カテゴリー「129和歌山県」の記事

2005.10.10

〔井戸(いど)〕の達平

『鬼平犯科帳』文庫巻21に収録の[討ち入り市兵衛]で、正統派〔蓮沼(はすぬま)〕の市兵衛(70をすぎている)の片腕で、お頭の意うけてを交渉にあたった〔松戸(まつど)〕の繁蔵(50がらみ)が、浪人あがりで畜生働きが専門の首領〔壁川(かべかわ)〕の源内の盗人宿から帰り、深川の小名木川ぞいの暗がりで、死にいたるほどの深傷(ふかで)を負わされたのは、源内の配下の〔井戸(いど)〕の達平によってだった。
達平は「こういう仕事に慣れている」。しかし、繁蔵も匕首を抜いて反撃し、達平の太股を深く刺した。そのために、繁蔵は〔植半〕の庭まで逃げることができた。
(参照: 〔蓮沼〕の市兵衛の項)
(参照: 〔壁川〕の源内の項)

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小名木川 五本松(『江戸名所図会』 塗り絵師:ちゅうすけ)

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年齢・容姿:どちらも記述されていない。
生国:紀伊(きい)国名草郡(なぐさこうり)井戸村(現・和歌山県和歌山市井戸)。
伊勢国安濃郡、丹波国桑田郡なども候補にしたが、〔壁川〕の源内が和歌山県御坊市の出なので、地縁からいって和歌山市を採った。

探索の発端:本所・ニッ目通り、弥勒寺山門前の〔植半〕の庭でのうめき声を聞きつけた、隣家の門前茶店の女主人お熊が、血まみれになって倒れている〔松戸〕の繁蔵を発見し、火盗改メに通報したことから、〔蓮沼〕の市兵衛へ連絡がつき、〔壁川〕の源内一味の探索がはじまった。

結末:〔蓮沼〕の市兵衛の項に記したごとく、鬼平が手助けで一味への敵討ちが果たされた。そのとき、〔井戸〕の達平も捕縛され、処刑されたはずである。

つぶやき:この〔井戸〕の達平という男、〔松戸〕の繁蔵を闇討ちするような、「こういうことに慣れている」とある。
もともと、〔壁川〕の源平一味は、血なまぐさい畜生ばたらきを常にやっている一団である。押し入り先で殺傷するのは浪人あがりの2人と、この達平の役目だったのかもしれない。いくらなんでも、無抵抗の者たたちを殺すのは、通常の神経の持ち主にはできまい。
それに加えて、この達平は、暗殺の場数をふんでいるのであろう。
じつは、〔蓮沼〕の市兵衛一味が〔壁川〕の盗人宿へ討ち入ったときの経過に、〔井戸〕の達平の動向は書かれていない。もしかすると、他所で太股の療養をしていたのかもしれないが、一味全員が処分されたような雰囲気なので、彼も捕縛されたとおもっておきたい。

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2005.07.21

〔壁川(かべかわ)〕の源内

『鬼平犯科帳』文庫巻21に収められている[討ち入り市兵衛]で、正統派〔蓮沼(はすぬま)〕の市兵衛(70をすぎている)の片腕で、お頭の意うけてを交渉にあたった〔松戸(まつど)〕の繁蔵(50がらみ)に死にいたるほどの深傷(ふかで)を負わせた、浪人あがりの畜生働きが専門の首領。
(参照: 〔蓮沼〕の市兵衛の項)

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年齢・容姿:年齢は記されていない。大きな躰。
生国:紀伊(きい)国日高郡(ひたかこうり)壁川崎(かべござき)村(現・和歌山県御坊市名田町野島)。
「壁川」なる地名は、『大日本地名辞書』にも、『旧高旧領』にも、『郵便番号簿』にも記載がない。わずかに平凡社『日本歴史大系 和歌山県』に「壁川崎遺跡」が載っていた。呼称も(かべござき)で(かべかわ)ではない。「紀伊水道に面した海岸段丘上にある」先土器時代の遺跡と。
「不明」のカテゴリーに分類すべきかともおもったが、上方から中国筋へかけてを盗めの縄張りにしているということだから、とりあえず、ここを仮の生国とした。

探索の発端:南本所・二ッ目の通りに面した弥勒寺門前茶店[笹や]のお熊婆さんが、裏の植半の庭で、深傷(ふかで)を負ってうめいている〔松戸(まつど)〕の繁蔵を見つけた。駆けつけた〔大滝(おおたき)〕の五郎蔵が、〔蓮沼(はすぬま)〕の市兵衛の片腕の繁蔵と認めた。
(参照: 〔大滝〕の五郎蔵の項)
彦十の爺つぁんが繁蔵の文をとどけた先、神田鍋町東横町の鞘師・長三郎(40歳)のところへ〔蓮沼(はすぬま)〕の市兵衛がいて、しつこく助力を求めてき、拒否されるや、口上を告げた繁蔵を殺傷した〔壁川(かべかわ〕の源内一味への討ち入りをきめた。

結末:深川三好町の〔壁川〕一味の盗人宿へ討ち入りをかけたのは、〔蓮沼〕の市兵衛とその配下5名、それに助っ人として木村忠右衛門(じつは鬼平)。相手方の7名は、すべて殺傷か捕縛。こちら側も市兵衛ほか3名が死ぬ壮絶な戦いであった。

つぶやき:古武士をおもわせるほどにいさぎよい〔蓮沼〕の市兵衛。対する〔壁川〕の源内方は手汚い謀ごとを平気で用いる。大衆小説の常道の対比とはいえ、あまりに際立ちすぎている。

mix(ミク)友というべきか、マイミクというべきか、そこでのハンドル・ネーム〔しんちゃん〕さんは、いまは福岡県にお住まいだが御坊のお生まれである。で、「壁川」のことをわがことのようにおおもいになったらしく、地元で教師をなさっている賢兄に史料をご依頼になった。送られてきた「壁川橋」の記述---「祓戸(はらいど)と本村の堺の往還にある土橋なり、土人或は囁(ささやき)の橋ともいふ」(『紀伊続風土記』)、「祓戸の南、小川に架す。土人(さとびと)或はささやきの橋ともいふ」(『紀伊国名所図会』)。
池波さんは、どうしてこのことを知っていたのだろう。

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2005.05.15

〔下津川(しもつがわ)〕の万蔵

『鬼平犯科帳』文庫巻13に載っている[殺しの波紋]に登場して、火盗改メ方与力・富田達三郎を強請(ゆす)る〔犬神(いぬがみ)〕の竹松が、属していた、〔下津川(しもつがわ)〕一味の首領で名は万蔵。

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年齢・容姿:どちらも記載がない。
生国:紀伊(きい)国日高郡(ひだかこうり)下津川村(現・和歌山県日高郡印南(いなみ)町美里)
下津川から廻船が出ていた印南港まで約5キロ(1里強)だから、村を捨てて海路で紀伊藩の城下町や大坂へ出ていきやすい。〔下津川〕の万蔵が捕らえられて100年後の明治6年(1873)の戸数24、人口112。
『旧高旧領』には、美作(みまさか)国北条郡下津川村(津山藩領)も載っているが、中国山脈の山中の交通不便な村のようである。これが現在の岡山県勝田郡勝北町下津川にあたるのか、同県苫田(とまた)郡加茂町下津川なのか未調査。地元の鬼平ファンからのご教示をまつ。

探索の発端:寛政7年(1795)初冬の事件である[殺しの波紋]の3年前---とあるから、寛政4年(1792)、「火盗改メ方は、下津川(しもつがわ)の万蔵(まんぞう)という凶悪な盗賊一味の盗人宿を包囲し、万蔵以下一味六名を捕えた」「この捕物は、与力・富田達三郎の探索が実ったもので---」とあるだけで、探索の経緯や盗人宿の所在地の記述はない。

結末:捕縛時にはげしく抵抗した〔下津川」一味は、5名が斬って殪されたが、万蔵の片腕といわれていた〔犬神(いぬがみ)〕の竹松ほか3名が捕物陣を切って破り、逃走した。
万蔵が切って殪された側にいたのか、捕縛されたほうだったのかも記されていない。捕えられていたのなら、押し入った先々での殺戮のかずかずにより、獄門はまぬがれなかったろう。

つぶやき:こうして書き出してみると、池波さんはじつに巧みに省略技法を使っていることがわかる。この篇のばあい、〔犬神〕の竹松と、富田達三郎に斬り殪された弟・長吉にライトがあたれば物語は進展するわけで、〔下津川〕の万蔵がことは詳述を要しない。
人物造形で、この人物は淡彩で塗る、この女は濃く描く---を選ぶのは、池波さんの頭の中で一瞬にして決まるのであろう。そうして決るめた彩色を、読み返し時に、色重ね・加筆することもあるのだろうか。

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