す)えていた。

ほどなく松造が戻ってき、店の片隅に平蔵を招いた。
「すぐそこ---諏訪町の〔吉沢〕って十露盤(そろばん)屋のお千世(ちよ 19歳)って女中だそうです。主(あるじ)の惣兵衛は隣りの墨筆硯問屋も手広く商ってなっています。1軒おいた足袋股引問屋の〔泉屋〕宗右衛門方で聞きこみました」
「お千世か---」

「殿。せがれの善太(ぜんた 1O歳)が通っている十露盤塾が、〔吉沢〕の2階です」
善太の名を耳にいれた女将のお(くめ 39歳)が寄ってき、
「〔染翰堂(せんかんどう)・吉沢〕さんからは、十露盤の筋がいい善太を丁稚にって、声をかけていただいております」


| | コメント (1)

2010.03.01

〔蓮沼(はすぬま)〕の市兵衛(8)

(万徳院の住持の言葉には、真意がこもっていた)
寺を辞去し、黒船橋北詰の〔箱根屋〕の権七(ごんしち 41歳)の店へむかいながら、平蔵(へいぞう 28歳)は胸のうちで呟いた。

長谷川さま。〔丸太橋(まるたばし)の雄太(ゆうた 39歳)どんが、通りがかりだ、と立ち寄ってきやして、[化粧(けわい)指南読みうり]のお披露目(広告)枠のほうはたちまちきまり、枠を買った店はみんな、こういう[読みうり]ができるのを待っていたと大乗り気だったそうで、長谷川さまの目のつけどころに、改めて感じいっておりやした」
それはけっこうなんだが---と口を濁すと、
「何か、お困りのことでも---?」
すばやく親身に問うてきた。

蓮沼(はすぬま)〕の市兵衛という盗賊のことをかいつまんで話し、被害にあった藍玉問屋〔阿波屋〕の店のなかに、賊の手に買収された者がいるとしかおもえないが、〔蓮沼〕を捕らえないで、店から罪人をだすというのは、どうも気がすすまない---とこぼした。

「さいですねえ。あっしがいまお聞きしても、〔蓮沼〕の市兵衛ってその盗賊は、よほどにできたお頭(かしら)のようでやす」
「そうなんだが、解(げ)せないところもあるのだ---」

宝暦13年(1763)からの盗歴の表を権七へわたし、

宝暦13年(1763)9月25日 京橋銀座2丁目 
  乾物類卸〔和泉屋〕清吉 570両余

明和2年(1765)10月6日 室町2丁目
  塗物問屋〔木屋〕九兵衛 645両

明和5年(1768)1月16日 湯島坂上
  江戸刷毛本家〔江戸家〕利八 480両

明和7年(1770)4月3日 竜巌島銀町
  下り酒問屋〔鹿島屋〕庄助 725両余

A_300

_300

A_300_2

A_300_3

この秋の藍玉問屋〔阿波屋〕が奪われた570両を加えて、11年間に獲物の総額は、ざっと3000両---〔盗人酒屋〕の〔(たずがね)〕の忠助にいつだっか聞いたところによると、獲物の半分は、つぎの仕込みのこともあるから、頭が取るのが、あの道のきまりのようなものだという。

そうすると、配下に分けたのは1500両。手下が20人いたとして、ならして1人あたり75両---
「ふつうの裏長屋に住んでいたって、5人家族なら、どれほど始末しても年に12両はかかろう。11年間に75両では、配下が黙ってついていくはずがない」
「3000両を、まるまる配下たちに分けたところで、ならして11年で1人頭150両---やってられませんや」

「であろう? これには、からくりがあるはずだ」
「---とおっしゃいますと?」
「有り金全部に手をつけた仕事を、この倍ほどもやって、辻つまをあわせているにちがいない」

が、そうであったとすると、その仕事(つとめ)ぶりは、ふつうの盗賊と変わらないから、〔蓮沼〕組の盗(つとめ)とだれもおもわない。
つまり、半金近くをのこして引きあげる手口は、仲間うちで評判をとるためのオトリでしかない。
それと、火盗改メの捜査を迷わすため。

もっとも、ありこまっち盗む仕事は、江戸ばかりでやっているとはかぎらない。
藩領の町でやったものは、火盗改メに届けがでないこともある。

「そういうわけだから、〔阿波屋〕の頭の白いみずみを捕らえる気がうすれてしまってな」

火盗改め方の助役(すけやく)・庄田小左衛門安久(やすひさ 41歳 2600石)が、はやくも次の職席を求めて働きかけをしていることは、権七にはかかわりがないことなので、黙っていた。

ちゅうすけ付記】〔蓮沼〕の市兵衛の名誉のために書き加えておく。
文庫巻21[討ち入り市兵衛]の鞘師・長三郎のように、市井での表向きの仕事だけで充分に生計(たつき)がたつような配下ばかりを集めていたのであろう。
当ブログでも、左官職・茂三の中塗りの技量も、〔須佐十〕の親方が惚れこむほどであった。


参照】2010年2月11日~[〔蓮沼(はすぬま)〕の市兵衛] () () () () () () (

| | コメント (2)

2010.02.16

〔蓮沼(はすぬま)〕の市兵衛(6)

「〔蓮沼(はすぬま)〕の市兵衛(いちべえ)さん、おもっているより、はるかに思慮深いお人のようですな」
まわりにどのような耳があるか知れたものではないので、長谷川平蔵(へいぞう 28歳)は、知人のことを噂してでもいるように、敬称つきで話した。

本所・二ッ目橋北詰のしゃも鍋屋〔五鉄〕で、心得た三次郎(さんじろう 24歳)が、入れこみ座敷のいちばん奥まった仕切りに席をつくってくれた。
2階にしますか、と指で天井を指したのを、平蔵が首をふって断ったからである。

指定した時刻の六ッ(暮れの6時)に、火盗改メ同心・脇田祐吉(ゆうきち 29歳)が、のっそりと〔五鉄〕へ入ってき、平蔵の手招きで席についていた。

「さようですな。万端、ぬかりがありませぬ。で、こんどは、どのような所作を?」
脇田同心もこころえて、調子をあわせた。

鍋と酒を注(つ)げたあと、帰りに肝の甘醤油煮をと、指を3本立てた。
うなずいた三次郎が板場へ引いた。

脇田どのは、さんに左官のことを噂なさりましたか?」
わざと、〔木曾甚〕の屋号をはぶいた。
「左官?」
「新蔵づくりには、左官が大きくかかわります」
「見すごしていました」

火と鍋が2人の膳のあいだに置かれ、燗酒もそれぞれの膳に配されたところで、献杯のやりとりがあり、
長谷川さま。じつは、お願いしたことを悔いております」
「-----?」
「お頭が、春にお役ご免になったらと、もう、次の職席を上ッ方へ働きかけておられるとの噂を耳にしたのです」
「それはお気が早い。しかし、いまのお席(先手組頭 1500石高)は、お役不足ではあります」

脇田祐吉のお頭・庄田小左衛門安久(やすひさ 41歳 2600石)の先手組頭は、足(たし)高なしの持ち高勤めなのである。

「しかし、先任の---」
と口にしたところで、平蔵が首をふり、
「あちらも、持ち高勤めでしたな」
笑いながらうなずいた。
脇田同心が口にしようとしたのは、この7月まで加役(かやく 火盗改メの冬場の助役(すけやく))であった島田弾正政弥(まさはる 37歳)も2500石の高碌での持ち高勤めをしていたということであった。

参照】島田弾正政弥は、2010年2月11日[〔蓮沼(はすぬま)〕の市兵衛] (

鍋をつつきおわると、平蔵三次郎に肝の甘醤油煮をもってこさせ、一つを本所・南割下水ぎわの組屋敷へ帰る脇田同心にもたせた。

それから、通路をへだてた向こう北側で鍋を賞味していた松造(まつぞう 22歳)に、
「ゆっくり呑んでゆけ。帰りにこれを持ち帰り、奥方へ渡せ。もう一ヶ所、確かめておきたいところへまわる」

三次郎から提灯を借りて、でていった。
提灯の灯は、新大橋をわたったのち、、どうやら、三河町の御宿(みしゃく)稲荷を目ざしているようであった。

ちゅうすけ注】三河町2丁目(現・千代田区内神田1丁目6)にある御宿(しゃく)稲荷は、『鬼平犯科帳』巻22長篇[迷]p113 新装版p108 で、平蔵おまさが待ち合わせの場所---御宿(しく)稲荷として登場。
 
参考御宿稲荷神社

【参照】2010年2月11日~[〔蓮沼(はすぬま)〕の市兵衛] () () () () () () () 

| | コメント (0)

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

001長谷川平蔵 | 002長谷川平蔵の妻・久栄 | 003長谷川備中守宣雄 | 004長谷川平蔵の実母と義母 | 005長谷川宣雄の養女と園 | 006長谷川辰蔵 ・於敬(ゆき) | 007長谷川正以 | 008長谷川宣尹 | 009長谷川太郎左衛門正直 | 010長谷川家の祖 | 011将軍 | 012松平定信 | 013京極備前守高久 | 014本多家 | 016三奉行 | 017幕閣 | 018先手組頭 | 019水谷伊勢守勝久 | 020田沼意次 | 021佐嶋忠介 | 032火盗改メ | 041酒井祐助 | 042木村忠吾 | 043小柳安五郎 | 044沢田小平次 | 045竹内孫四郎 | 051佐々木新助 | 072幕臣・大名リスト | 074〔相模〕の彦十 | 075その他の与力・同心 | 076その他の幕臣 | 078大橋与惣兵衛親英 | 079銕三郎・平蔵とおんなたち | 080おまさ | 081岸井左馬之助 | 082井関録之助 | 083高杉銀平 | 088井上立泉 | 089このブログでの人物 | 090田中城かかわり | 091堀帯刀秀隆 | 092松平左金吾 | 093森山源五郎 | 094佐野豊前守政親 | 095田中城代 | 096一橋治済 | 097宣雄・宣以の友人 | 098平蔵宣雄・宣以の同僚 | 099幕府組織の俗習 | 101盗賊一般 | 103宮城県 | 104秋田県 | 105山形県 | 106福島県 | 107茨城県 | 108栃木県 | 109群馬県 | 110埼玉県 | 111千葉県 | 112東京都 | 113神奈川県 | 114山梨県 | 115長野県 | 116新潟県 | 117冨山県 | 118石川県 | 119福井県 | 120岐阜県 | 121静岡県 | 122愛知県 | 123三重県 | 124滋賀県 | 125京都府 | 126大阪府 | 127兵庫県 | 128奈良県 | 129和歌山県 | 130鳥取県 | 131島根県 | 132岡山県 | 133広島県 | 136香川県 | 137愛媛県 | 139福岡県 | 140佐賀県 | 145千浪 | 146不明 | 147里貴・奈々 | 148松造・お粂・お通・善太 | 149お竜・お勝・お乃舞・お咲 | 150盗賊通り名検索あ行 | 151盗賊通り名検索か行 | 152盗賊通り名検索さ行 | 153盗賊通り名索引た・な行 | 154盗賊通り名検索は・ま行 | 155盗賊通り名検索や・ら・わ行 | 156〔五鉄〕 | 157〔笹や〕のお熊 | 158〔風速〕の権七 | 159〔耳より〕の紋次 | 160小説まわり・池波造語 | 161小説まわり・ロケーション | 162小説まわりの脇役 | 163『鬼平犯科帳』の名言 | 165『鬼平犯科帳』と池波さん | 169雪旦の江戸・広重の江戸 | 170その他 | 172文庫 第2巻 | 173文庫 第3巻 | 174文庫 第4巻 | 175文庫 第5巻 | 176文庫 第6巻 | 177文庫 第7巻 | 178文庫 第8巻 | 190文庫 第20巻 | 195映画『鬼平犯科帳』 | 197剣客 | 199[鬼平クラス]リポート | 200ちゅうすけのひとり言 | 201池波さんの味 | 205池波さんの文学修行 | 208池波さんの周辺の人びと | 209長谷川 伸 | 211御仕置例類集 | 212寛政重修諸家譜 | 213江戸時代制度の研究 | 214武家諸法度 | 215甲子夜話 | 216平賀源内 | 217石谷備後守清昌 | 219参考図書 | 220目の愉悦 | 221よしの冊子 | 222[化粧(けわい)読みうり]