カテゴリー「158〔風速〕の権七」の記事

2009.04.16

〔風速(かざはや)〕の権七の駕篭屋業(4)

長谷川さま。お気づきのことがありましたら、どうぞ、お教えくだせえまし」
駕篭屋業の店びらきを3日後にひかえた〔風速(かざはや)〕の権七(ごんしち 38歳)が、銕三郎(てつさぶろう 25歳)の知恵をかりている。

(ごん)どのが箱根で荷運び人足---雲助といったな---あのころの小田原宿から箱根宿までの荷運び賃はいくらであったかな?」
「小田原からの登りが、429文(1万7,1600円=公式換算)、箱根宿からの下りが361文(1万4,440円=同前)という決まりでやした」
「小田原から箱根宿までの距離は?」
「4里8丁---。ああ、江戸の町中での駕篭賃も、1丁(109m)いくらとはっきりさせたほうがいいと、おっしゃっているのでやすね?」

江戸は箱根とちがって平地が多いとはいえ、本郷・湯島や谷中、赤坂や麻布・高輪あたりは坂が多い。
それで、権七は、駕篭舁(か)きたちが1日に3刻(6時間)・6里(24km)、客を乗せているとして、手取りを1人500文(2万円)、2人で1000文(1分=4万円)とおき、水揚げはその倍の2分(8万円)とはじいた。

この計算は、戻り駕篭の客はいれていない。
もし、運よく、戻り客がつけば、その分は増収となる。
もっとも、権七のねらいは、戻り客はなしでもいいから、いそいで店へ戻ってきてもらうことであった。

駕篭屋側の取り分を水揚げの5割とふんだのは、駕篭切手の元請け手数料が1割5分、駕篭の原価償却と修理費が2割、残る1割5分を営業費に引きあてたからである。

この計算には、元の店主から引き継いだ駕篭舁(か)き人足たちも納得した。
どうやら、権七が新しい店主になると、駕篭舁(か)きたちの実入りが、これまでよりも2割前後は増えるらしい。

権七は、駕篭舁(か)きの代表3人にきっぱりと告げた。
「増えるかどうかは、あ前さん方の働きしでえだ。客を乗せている時間が1日3刻、6里を下まわると、そのぶん、実入りが減る日もある」
「しかし、親方。3刻を上まわると、実入りも増える---」
「そういうこと」

もちろん、店側としては、目いっぱい、客つなぎにつとめることも伝えた。
「その代わり、お前さん方は、行き先をきいたら、そこまでは何丁だから、掛け値なしにいくらいくらと、客が乗る前に値段を告げ、納得の上で乗ってもらうように」

権七は、江戸の主要な道々の里程を記した絵図を刷らせて、駕篭舁きに持たせ、客にも示すように言いつけた。

ちゅうすけ注】「現金掛け値なし」は、駿河町の越後屋・三井呉服店が始めて大成功したので、このころになると、江戸のなだたる大・中店も「掛け値なし」を看板に掲げていた。
が、表向きとはべつに、やはり、現金だとこっそりの値引きも少なくなかった。
また、商品切手のアイデアは鰹節問屋、〔イ(にんべん)〕の伊勢屋伊兵衛の創案といわれている。

開業の前の日には、背中に □ の屋標、襟に〔箱根屋〕と屋号を紺地に白抜きした半纏も届けられた。
「みなの衆。この半纏に恥ねえようにやってもらいてえ」
新しい門出の祝い酒の席で、権七が言った。


参照】2009年4月13日[風速(かざはや)〕の権七の駕篭屋業] () () (

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2009.04.15

〔風速(かざはや)〕の権七の駕篭屋業(3)

駕篭屋を開業する〔風速(かざはや)〕の権七(ごんしち 38歳)は、銕三郎(てつさぶろう 25歳)も目をみはるほど慎重であった。

大川から東の横川までの西深川に点在する辻駕篭屋7軒のすべてを、紋付羽織に角樽をさげ、ゑ組の組半纏をまとった頭(かしら)・仁吉(にきち 38歳)同道でまわった。
「お手をお借りすることもあろうかとおめえます。その節は、よろしゅうにお助(す)けくだせえますよう---こっちには、お声をいただけば、いつにてもお役に立つつもりでおりやす」
つまり。駕籠舁(か)き人の貸し借りを通じて、商売がたきとなりそうな芽を摘みとっていていしまったのである。
世話人に、最長老を立てたので、これには反目しあっていた亭主連も賛同するしかなかった。、

深川八幡宮前の料理茶屋や木場の旦那衆のところは、土地(ところ)の香具師(やし)の元締・〔丸太橋(まるたばし)〕の源治(げんじ 55歳)のところの小頭の雄太(ゆうた 36歳)がつきそった。
丸太橋〕へは、銕三郎が発案した駕篭切手の販売権を、通用額の1割5分の販売手数料を引いて卸した。

銕三郎は、自分の発案だけに、
「そんなに大きな利幅をわたして、内証は大丈夫なのか?」
心配すると、
「なに、地回り代をはらったとおもえば、売り子をかかえなくてすみやすから、かえって安いものです。それに、駕篭切手は、現金で〔丸太橋〕に引きとってもらっとりますから、貸しだおれはありやせん」
権七は、もと、箱根山道の雲助頭であっただけに、度胸がすわっていた。
その上、江戸の暗黒街の仕組み、下町の商家の金(かね)繰りの知恵が加わったから、鬼に金棒といえた。

蛇足を書くと、権七が創案して羽織につけた家紋は、屋標と同じで、単なる □ だった。
右上の角から左下の角へ線が引かれていれば、枡紋なのだが、その斜線はない。
銕三郎が訊くと、
「箱でやす」
「たしかに箱、ではあるな」
「〔箱根屋〕という屋号にしやすんで---」
「〔風速〕ではないのか?」
「そんな、自慢たらしい屋号をつけたら、同業者(なかま)に何を言われるかわかりやせん。箱根の山猿---と、へりくだって、ちょうどいいんでやす」


参照】2009年4月13日[風速(かざはや)〕の権七の駕篭屋業] () () (http://onihei.cocolog-nifty.com/edo/2009/04/post-ac1f.html">4)

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2009.04.14

〔風速(かざはや)〕の権七の駕篭屋業(2)

「この、居酒屋〔須賀〕が消えると、多くの仁が落胆するのでは---?」
銕三郎(てつさぶろう 25歳)の問いかけに、〔風速(かざはや)〕の権七(ごんしち 38歳)が答える先に、女将のお須賀(すが 32歳) が、
「でございますよね。だから、ここもつづければいいって言っているんですが、さんが承知しないんでございますよ」
「おれは、2つの店をやりくりするほどの、才覚は持ちあわせていねえんだ」
権七が、ぴしゃりとお須賀の口を封じた。

権七夫婦の一人むすめのお(しま)は、5歳になっているといっても、このころは数え齢だし、10月生まれだから、いまの年齢でいうと、満3歳である。
そろそろ、知恵がまわりはじめる齢ごろといえよう。
(子育てを、子守にまかせっきりでいいものか---)
そのことをおもんぱかっての、権七の決断であることが、銕三郎はわかっているので、お須賀への言葉をさがしたが、たやすくはみつからなかった。

上総国武射郡(むしゃこおり)寺崎の縁者のところへ養女にやった於嘉根(おね)のことがあたまに浮かんだ。
於嘉根も、7歳だ。七五三の祝いの品は、母上が手くばりなさっていようが、おれからも何か---久栄(ひさえ 18歳)に言って、みつくろわすか)

権三郎の表情から察した権七が先まわりして、
「ここは、三島から呼んでいる、須賀の縁者のおとその連れあいにゆずると、決めやしたんで。おれたちは、気がむいたら、客としてきて、なじみの客衆の話の輪にいれてもらえりぁ、それでいいで---」
「それも、ひとつの解決案ですな」
(くつろいで風聞がひろえる店がひとつ消えるのは痛いが、駕篭屋業のほうが世情に広く深くかかわれると、権七が読んだのだから、ここはまかせきろう)

銕三郎が話題を変えた。
「お坊に、弟か妹は?」
「そんな暇は、ございませんのですよ」
須賀のその言葉に、
「駕篭屋になれば、暇はたっぷり---」
銕三郎が笑うと、つられてお須賀の顔から険が解けた。

権七どの。駕篭札というのを、どう思いますか?」
銕三郎の案は、駕篭をよく呼ぶ八幡宮前の料理茶屋や木場の旦那衆の店などに、50文(2000円)札、100文(4000円)札、1朱(1万円)札などを前もって買ってもらっておけば、節季ごとの集金をしなくてすむから、金繰りがたすかる---その分、駕籠かき人への支払いがとどこおらない---というのであった。
「前払い(プリ・ペイド)でもらっておくってわけでやすね。ふーむ、前代未聞の案だが---」


参照】2009年4月13日[風速(かざはや)〕の権七の駕篭屋業] () () (http://onihei.cocolog-nifty.com/edo/2009/04/post-ac1f.html">4)


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2009.04.13

〔風速(かざはや)〕の権七の駕篭屋業

長谷川さま。お蔭をもちやして、黒船橋北詰の駕篭屋を居抜きで買うことができやした」
永代橋東詰の居酒屋〔須賀〕の亭主・権七(ごんしち 38歳)が、うれしげに銕三郎(てつさぶろう 25歳)に告げた。
明和7年(1770)年の桜花(はな)の季節である。

権七によると、蛤町といっても黒船橋ぎわは、櫓下(やぐらした)の出入り口にあたっており、縦に折れjまがって大川に流れこむ大横川をさかのぼって櫓下の岡場所へやってくる遊客をはじめ、木場の材木問屋の旦那衆など、客筋は悪くないのだという。
「よく、そのように繁盛している駕篭屋の出物がみつかったな」
銕三郎は、資金のことよりも、売り店のことを気にした。
権七は、
(末はお役人におなりの方なのに、勝手(経済)がおわかりである。末たのもしい)
ひそかにおもったが、口にも顔にもださない。
銕三郎に、追従ととられては心外だからである。

「そのことでやすが、持ち主が地元の悪(わる)どもにたかられるのが嫌になり、手放す気になったんでやす」
〔悪ども?」
「へい。なにしろ、櫓下は、悪どもの金(かね)づるでやすから---」

「それでは、権七どのも、これから手加減がむずかしかろう?」
「それがでやす、話をもってきてくれたのが、〔須賀〕の常連客の一人で、ゑ組の頭(かしら)3代目・仁吉(にきち 38歳)っつぁんでやして---地元の悪どもも一目も二目もおいてるお頭(かしら)だったもので---」
「そうか。火消しの頭の口ききでは、悪たちも手がだせないな」

旬日のうちに、土地証文、諸式と駕籠舁(か)き人足ともども、引きわたしてもらえるという。
というのも、浅草田原町(たはらまち)の質商[鳩屋〕をおそった〔釘無(くぎなし)〕の角兵衛(かくべえ 40歳)一味の逮捕に大きく貢献した用心棒のことが追い風になって、あちこちの大店(おおだな)に用心棒を雇うことが流行(はや)った。
その分、身元引き請け料で、権七のふところがうるおったというわけである。

用心棒一人の身元引き請けをするたびに4両2分(約72万円)を今助(いますけ 23歳)が確実にとどけてよこす。
5口で22両2分(約360万円)、10人だとその倍。
駕篭屋の権利料など、即金ではらっても、おつりがくる。

それでも、権七は用心深かった。
浅草・今戸一帯の香具師(やし)の元締・〔木賊(とくさ)〕の林造(りんぞう 61歳)の小頭・今助をうごかし、深川の元締・〔丸太橋(まるたばし)〕の源次(げんじ 55歳)に、切餅ひとつ(25両)をわたして、辞をとおした。

丸太橋〕の源次は、切餅はもちろんだが、権七に、おのれにかかわりのあるの浪人の身元を引き請けてもらえることのほうを期待したフシもないではない。
権七は、ぴしゃりと返事をした。
「そっちのほうは、先手組の組頭のご嫡子、一刀流の免許持ちの長谷川の若のお眼鏡次第でやすから」

権七が駕篭屋を買いとったのも、さまざまな風評や事件の切れっぱしをかき集めては、銕三郎の耳へ入れてくれるためと察していたから、そのこころ根が、銕三郎はなによりもうれしかった。


参照】2009年4月13日[風速(かざはや)〕の権七の駕篭屋業] () () (http://onihei.cocolog-nifty.com/edo/2009/04/post-ac1f.html">4)

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2009.04.02

〔風速(かざはや)〕の権七の口入れ稼業(4)

風速(かざはや)〕の権七(ごんしち 37歳)の口入れ稼業は、とんでもないことから繁盛するようになった。

師走も半ばをすぎた雪もよいの晩、浅田剛二郎(ごうじろう 31歳)が用心棒にはいっていた、浅草田原町(たはらまち)の質商〔鳩屋〕長兵衛(ちょうべえ 62歳)方に盗賊が押し入ったのである。

塀を乗りこえた数人が、寝所の雨戸をはずして侵入、寝所の長兵衛夫妻を抜き身でおどし、金蔵の鍵を要求したとのである。
物音をききつけた浅田浪人がしのび寄り、見張りの賊2人を太刀の鞘尻で急所を突いて眠らせ、2人がくずれ倒れる音に寝所からのぞいた賊も首筋を鞘で打たれてのびた。

太刀を抜いてその隙間から寝所へおどりこんだ剛次郎は、夫妻をおどしている2人をあっというまに棟撃ちで倒してしまった。
すべての処置は、5呼吸ほどのあいだに片づいていた。

銕三郎(てつさぶろう 24歳)は、読みうり屋の〔耳より〕の紋次(もんじ 26歳)を、浅田浪人と今助(いますけ 22歳)に引きあわせて一枚ものに記事を書かせた。
紋次はちゃっかり、〔鳩屋質店〕と隣家の太物の〔上州屋〕の広告もせしめていた。

その読み売りによって、浅草広小路から上野広小路へかけての大店(おおだな)から、今助に引き合いがあいつぎはじめ、用心棒になりたがっている浪人も、口を求めて〔木賊(とくさ)〕の林造(りんぞう)の女房・お(ちょう 52歳)がやっている料亭〔銀波亭〕の門をくぐったのである。

銕三郎は、父・宣雄(のぶお 51歳)から、人生訓や人との付きあい方など、多くのものを学んでいるが、ひとつだけ、違ったところがあった。

宣雄は、
人の己を知らざるを患(うれ)えず。人を知らざるを患うるなり。(『論語学而編』)
(人が自分を知らないことは困ったことではない。自分が人を知らないことこそ困ったことなのだ。宮崎市定 『現代語訳・論語』 岩波現代文庫)
この教えを体(たい)してい、自分を売りこむということをしたがらない。
認められるのをじっと待っている。

銕三郎は、この点については、こころがまえがちがう。
人に知られていないものは、あっても、無いに等しい。
知ってもらう工夫をべきである。
それだけ商品社会に生きていたといえようか。

読みうり屋の〔耳より〕の紋次との相互扶助的なつき付きあいも、その一つである。

浪人たちの腕のほどは、もちろん、岸井左馬之助(さまのすけ 24歳)と井関録之助(ろくのすけ 20歳)が試合ってたしかめた。
腕ききは10人に3人いればいいほうであったが、それでも左馬之助録之助には鑑定料が合格した1人につき1両(約16万円)ずつ入るのだから、いい小遣いかせぎになった。

左馬之助などは、
(てつ)さんお蔭で、毎晩でも〔五鉄〕の軍鶏なべが食えるというものだ」
左馬さくん。いいことは長つづきはしない。ぜいたくしないで、貯めておくことだ」
銕三郎の忠告を聞く耳もたぬとばかりに、本所・入江町の鐘楼下の娼家〔みよし〕の(こずえ)とかいう18歳の娼婦(こ)に熱中している。

潤ったのは、左馬之助録之助、それに、浪人たちの身元請けの謝礼がたんまりと入った〔風速〕の権七
が、権七は、その金をしっかりと貯めこんでいた。

あるとき、銕三郎が、ほかの話にまぎらしてそのことを問うと、
「駕籠屋の株を買う資金に---と思いやしてね。お須賀にいつまでも居酒屋の女将をやらしておくわけにはいきません。駕籠かき人足は、箱根からいくらでも連れてこれます」
「なるほど、屋号としての〔風速〕は、居酒屋よりも駕籠やのほうにぴったりだ」

銕三郎は、〔耳より〕の紋次にも訊いた。
「〔鳩屋〕の事件のうわさは、どれくらいのあいだ、効き目があるとおもうかね?」
「〔人のうわさも75日〕---っていわれているとおり、2ヶ月半ってところでしょうかね。でも、大店が用心棒を雇っておくと、いざってときに役にたった---ってのは、じかに金子にむすびついてやすから、これは、半年はもちやしょう」
「利にまつわる事件は、色ごとの事件より長持ちするってことだね」
「命の次に大切な金子(かね)---っていいやすから」


参照】2009年3月30日[〔風速(かぜはや)〕の権七のの口入れ家業」] () () (

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2009.04.01

〔風速(かざはや)〕の権七の口入れ稼業(3)

長谷川さま。今助どんが、身元請け料と称して、4両2分をとどけてよこしました」
風速(かざはや)〕の権七(ごんしち )が、銕三郎(てつさぶろう 24歳)の前に、小判4枚と2朱銀を8枚並べた。
長谷川さまのお口ききでやったまででやすから、お好きなだけ、お取りくだせえ」
4両2分は、72万円前後に相当する。

浅田うじの身元を引き請けただけで? どういう計算になっているのかな?」
権七は、〔木賊(とくさ)〕一家の小頭・今助(いますけ)が述べた口上をくりかえした。

田原町(たわらまち)1丁目の質商〔鳩屋〕の用心棒に雇われた浪人・浅田剛二郎(ごうじろう 31歳)の月の手当てが、三食と晩酌1合つきで1両2分(22万円)、その3ヶ月分と。

「ふむ。とすると、今助は、〔鳩屋〕に半年分を引きあわせ料としてふっかけたな」
「そんなに払えるものでやんすかね?」
「盗賊に押しはいられて、金蔵を空にされたら、そんなはした金ではすむまい」
「証文1枚で、4両2分もはいるんでは、こんな安居酒屋や箱根の雲助なぞ、馬鹿らしくてやってられません」
「まあ、正業とはいいがたい」
長谷川さま。額に汗しないで手にできたお宝です。ほしいだけ、もっていってくだせえ」

「いや。こう見えても、お上から扶持をいただいている家の嫡子だから、そういう金子をもらうわけにはいかない。権七どのが、好きに使っていい」
「さいで---。なんだか、うす気味がわりい」
「尻馬にのるようで申しわけないが、左馬(さま 岸井左馬之助 24歳)さんには、2分(約8万円)やってくれまいか?」
「そんな。2分なんていわないで、1両(約16万円)にしやしょうや」
権七は1両を銕三郎へわたし、残りをつつんで、板場の竈の上に祀ってある荒神さんの神棚へのせた。

今助どんは、もう2,3軒、こころあたりがあるから、その節は、またたのむと言ってやした」
浅田うじほどの剣の腕のたつご仁が、そうそう、見つかるとはおもえないが---」
今助は、甘い汁が吸える脇の仕事を見つけたな。あの男の才気と口先をもってすれば、浅草・今戸かいわいの大店(おおだな)に月に一人ずつの用心棒を送りこむくらい、なんでもなかろう。そのたびに、権七のふところにも4両8朱がころがりこむとなると、権七須賀(すが) 31歳夫婦にも、ようやく、陽がさしてきたというものだ。お(しま 2歳)坊にも晴れ着があてがえる)
は、権七夫婦のむすめで、銕三郎が名づけ親である。

一刀流杉浦派の剣をつかうと告げた浅田浪人の腕はたしかであった。
高杉銀平(ぎんぺい 64歳)師の前でたちあった岸井左馬之助は3本に2本とられた。
井関録之助(ろくのすけ 20歳)は1本もとれなかった。

高杉師は、銕三郎左馬之助を居室に呼んで、
浅田うじの一刀流杉浦派の肩にきまる竹刀(しない)さばきの前に面を撃つ手だてを工夫せよ」
と命じた。
師から皆伝を授けられている2人は、かしこまったまま、しばらく顔があげられなかった。


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2009.03.31

〔風速(かざはや)〕の権七の口入れ稼業(2)

浅田うじの流派は?」
「一刀流杉浦派と申しても、ご納得いきますまい。唯心一刀流の一派でござる」
銕三郎(てつさぶろう 24歳)の問いかけに、浅田剛二郎(ごうしじろう 31歳)が応える。

浅田浪人は、いかめしい名前に似合わず、いかり肩ではあるが、痩身で、背も高くはない。
なにより、目が澄んでいて、やさしげである。
小浪(こなみ 30歳)が出した茶をおしいそうにただいて口へはこぶさまも、作法にかなっている。

「どちらで、杉浦派をお学びに?」
脇から、取りもち役の井関録之助(ろくのすけ 20歳)が言葉をはさんだ。
「杉浦流は、古藤田俊定(としさだ)師から、わが師のご実父・杉浦三郎太夫正景(まさかげ)先生へ伝わり、そこで一派となったのでござるゆえ、とうぜん、笠間で修行しました」
「笠間といえば、牧野越中守 貞長 さだなが 39歳 8万石)侯の---?」
これは、岸井左馬之助(さまのすけ 24歳)である。
左馬之助は、はやくも、剛二郎の唯心一刀流の腕と試合をしたくて、むずむずしている様子をかくさない。

浅田浪人は落ち着いたものである。
「お蔵番をつとめておりましたが、妻のことで家中の者とあらそいができ、相手にひどい怪我をさせましたので、扶持をはなれて、江戸へ参りました」
今助(いますけ 22歳)が引き取った。
浅田さんの内室が、てめえの姉貴なんでやす」
「それで、今助どのが、浅田うじのお世話を---?」
「さいです」
銕三郎は、剛二郎が浅草寺の奥山で蝦蟇の油売りをしていたことも、今助とのかかわりも納得した。

「じつは、田原町(たはらまち)の質屋〔鳩屋〕への口を見つけてきたのですが、身元がたしかなご浪人でないとと、きびしく言われました。いわれてみれば、あっしの素性は、香具師の小頭。元締にしても堅気とはいえません。それで、長谷川さまにおすがりを---」
「いや。拙もまだ部屋住みの身、身元引きうけは無理です。ただ、こころあたりはあります。酒亭〔須賀〕のご亭主の権七(ごんしち)どのです。権七どののことは、長谷川の本家で、先手・弓の7番手の組頭、太郎兵衛正直(まさなお 61歳 1450石)が保証します」

経緯(いきさつ)を、湯釜のところから小浪が、不安げに気をくばっていたが、銕三郎が受諾したのを見定め、そっと肩をおろした。
小浪は、〔木賊(とくさ)〕の林造(りんぞう 60歳)の持ちものだが、その子の今助ともできているらしい。どう決着がつくのやら)
銕三郎は、市井のそういう生ぐさいもつれも、あるていどはわかっているつもりだが、やはり合点がいかない。
いかないといえば、浅田浪人が漏らした、藩をでるほどのもめごとになったという妻の行跡についても想像がおよばない。


参照】2009年3月30日[〔風速(かぜはや)〕の権七のの口入れ家業」] () () (

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2009.03.30

〔風速(かざはや)〕の権七の口入れ稼業

長谷川先輩、相談にのってくれませんか?」
高杉道場の弟弟子・井関録之助(ろくのすけ 20歳)が、銕三郎(てつさぶろう 24歳)を法恩寺門前の茶店{ひしや〕へ誘って、切りだした。

「お(もと 33歳)にややができてしまった---というような話には、のれないぞ」
「そんな浮いたことではありませぬ」
30俵2人扶持の最低に近いご家人の、しかも妾腹にできた録之助は、家に居場所がなかったが、ひょんなことから日本橋・室町の茶問屋〔万屋〕の源右衛門(げんえもん 48歳)が、7年前に女中に産ませて男の子・鶴吉(つるきち 8歳)が、乳母のおと暮らしている小梅村の寮へころがりこんで、おとできてしまっている。

参照】2008年8月22日~[若き日の井関録之助 () (2) () () (

「今戸(いまど)の元締・〔木賊(とくさ)〕の林造(りんぞう 60歳)がらみの話なんです」

録之助が持ちかけた相談というのは、〔木賊〕一家の小頭・今助(いますけ 22歳)からきた話で、浅草寺の奥山で蝦蟇(がま)の油を売っている浪人・浅田剛二郎(ごうじろう 31歳)に用心棒としての腕があれば、田原町1丁目の質屋〔鳩屋〕に推薦したいのだが、剣術の腕前を鑑定してほしい、ついでに、保証人にもなってもらいたい---といわれたというのである。
つまり、銕三郎浅田浪人の剣の腕試しをしてほしいが、どうであろうかと。

「先生のお許しがいるな」
「だから、先輩に相談しているのですよ」
銕三郎は、高杉銀平(ぎんぺい 64歳) 師から皆伝を許され、しかも信用が篤いことを見抜いての相談というより、頼みなのである。

録之助も剣の腕のほうは、稽古試合なら銕三郎に3本に1本は勝てるほどに上達しているのだが、私生活が私生活だけに、信用という点がもう一つといえようか。

「その浅田うじとやらは、信用できるのか?」
「そのほうは、今助が太鼓判をおしています」
今助そのものの信用はどうなのだ?」
「ご存じでしょうが、あれは、元締が脇につくった子なんですよ。もう5年もすれば、縄張り(しま)を引きつぐことになっています」
録之助は、林造に頼まれて、〔木賊〕の身内の若い連中に、振り棒の使い方などを教えているから、一家の内情にくわしい。
ときには、匕首(どす)の指南もしているようだ。

今助は、林造元締の庶子だったのか?」
「だから、あの若さで小頭をはっていられるんです」
「〔銀波楼〕の女将・お(ちょう 53歳)は、今助の生まれを知っているのか?」
「もちろんですよ。しかし、おにすれば、自分が子をつくれなかったのだから、認めるしかなかったようです」

「わかった。明日、先生にお伺いをたててみる」
「ありがとうございます」
「で、さんには、この件でいくら、入るのだ?」
{そんな---」
「ただ働きってことはあるまい」
「---3両(約50万円)」
「2両よこせ」
「きびしい!」
左馬(さま 左馬之助 24歳)にもひと口かまさないといけまい」


参照】2009年3月30日[〔風速(かぜはや)〕の権七のの口入れ家業」] () () (

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