カテゴリー「117冨山県 」の記事

2006.02.11

女賊(おんなぞく)おせつ

『鬼平犯科帳』文庫巻12の冒頭に収まっている[いろおとこ]で、同心・寺田又太郎・金三郎の殺傷を仕掛けたのは〔鹿熊(かぐま)〕の音蔵一味だが、〔山市(やまいち)〕の市兵衛(60がらみ)が1枚かんでいた。
(参照: 〔鹿熊〕の音蔵の項)
(参照: 〔山市〕の市兵衛の項)
市兵衛は女賊おせつの父親の実兄だったが、姪が火盗改メの同心・寺田兄弟と情をかわした上に仲間を裏切っていくのを見ていられなくなったのである。

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年齢・容姿:22~4歳か。たよりなげで、ものさびしそうな風情が男ごころを牽きつける。
生国:越中(えっちゅう)国新川郡(にいかわこおり)の山あいの村(現・冨山県下か中か上新川郡のどこか)。
おせつも伯父・市兵衛も、下新川郡生まれの〔舟見(ふなみ)〕の長兵衛一味にいたことがある地縁で類推。
(参照: 〔舟見〕の長兵衛の項)

探索の発端:探索中に、目黒の竹藪の中で盗賊に刺殺された兄・又太郎の跡目を継いだ寺田金三郎(25歳)は、回向院でおせつが自分を見て逃げ出したのを追い問い詰め、兄の殺害が〔鹿熊〕一味の仕業と知ることになった。
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両国 回向院(『江戸名所図会』より 塗り絵師:西尾 忠久)

そしておせつは金三郎と情を交わし、自らの寿命を縮ることにもなった。

結末:自分たちを火盗改メに売ろうとしていると、〔鹿熊〕一味は〔山市〕の市兵衛の店でおせつを殺した。
〔山市〕の店は火盗改メの看視下におかれ、やがて市兵衛が捕らえられ、その陳述によって〔鹿熊〕一味も捕縛。

つぶやき:火盗改メの与力・同心が、女賊と情を通じる篇は、聖典全体では5指にあまる。京都での木村忠吾、あばたの新助、この篇の寺田兄弟、さらには黒沢勝之助、高松繁太郎、松波金三郎、細川峯太郎---。
まあ、若い男と若い女がいて、女がその気になっていれば深みにはまるのも自然の勢いといえる。あとは、物語の展開にどうあやどりをつけるかが、作家の腕のみせどころ。

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2006.02.05

〔籠滝(かごたき)〕の太次郎

『鬼平犯科帳』文庫巻20に収められている[高萩の捨五郎]で、タイトルにもなっている一人ばたらきの〔高萩(たかはぎ)〕の捨五郎(54,5歳)に助(す)けばたらきを頼んだが、兇悪なお盗メのゆえに断られ、腹いせを画策する首領が、〔籠滝(かごたき)〕の太次郎である。
(参照: 〔高萩〕の捨五郎の項)
当の捨五郎は、向島・請地の秋葉大権現の近くで、武士に粗相をした子どもとその父親を助けようとして足を斬られて、動けない。

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年齢・容姿:彦十の見立てだと40歳前後。引きしまった躰つき。苦味のきいた顔つきだが、表情というものがなく、気味の悪さを相手にあたえる。
生国:北陸道から越中・越後へかけてを縄張りにしているというが、『旧高旧領』には「籠滝」という地名は、そのあたりはもとより全国に存在しない。
それで、池波さんの取材先からの推定で、冨山県東砺波郡平村籠渡が「通り名(呼び名)」づくりのヒントかなと類推した。
もちろん、新潟県北蒲原郡安田町籠田も捨てがたいが。

探索の発端:傷で動けない捨五郎の手紙を、代わって彦十が〔籠滝〕の太次郎が宿泊している武州飯塚村の夕顔観音堂に近い家へとどけたことから、火盗改メが〔籠滝〕一味を監視することになった。
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夕顔観音堂(『江戸名所図会』より 塗り絵師:西尾 忠久)

結末:手紙を届けて帰る彦十を尾行し、捨五郎が伏せている農家をさぐりあて、襲ってきた〔籠滝〕一味は、待ち構えていた火盗改メにたちまち捕らえられた。
また、佐嶋与力が指揮する捕方が、夕顔観音堂の近くの隠れ家を襲い、全員捕縛。

つぶやき:〔高萩〕の捨五郎のいさぎよさに対して、〔籠滝〕の太次郎の執念深さと非道ぶりは、対比が芸術の基本の一つとはいい条、これほどあざやかに示されると、うならざるをえない。池波さんの小説作法の真髄の一つがこの篇。

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2006.02.01

〔山市(やまいち)〕の市兵衛

『鬼平犯科帳』文庫巻12の冒頭に収まっている[いろおとこ]で、同心・寺田又太郎・金三郎の殺傷を仕掛けたのは〔鹿熊(かぐま)〕の音蔵一味だが、それには女賊おせつの伯父〔山市(やまいち)〕の市兵衛が1枚かんでいた。
(参照: 〔鹿熊〕の音蔵の項)
(参照: 女賊おせつの項)
6年前に盗みの世界から足を洗った市兵衛は、四ッ目橋の北詰・深川北松代町で小さな居酒屋〔山市〕を営んでいる。店名は山形に名前の市兵衛の「市」を配した屋標からきたものであろう。

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年齢・容姿:60がらみ。白髪頭。
生国:越中(えっちゅう)国新川郡(にいかわこおり)の山あいの村(現・冨山県下か中か上新川郡のどこか)。
市兵衛も姪おせつも、下新川郡生まれの〔舟見(ふなみ)〕の長兵衛一味にいたことがある。その地縁で類推。
(参照: 〔舟見〕の長兵衛の項)

探索の発端:兄・又太郎を謀殺した〔鹿熊〕一味を探索するために火盗改メの同心となった寺田金三郎が、居酒屋〔山市〕へ消えたのを不審に思った〔相模〕の彦十が見張っていると、男が一人、出てきた。
尾行すると、緑町4丁目の鰻屋で浪人と何かを打ち合わせたのち、またも〔山市〕へ引き返す。
たまたま通りかかった鬼平とともに〔山市〕を見張っていると、女の悲鳴が---。
飛びこんでみると、おせつが殺されており、市兵衛は逃げた。
そこから、市兵衛がふたたびあらわれるのを〔大滝〕の五郎蔵と彦十が張りこんで待ちかまえた。

結末:おせつを殺したのは、〔鹿熊〕一味のものと、市兵衛が白状におよんだので、一味の盗人宿の東海道も波品川宿2丁目の質商に打ち込んで、音蔵ほか8名が逮捕された。かずかずの畜生ばたらきからいって磔刑であろう。

つぶやき:伯父・市兵衛から見た姪おせつ評「あのおせつという女は、私の弟の子に生まれましたが、どうにも、女賊になりきれねえところがございました。気質(きだて)がやさしい上、顔もおぼえねえうちに母親を亡くした所為(せい)かも知れませぬ。どことなく、たよりげな、ものさびしいところがございまして、そういうところに、男はひきつけられてしまうようなのでございます---」
こういう悲運の女性を池波さんはよく書く。当シリーズ第1話[唖の十蔵]の小間物屋の女房おふじもそうだった。

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2006.01.23

〔松倉(まつくら)〕の清吉

『鬼平犯科帳』文庫巻12に収録の[いろおとこ]で、盗人の首領・〔鹿熊(かぐま)〕の音蔵が、尾行してきた火盗改メ方の同心・寺田又太郎を中目黒の竹藪で殺害したとき、配下の〔松倉(まつくら)〕の清吉が先まわりをして手配りを万端整えた。
(参照): 〔鹿熊〕の音蔵の項
姪の女賊おせつが寺田同心と割りない仲になっているのを知った〔山市〕の市兵衛が、別れさせるために差したのである。
(参照: 女賊おせつの項)
(参照: 〔山市〕の市兵衛の項)

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年齢・容姿:どちらも記述されていないが、30がらみか。
生国:越中(えっちゅう)国新川郡(にいかわこおり)松倉村(現・冨山県中新川郡立山町松倉)。
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明治20年ごろの松倉村

首領の〔鹿熊〕の音蔵も、同じ新川郡松倉村でもさらに山間に入った「鹿熊」の出だから、清吉も松倉村字(あざ)虫谷あたりかも。地縁の妙---というか、池波さんが「してやったり」とほくそえんでいる「通り名(呼び名)」の選定ではある。

探索の発端:非番の夜、〔五鉄〕で飲んでいた同心・寺田金三郎に不審を感じた彦十が尾行(つ)けていくと、四ッ目の居酒屋〔山市〕へ入り、やがて、女賊おせつが殺され、金三郎も重傷を負った。
彦十たちが居座って、市兵衛を捕縛したことで、事件の裏が判明した。

結末:〔鹿熊〕一味の九名は清吉ともとども、南品川の盗人宿・質商・栄左衛門方で捕縛された。五十両で金三郎の殺害を請け負っていた浪人・矢島孫九郎はいずこへか逃亡。

つぶやき:池波さんの関心が、立山周辺にあることは、文庫巻7[泥鰌(どじょう)〕の和助もこの地の出であることからも推測できる。
(参照: 〔泥鰌〕の和助の項)

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2006.01.22

〔泥鰌(どじょう)〕の和助

『鬼平犯科帳』文庫巻7に収められている[泥鰌の和助始末]は、〔大工小僧〕の異称をもつ〔泥鰌(どじょう)〕の和助が、実の息子・磯太郎(23歳)を自殺に追いこんだ南新堀(中央区)の紙問屋〔小津屋〕へ、仇討ちのつもりで盗みにはいろうとしているのに、退屈をもてあましている剣客・松岡重兵衛(50歳前後)が手を貸す物語である。
(参照: 剣客・松岡重兵衛の項)
〔泥鰌〕の和助は、父親の代から2代つづいている大工あがりの盗人で、しばらくは〔地蔵(じぞう)〕の八兵衛一味にいた。大工として大店の普請仕事をするとき、だれにもわからない秘密の仕掛けをほどこしておき、歳月をおいてから、その仕掛けを使って泥鰌のようにするすると忍びこむ---これが「通り名(呼び名)」のゆえんでもある。

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年齢・容姿:60歳前後。髷はちょこんと頭にのっているが、がっしりした躰つき。手指も骨張っている。
生国:越中(えっちゅう)国新川郡(にいかわこおり)安蔵(あんぞう)村(現・冨山県上新川郡大山町安蔵)。
大山町を流れる常願寺川の上流、湯川谷右岸に「泥鰌池」がある。それで、ここを生地としてみた。もしかすると江戸のどこかの裏店の線もないではないが、まあ、父親も腕のたしかな渡り大工だったようだから、江戸に住みついていたとは考えがたい。

探索の発端:息・辰蔵(20歳)が通っている市ヶ谷・左内坂上(新宿区)の坪井道場へあらわわれた松田十五郎と名乗った剣術遣いの剣筋を聞いた鬼平は、それが松岡重兵衛の変名と悟り、辰蔵に住いを突きとめるようにいいつけた途端、さっと消えられてしまった。
重兵衛が立ち寄った市ヶ谷田町1丁目の鰻屋[喜田川]惣七も店を閉めて逐電していた。が、辰蔵の悪友・阿部弥太郎が鰻屋の女房が天現時寺(港区南麻布4丁目)の門前で茶店をだしているのを見つけてから、見張りがつけられた。
(参照: 〔不破〕の惣七の項)
それで、〔泥鰌〕の和助たちの狙い先が判明。

結末:首尾よく紙問屋〔小津屋〕へ忍びこみ、金を盗み、帳面類を川へぶちまけたまではよかったが、亀戸村の盗人宿へ引き上げてみると、惣七の裏切りで、浪人たちすが横取りすべく待ち受けてい、和助は斬られて死んだ。

つぶやき:シリーズ第48話目---連載満4年、『オール讀物』での巻末に落ち着いてからも2年経っている。
それで、あるていどのわがままもきいたのであろう、この篇の原稿枚数はふだんの篇の倍はある。松岡重兵衛の「退屈は死ぬよりつらかった」の経緯と、和助の仕掛け大工としての秘策を矛盾なく説明するために、それだけの枚数を要したのであろう。
読み手としては、そこのところを汲みとりながら読みこみたい。

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2005.09.29

〔己斐(こひ)〕の文助

『鬼平犯科帳』文庫巻5におさまっている[深川・千鳥橋]で、大工あがりの〔間取(まど))り〕の万三が、労咳の最後の静養費のために、手元に残っている5枚の大商店の間取り図を盗賊の首領へ200両で売りたいというので、上野山下・仏店で鰻屋〔大和屋〕を出している金兵衛(60すぎ)の口ききで、〔己斐(こひ)〕の文助がとりもった。
(参照: 〔間取り〕の万三)の項)
文助は、盗賊界の大物〔夜兎(ようさぎ)〕の角右衛門のもとで15年も修行をつんだ本格派で、独立してからはすぐれた錠前はずしとして諸方の盗賊の頭領から高く買われていた。
(参照: 〔夜兎〕の角右衛門の項 )
さて、文助は、話を、3代つづいている盗みの世界での名門〔鈴鹿(すずか)〕の弥平次へもちかけ、快諾をもらった。
(参照: 〔鈴鹿〕の弥平次・3代目の項)

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年齢・容姿:40すぎ(寛政元年 1789)。容姿の記述はないが、引き締まった躰つきと想像する。
生国:故郷の越中(えっちゅう)に老いた両親がいる---とあるが、越中には「己斐」という村はない。それで探したのが、婦負郡(ねいこおり)小井波(こいなみ)村(現・冨山県婦背負郡八尾町小井波)である。砺波郡(となみこおり)井波村は池波さんの先祖の地である。そのまま使うのは照れもあり、小井波村の前半分を借りて「己斐(こい)」としたのではなかろうか。
安芸(あき)国佐伯郡(さえきこうり)己斐(こい)村(現・広島県広島市西区己斐)も考えたが、故郷が越中とあるから、とるわけにはいかない。
蛇足だが、「己斐」ルビを池波さんは(こひ)としているが、元和5年(1619)の安芸国の「知行帳」は「こい村」である。

探索の発端: 〔大滝〕の五郎蔵が現役のお頭だった時分、日本橋南1丁目の呉服問屋〔茶屋〕の間取り図を万三から買ったことがある。そのことを、「お縄にはしない」との約定のもとに鬼平に話した。
鬼平は、五郎蔵に破牢の形をとらせて万三を探らせた。
(参照: 〔大滝〕の五郎蔵の項 )
かつて〔蓑火(みのひ)〕の下にいた〔大和屋〕金兵衛を五郎蔵が見張っていると、果たして、万三と文助があらわれた。

結末:間取り図を買うといった〔鈴鹿(すずか)〕の弥平次の3代目(40がらみ)は、悪だった。
〔己斐(こひ)〕の文助をなぐりつけて殺し、詭計をこらして万三を呼びだし、見取り図を奪い取ろうと---。その瞬間、鬼平が乗りこんで命をすくった。

つぶやき:シリーズの連載2年半目あたりのこの篇は、『鬼平犯科帳』のいちばんいい面---鬼平の人品の秀逸さ---小さなことは情で裁き、大きなことは法にまかせて密偵たちを心服させるところが遺憾なく描きこまれている。
吉宗の時代に整備された法の適用基準---一事一様は間違いではないのだが、とかく杓子定規になりかねない。鬼平が用いるのは、一事両様、すなわち、人情味の味つけの巧みさである。

追記:
井波町は市町村合併で、2004年11月1日に南砺市の一分となった。

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2005.08.28

〔名幡(なばた)〕の利兵衛

『鬼平犯科帳』文庫巻9の、名作との評価が多い[本門寺暮雪]に登場する、大坂の盛り場をとりしきる香具師の元締・〔名幡(なばた)〕の利兵衛。一旦は引き受けた仕掛けを断った、井関録之助の命をしつこく狙う刺客をさしむける。その刺客と、鬼平が本門寺表門の石段で対決することになる。

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年齢・容姿:老人。品のよい顔だち。小さく痩せこけている。口ききようもおだやか。
生国:越中(えっちゅう)国砺波郡(となみこうり)蟹谷(かんだ)郷名畑村(現・冨山県小矢部(おやべ)市名畑)
『旧高旧領』にも『大日本地名辞書』にも「名幡」はない。郵便番号簿を(ナバタ)で検索して「小矢部市」をえた.同市は、池波家の先祖の出身地・井波町から北へ20キロメートルしか離れていない。ここの「名畑」を「名幡」と変えたともおもえる。

探索と結末:ともにしるされていない。すべては闇から闇。

つぶやき:越中から大坂へ出て、香具師の元締までのしあがるには、それなりの智謀と姦計と暴力を用いたろう。想像するだけでも一篇のバイオレンス小説が誕生しそうだ。

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2005.08.26

〔傘山(かさやま)〕の瀬兵衛

『鬼平犯科帳』文庫巻9に所載の[浅草・鳥越橋]は、シェイクスピア[マクベス]以来、「悪魔のささやき」ともいわれる妻の不逞の讒言が引きおこす悲劇である。
火種は、お頭〔傘山(かさやま)〕の瀬兵衛が、盗め金(つとめがね)の配分について、長年いっしょにやってきたのだからこっちの気持ちは分かっているはずと、〔押切(おしきり)]の定七(35歳)へ「今回はこれで我慢してくれ。つぎにはうんとはすせませてもらうから」と、つい、いいもらしたことだった。
定七は、〔風穴(かざあな)〕の仁助(35歳)を裏切りに引きこむために、お頭の瀬兵衛が、仁助の女房おひろ(30歳前後)と乳繰りあっていると、根も葉もないことを吹き込み、嫉妬の業火に火を点(Z)けたからたまらない。
(参照: 女賊おひろの項)

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年齢・容姿:50歳をこえた。背丈6尺(約1.8メートル)の大男。手も足も、目も鼻も口も造作がすべて大ぶり。
生国:越中(えっちゅう)国新川郡(しんかわこうり)上滝(かみたき)村(現・冨山県上新川郡大山町上滝)
大山町の南部に東笠山(1,687m)・西笠山(1,697m)がある。木樵(きこりあがりという瀬兵衛にとって、2山は自分の庭みたいなものだったろう。麓の有峰盆地から上滝村を採った。平凡社『日本歴史地名大系』は「西笠山には壮麗な傘形の残雪が現れ、富山平野からもよく見え、傘山ともよばれて親しまれた」とあると、教えてくださったのはハンドル名リイウファさん。

探索の端緒:[女賊おひろ]の項からのコピー---大横川ぞいの石島町、〔小房〕の粂八にまかされている船宿へ、客として現れた〔白駒(しろこま)〕の幸吉と〔押切(おしきり)〕の定七が尾行(つ)けられて、それぞれの住いが判明、見張られた。
(参照: 〔小房〕の粂八の項)
(参照: 〔白駒〕の幸吉の項)

結末:同心・沢田小平次たちが見張る中〔傘山(かさやま)〕の瀬兵衛は、浅草・鳥越橋上で、たまたま行きあった〔風穴(かざあな)〕の仁助の嫉妬の刃で刺殺。仁助はその場で同心・沢田小平次に捕縛された。

つぶやき:「わしが生き甲斐は、女だけじゃ」と、稼ぎのほとんどを行くさきざきに囲っている女に使い果たして悔いない〔傘山〕の瀬兵衛の生き方は、男としてうらやましいというより、「ご苦労さんです」だ。
その瀬兵衛が、4年前に抱いたおひろの「まるで、骨がねえような」「やわらかい、しなやかな女体」を、突然、おもいだして出かけなければ、悲劇は起きなかったのだが、女のために命を落としたのは、むしろ、背兵衛には本望だったかも。
この篇にも、池波流の、ひかえめの好色趣味が発揮されてい、読み手は男も女も「フーッ」と溜息を洩らしながら堪能するはずである。

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2005.08.16

〔岩屋(いわや)〕の大六

『鬼平犯科帳』文庫巻9の巻頭におかれている[雨引の文五郎]は、盗人の美学を体得している〔雨引(あまびき)〕の文五郎の物語である。
(参照: 〔雨引〕の文五郎の項)
属していた巨頭〔西尾(にしお)〕の長兵衛が逝き、残された一味25名の者たちは、とうぜん、文五郎が跡目をついでくれるとおもっていたのに、「跡目をつぐつもりはねえ。なぜといいねえ、おれは雨引の文五郎で西尾の長兵衛お頭ではねえからだ」といって、さっさと〔単独(ひとり)ばたらき〕の盗賊になってしまったものである。
このいきさつを〔舟形(ふながた)〕の宗平に告げたのが、〔西尾〕の一味の解散後、〔初鹿野(はじかの)〕の音松の配下となった〔岩屋(いわや)〕の大六であった。
(参照: 〔舟形〕の宗平の項 )
(参照: 〔初鹿野〕の音松の項 )

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年齢・容姿:どちらも記述されていない。
生国:越中(えっちゅう)国砺波郡(となみこうり)井波村字岩屋(現・冨山県東砺波郡井波町岩屋)。
〔西尾〕の長兵衛のテリトリーは、甲信2州から美濃へかけてである。とすると、美濃国郡上郡岩屋村をまっさきにあげるべきであろう。しかし、この盗人は、捕縛された前歴がない。しかも、〔西尾〕の長兵衛も〔初鹿野〕の音松も本格派である。
ということで、池波さんは、あえて、池波家の先祖が宮大工をしていた、井波の出身としたのであろう。ここで、大六の名(だいろく)から(ろ)を引くと(だいく)---ほら、「だいく 大工」なんてことまでバラすと、池波さんは天上でくしゃみするかも。

探索の発端、結末:上のようなわけだから、どちらも記述されていない。

つぶやき:「岩屋」は、越前国大野郡、陸奥国二十郡と北郡、若狭国三方郡、大和国山辺郡、摂津国兎原郡と川辺郡にもあった。
しかし、なにもいわないで、井波町にゆずろうではないか。池波さん、安らかにお休みください。

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2005.08.06

〔海津(かいづ)〕の滝造

『鬼平犯科帳』文庫巻22、長篇[迷路]の第7章[座・徳の市]に、ちらっと登場する盗人---といっても、当人がじかに登場するのではなく、女盗お兼の自白の中で、何気なく語られる。
「池尻のつなぎの人の中で、海津(かいづ)の滝造(たきぞう)という爺さんが、いつだったか、ひょいと洩らしたことがありました。池尻のお頭には、なんでも義理の兄さんがいて、そのお人も、池尻のお頭同様、むかしは大きな盗めをしたお人らしゅうございます。もう亡くなっているのではないでしょうかねえ」
(参照: 〔池尻〕の辰五郎の項)

222

年齢・容姿:爺としか書かれていない。容姿の記述もない。
生国:越中(えっちゅう)国射水郡(いみずこうり)海津村(現・冨山県氷見市海津)
氷見市にきめるまで、かなりの時間が経過した。〔池尻(いけじり)〕の辰五郎は美濃(みの)の大垣(おおがき)の近くの池尻の出とある。p207 新装版p196 それで、近江国高島郡海津をまっさきに候補にあげた。
この高島郡の高島は、百貨店〔高島屋〕の屋号にもなっている。
福岡県三池郡高田町海津は、あまりに地縁が薄すぎるので外した。
氷見町がひらめいたのは、池波さんの先祖が井波町の出身ということ。さらに、密偵〔豆岩〕が氷見の南隣の伏木の生まれであること、また、〔豆岩〕がほれ込みながら差した〔海老坂(えびさか)〕の与兵衛の「海老坂」は、氷見と伏木の中間にあること---などから、池波さんに土地勘もあるとみた。
(参照: 〔豆岩〕の岩五郎の項)
(参照: 〔海老坂〕の与兵衛の項 )

探索の発端:---といっても、〔海津〕の滝造のではなく、正体が知れない刺客を操っている奥の人物への手がかりである。すでに打ち首処刑になってしまっている引き込み女お兼の自白書を、あらためて読み返すことを鬼平におもいつかせたのは、密偵〔玉村(たまむら)〕の弥吉であった。
(参照: 〔玉村〕の弥吉の項)

結末:もう亡くなっているかも、とお兼はいったが、〔猫間(ねこま)〕の重兵衛は生きていた。重兵衛と鬼平の一騎打ちで片がつく。
(参照: 〔猫間〕の重兵衛の項)

つぶやき:連想というのは、不可思議な働きをする。
「海津」という地名を『旧高旧領』を検索して近江国と越中国に見つけたときは、即座に近江だと思った。八日市から米原への近江鉄道の車窓から望んだはるか先、越前との国境の山々を連想していた。あの山々の手前が高島郡だと。
しかし、高島郡海津と射水郡海津の資料をそろえてたとき、とつぜん、〔飛鳥〕で伏木港へ入港・下船したときのことをおもいだした。臨時下船客のおおくが、合掌造りの白川を見学にいくという。地図でたしかめると、越中と美濃の白川はそれほど離れてはいない。
地縁という言葉が浮かんだ。大垣と氷見は山越えでつながるのだと。

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