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2006.01.05

〔木の実鳥(このみどり)〕の宗八

『鬼平犯科帳』文庫巻13に収録されている[春雪]の道化役は、かつては〔木の実鳥(このみどり)〕---猿、と異名をとった老掏摸の宗八である。田舎へ帰った義弟夫婦の下大島の家に畑を耕しながら独りきりで暮らし、ときときき盛り場へでては指先を使う。年に15両もあれば酒も好きなだけくらえて、気ままにすごせた。
が、深川の富岡八幡宮の通りで侍・宮口伊織(40がらみ)の懐から2両2分入りの紙入れを掏ってからケチがついた。
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富岡八幡宮・部分(『江戸名所図会』より 塗り絵師:西尾 忠久)

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年齢・容姿:61歳。痩せて小柄。
生国:武蔵(むさし)国江戸(現・東京都)の近郊の村のどこか。
少年の頃から掏摸の親方〔霞(かすみ)〕の定五郎に仕込まれたというから、江戸かその近辺の出生と見る。亡妻が北陸あたりの出だったとしても。

探索の発端:富岡八幡宮の通りで先手組々頭の一人・宮口伊織の紙入れを掏ったことから、鬼平に後をつけられ、住まいを確認されたが、捨てた紙入れに山下御門前の呉服問屋〔伊勢屋」の間取り図が入っていたことから、火盗改メが動きはじめた。

結末:鬼平から、掏った相手は火盗改メのお頭・長谷川平蔵だった、と脅された宗八は、生きていくのもこれまで、今生の名残りに、4年前に交合の極上の愉悦を味あわせてくれて女おきねと、もう一度、肌をあせてからと、大島橋のたもとの妾宅を訪れ、居合わせた盗賊浪人・山田某(50がらみ)に斬り殺される。
山田某は、歯医者兼入れ歯師をよそおっている盗賊の頭・大塚清兵衛の一味であった。

つぶやき:掏られた紙入れから陰しごとの発覚の端緒があらわれる---のは、よくある筋書きだが、老掏摸が、消えかけている性の炎をよみがえらせた女性に、いま一度---と執着させるとは、池波さんも考えたものである。
この篇の初出は1975年(昭和50年)で、池波さんの52歳のときである。

掏摸が主役の篇は、7年前にこのシリーズで[女掏摸お富]が、また、『剣客商売』では1972年(昭和47年)に佐々木三冬が掏摸を捕まえて田沼老中の毒殺を未然にふせぐ[御老中毒殺]が書かれている。
短篇では、さらに前の1961年(昭和36年)の『週刊朝日別冊』に[市松小僧始末]を発表して、掏摸術のうんちくがなみなみでないことを示している。

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コメント

年は取りたくないもの

木の実鳥宗八がうらやましい。

60歳の副検事が女性検察事務官に旅行先で欲情を催したとか。

本当にあった話ですかね。 地位と職責を考えればどちらかがおかしいと思います。

投稿: edoaruki | 2006.01.06 21:06

60歳なら、まだまだ、あっちのほうも、現役でしょうからね。

ふと、身をあやまるものですよ、男---というより、人間は。

投稿: ちゅうすけ | 2006.01.08 07:28

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