カテゴリー「161小説まわり・ロケーション」の記事

2007.02.27

妙亀塚と妙亀山総泉寺

[13-2 殺しの波紋]で、長谷川組与力・富田辰五郎が、盗賊の首領〔犬神(いぬがみ)〕の竹松に、
「---約束の金百両を三日後の明け六(む)つに、浅草橋場の浅茅(あさじ)ヶ原の妙亀堂まで持って来い---」
と強請状をつきつけられる。

富田与力は、強請(ゆす)られるだけの現場を竹松に押さえられていることは同篇を読み返していただくとして、浅茅ヶ原の妙亀堂は、『江戸名所図会』[巻之六 開陽之部]に描かれている。
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右手の社が妙亀堂。その左前が浅茅ヶ原(部分)

『名所図会』は、平安の末期、京で信夫藤太にさらわれた梅若丸が隅田川のほとりで打ち捨てられて没したと書く。
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梅若丸と信夫藤太(部分)

探しに下ってたきた母は、妙亀尼(みょうきに)として菩提を弔っていたが、鏡ヶ池に投身して果てた。その霊を祀ったのが妙亀塚公園(現・台東区橋場1丁目28-3)。
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(現在は修復中)
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この妙亀尼の説話を取り込んだのが総泉寺の山号・妙亀山であろうか。
いや、同寺は平安期には開基していたというから、班女(妙亀尼の現世での名)のほうが剃髪して、総泉寺から法号をいただいたとも。

とにかく、〔犬神〕の竹松が、町々の木戸が開く「明け六つ」などという早朝を指定したのは、火盗改メの与力なら、木戸御免と知ってのことだったのだろう。

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小豆沢の総泉寺の山門の[山亀妙]の偏額

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総泉寺は、亀をシンボルとしていたるところに配置しているが、累代の住職の墓域の正面には、いずれ、デザイナーの手になるとおぼしい、モダンな感じの亀甲のシンボル・マークが掲示されている。
こういうモダンな感覚が、寺域の静寂さや荘厳さを薄めているのかもしれない。


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2007.02.26

総泉寺の入口の常夜灯

震災前まで浅草・橋場にあった名刹・総泉寺と、その門前に移動してきたお化け大地蔵に触れた『風俗画報』(明治41年7月20日号 [新撰東京名所図会 浅草区 其之四])は、つづいて、

当寺入口(現・台東区橋場2丁目5-3)に常夜灯あり。東畔に大地蔵を安置す。
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と記す。

常夜灯は、『風俗画報』のカラー絵にも描かれている。
しかし、絵の常夜灯と現存しているのとでは、笠のデザインが異なる。
絵のほうは笠に手のこんだ彫刻がほどこされている。

台東区教育委員会の銘板も、常夜灯がいつ制作され、だれが油を提供したかは記していない。
江戸期、菜種油はかなり高価で、ふつうの民家では油代の節約のためにさっさと消したという。

人通りのない道の暗さを、[1-6 暗剣白梅香]の描写を借りると、「歩いて行く自分のうしろから、闇がふくれあがり呼吸をして抱きすくめてきた」

総泉寺の入口あたりも、『江戸名所図会』の長谷川雪旦の絵で見ると、人家はなく、夜には人通りなどほとんどなかったとおもえる。
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なのに、常夜灯はだれのためだったのだろう?
寺僧たちの夜中の出入りのため? なぜ暗夜に? 修行?

現存する常夜灯をながめながら、やくたいもないことを考えていた。
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2007.02.25

総泉寺とお化け地蔵

[12-4 密偵たちの宴]に登場する浅草・橋場の巨刹・総泉寺のことは、2007年2月7日の当欄、に、ざっと紹介した。寺域2万8000坪と広大。

密偵らしからぬあるたくらみを胸に、〔大滝(おおたき)〕の五郎蔵が、浅茅(あさぢ)が原を総泉寺の黒門の方へ行く盗賊〔草間(くさま)〕の貫蔵を見かける設定。
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橋場の総泉寺(『江戸名所図会』 塗り絵師:ちゅうすけ)

もっとも、総泉寺との関係でいえば、『剣客商売』のほうがはるかに深い。

北側の田圃に、大治郎の家へ通ずる小道がついている。このあたりは近くの総泉寺(そうせんじ)の土地で、小兵衛が買い取り、息子のために改造してやった家には、以前、総泉寺の田畑にはたらく百姓たちが住んでいたものであった。([-2 剣の誓約]p91 新装p99)

つまり、秋山大治郎の住まい兼道場の因縁があり、あたりでの事件もいろいろと起きる。
[2-1 鬼熊酒屋]p11 新装同。 [5-4 暗殺]p171 新装p188 [11-2 勝負]p95 新装p104 [11-4 その日の三冬]p145 新装p163

『風俗画報』(明治41年7月20日号 [新撰東京名所図会 浅草区 其之四])に、

浅茅が原の松並木の道の傍に大なる石地蔵ありしを、維新の際並木の松を伐取。石地蔵は総泉寺の入口に移したり。

として、同号のカラー口絵にその石地蔵が載っている。
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頭上の笠が回転するためか、身の丈が3m余もあるためか、地元で「お化け地蔵」と呼ばれたこの石地蔵が、大震災後に板橋区小豆沢(あずさわ)へ移転した総泉寺に随伴した形跡が見えない。
鬼平熱愛倶楽部のウォーキング時(2007年2月24日)に総泉寺へ参詣、応対の寺僧に質した。
「旧地に残っている。地震で落ちた頭部を複旧するとともに、背後から添えた支柱で支えている」

かつての総泉寺の門前あたり---橋場2丁目5-3を訪ねた。
支院だった松吟庵が松吟寺(住職・前田泰明師)と改称、その敷地内に、地蔵像はあり、「お化け地蔵」と親しまれた経緯も台東区教育委員会の銘板に記されていた。
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お化け地蔵の1件は、これで落着。

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2007.02.24

京・瓜生山

『都名所図会』は、『江戸名所図会』を生む端緒となった地誌である。

京都がすきだった池波さんは、『江戸名所図会』同様に、『都名所図会』を丹念に読みこんでいる。

佳篇[1-5 老盗の夢]の前半は『都名所図会』から生まれた。

大女だった母親の乳房への思い出からだろう、名盗〔蓑火(みのひ)〕の喜之助は、亡友〔伊賀(いが)〕の音五郎の女房で、反胸(そりむね)の堂々とした体格のお千代となじんでしまう。
お千代は20年前に先逝、京の北東の瓜生山の谷あいの墓へ詣でるのが、67歳となった〔蓑火〕の、いまでは楽しみにさえなっている。

帰りの一乗寺村へ下る道すじで、お千代そっくり---とはいえ、年齢は20歳と若いおとよに出会った。
『都名所図会』で、瓜生山を探して、[白川・心性禅寺]の絵が目にとまった。
たぶん、この絵が池波さんのヒントになったのだろうと推測。
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おとよは、山端(やまはな)の茶屋〔杉野や〕の茶汲女---つまり「、客の求めにはいつでも躰をあたえながら、
「あ---こないなこと、わたし、はじめて---一度にやせてしもうた---」
が口ぐせ。

大女が好みで、何年ぶりかで男のきざしをよみがえらせた〔蓑火〕のほうは、そのことに、つゆ、気づかない。
所帯をもってみる気になるほどに分別を失い、資金かせぎに江戸へ下る始末。

ついでだか、山端の麦飯茶屋も、『都名所図会』に絵が添えられている。
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高野川に架かっている2本の橋の向こう、それぞれ北側に建っているのがそう。正面は比叡山。

〔蓑火〕は晩年、好みの女に行きあったばっかりに命まで落とすが、その間際に、真の盗人(つとめにん)の意地を貫くから、まあ、本望だったといえようか。

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2007.02.23

人足寄場の専用舟

[1-8 むかしの女]で、3日に一度は訪ねる人足寄場から、長谷川平蔵が帰ってくるのを、針売りの婆・おもんが船松町の火の見やぐらの陰で待っていた。

石川島と船松町の船着場の地図や、『江戸名所図会』の[佃島]の対岸にちょっぴり天頂をのぞかせている火の見やぐら は、左の色変わり文字をクリックして確かめていただきたい。

長谷川平蔵は寄場の役人二人につきそわれ、 小舟で船松町の渡し場へもどり着いた。p257 新装p272

これまで、この1行を見落としていた---というか、誤認していた。
というのは、船松町の渡し場は、対岸の佃島の船着場とを結んでいる。で、つい、平蔵もその渡し舟に便乗したように思いこんでいたのだ。

(寄場には、専用舟がある)

そう、これは確かだ。だから、

(平蔵が渡し舟なんかに乗るはずはない)

と、こうこころの中で反論していたのだ。

専用舟を所有していたことは、寄場の人足たちに心学の講義を聴かせるため、京から江戸へくだってきていた中沢道ニ(どうじ)を月に3度ずつ、神田薪河岸まで送迎に使っていたから、承知していた。

中沢道ニを平蔵に引きあわせたのは、本多弾正少弼(しょうひつ)忠籌(たたかず)だったという。30歳前後の少壮藩主たちをそろえた松平定信の幕閣の中で、唯一といえるほど50歳代の重鎮で、平蔵の力量を買っていたのもこの仁と。奥州・泉侯。

道ニの説話は大成功で、感涙にむせびながら聴く人足が多かったとも。

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2007.02.19

池ノ端の出会茶屋

池ノ端の出会茶屋が、『鬼平犯科帳』にはしばしば登場する。
[5-1 深川・千鳥橋]で、浅草・奥山の酌婦・お元を連れだした〔間取(まど)り〕の万三が大量に喀血するのも、ここの出会茶屋〔ひしや〕での寝床だ。

[5-3 女賊]で、〔猿塚(さるづか)〕のお千代が、親子ほども年齢の違う手代の幸太郎をたらしこむのも、同じ〔ひしや〕。

〔18-3 蛇苺〕で、〔布目(ぬのめ)〕の太四郎と女賊あがりのおさわが乳繰りあうのは〔月むら〕。

で、池ノ端というけれど、どんな場所だったろうと資料を探して、『風俗画報』(明治41年1月25日号)に、それらしい風景を見つけた。Photo_290

道からそのまま入り口なので、あっけらかんとしすぎている気味があるが、「池ノ端」と書かれている。
[女賊]では、男女とも駕籠で帰るから、これはこれでいいのかもしれない。

〔大滝(おおたき)〕の五郎蔵の一番手柄になる[深川・千鳥橋]から、それてしまったが、万三の喀血に驚かないお元という女性の造形はみごとだ。

父親も血を吐いて死んでいるし、彼女自身も、父親から病いを伝染(うつ)されているらしい。
だから、万三が、「死水をとってくれるか」と聞くと、なんでもないような声で、
「とってあげてもよござんす」と答える。

物語は、紆余曲折があって、深川・千鳥橋のたもとで、鬼平が「死にぎわは、きれいにしろよ」2人を見送ってやり、五郎蔵が平蔵に心服する結末となる。

お元が万三に寄り添っていることで、この篇の余韻が深く、深くなっている。

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2007.02.16

猫じゃらしの女

[6-2 猫じゃらしの女]は、密偵・伊三次の腰に〔猫じゃらし〕をつけさせて、躰の動きとともに発する微妙な音に興奮度を高めていく娼婦およねが、事件の発端となる。

娼家〔みよしや〕があったのは、上野山下「下谷2丁目」---俗に「提灯店(ちょうちんだな)」と呼ばれていたいかがわしい界隈(切絵図の右手の赤○)。
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「提灯店(ちょうちんだな)」の名称のゆえんは、このあたりが生池院(しょうちいん)の持ち地所だったのがなまったと。
当初は、上野門前町として賑わっていたか。

生池院は、不忍池(しのばずのいけ)中の弁天堂の別当だった(切絵図の左手の赤○)。

『鬼平犯科帳』の執筆時、池波さんは掲出した近江屋板の切絵図をつねに座右に置き、江戸の町々を正確にたどっていた。
だから、鬼平の諸篇を、池波さんのネライどおりに読みこむなら、読み手側も近江屋板を手元に置きたい。

ついでだが、池波さんに猫じゃらしを贈ったのは、自分も猫を飼っている銀座のバアの女性だったと、エッセイにあかされている。

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2007.02.08

『江戸買物独案内』町ごと

『鬼平犯科帳』は、富裕な商店を襲う盗賊団、それを捕捉する火盗改メ・長谷川組の物語である。

これを、リアリティを持たせて描くには、商店側の史料が必要。

池波さんが座右においていたのが、『江戸買物独案内』(文政7年 1824刊)と京都の『商人買物独案内』であったことは、いまでは、『鬼平犯科帳』を人一倍楽しんでいる通のあいだでは、常識になっている。

ただ、困るのは、『江戸買物独案内』にしろ『商人買物独案内』にしても、業種別に編集されているところ。
というのは、大きいところでは1店で7業種も8業種も兼営している。

真綿問屋と思っていると、呉服問屋のページにも名前を出している。つまりこの問屋は、呉服が本業であって、真綿は副業である。
だから、真綿問屋を襲ったと書いては、間違いに近い。

こうしたミスを防ぐには、『江戸買物独案内』の2,622枠の名刺広告をすべて切断し、町ごとに並べ替え、同じ屋号、同じ屋標(商店のマーク)のものを隣りあわせにするしかない。

そう思いたち、10年ほど前から、暇をみては町ごと『買物独案内』をつくってきた。

もっとも大きな問屋がならんでいた本町1丁目から4丁目までを示す(このブログの制限で図版は小さくしか掲示できない。あらためて、もう一つのブロク---[大人の塗り絵]のほうへ、順次掲示する計画を立てているので、今日のところは、これでご容赦を。)
同じ色のドットが、同じ店の経営である。

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兼業がけっこう多いことをおわかりいただくだけで、今日のところはよしとしたい。

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2007.02.07

薬師の泉と総泉寺

[12-4 密偵たちの宴(うたげ)]は、鬼平配下のヴェテラン密偵たちが、このところの盗賊たちのあまりに没義道な犯行ぶりに、模範演技(?)を示してやろうじゃないかと、笑うに笑えない正義心を燃えあがらせる。

「よしなさい」と止めたのは女密偵おまさだが、テレビでは、ラストで、泥酔した梶芽衣子さんが伊三次や粂八に浴びせる罵詈雑言が見もの。

さて、この篇に登場する橋場の名刹・総泉寺は、関東大震災で壊滅的な被害を受け、板橋区小豆沢3丁目の大善寺と合併して現在地へ移転してきた。

大善寺といえば『江戸名所図会』でも、清水薬師像を守護する寺院として描かれている。
『図会』670余景の中にもわずかに10景しかない積雪シーン。

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「清水薬師・清水坂」(部分 塗り絵師:ちゅうすけ)

描かれている薬師の泉は、いまは区が管理・公開。

薬師像は、移転してきた総泉寺の境内に新築の、絢爛たるお堂に収まった。

見ものは、総泉寺の新装の本堂。まだ未完成らしく、正面には工事柵がめぐらされているが、なんとも、はや、その石段の異様なこと。
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中央に龍虎の彫刻をほどこした石材を置いているのだ。このような石段は、北京の故宮で見た記憶があるだけ。
仏を皇帝扱いしているとしかおもえない。

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いまごろ、お釈迦さまもくしゃみなさっているのでは---。

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2007.02.06

巣鴨の三沢仙右衛門宅とその近辺

池波さんが『鬼平犯科帳』の執筆時に机辺に置いて参照していた切絵図は、ほとんどの場合、近江屋板である。
したがって、池波小説と切絵図をうんぬんする場合は、近江屋板を、まず開くべきなのである。

たとえば、鬼平の実母・園の実家、三沢家のある巣鴨本村。
[4-1 霧(なご)の七郎]で、嫡男・辰蔵が剣客・上杉周太郎に負ぶさってもらうのが、熊野窪(くまのくぼ)あたり。

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上図は近江屋板の「駒込巣鴨辺之絵図」だが、左端の赤○が熊野窪。p18 新装p19
右へ東福寺をすぎた赤○が巣鴨本村---三沢家はここ。
その右の赤○が行人塚・箭弓稲荷社。

[2-3 女掏摸(めんびき)お富]p97 新装p102 に、

いま流行の白薩摩(しろざつま)に夏羽織、袴(はかまょをつけた長谷川平蔵は、行人塚(ぎょうにんづか)前の道をまっすぐに中仙道・追分へ出た。

小説にしたがって、行人塚前を右へまっすぐに行くと板橋道(旧・中山道。現・白山通り)を突っ切るかたちになる。

右端の赤○は、[8-3 白と黒]に登場する子育稲荷(現存)。その背面が枡形横丁。
子育稲荷前をまっすぐに右へ行くと、加賀藩の中屋敷の前へ出る。

鬼平や仙右衛門は、加賀藩中屋敷の脇をどんどん東へ抜け、いまの六義園(旧・柳沢・大和郡山藩下屋敷)の脇を通って日光御成街道に出、王子権現に参詣することは、すでに記した。

切絵図をかたわらに、小説をたどると、想像もひろがり、興趣がいちだんと深まる。

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