伊三次
宇江佐真理さんの[髪結い伊三次捕物余話]シリーズの5冊目『黒く塗れ』(文春文庫)が出た。
『鬼平犯科帳』とどう関係があるのだ---なんて、荒立てはいわない。
これまでの捕物帳とは一と味違って、人物造形がよくできているんだから。
いや、取り上げたのは、推薦の気分ももちろんあるが、宇江佐真理さんは、本シリーズを書く前に、『鬼平犯科帳』を読み込んだな---とおもえるから。
シリーズの一冊目は、『幻の声』(文春文庫)。
このとき、伊三次は、茅場町に住んでいて、北町奉行所の定町廻り同心・不破友之進の手先をつとめている25歳の廻り髪結い。
この、廻り髪結いは、『鬼平犯科帳』の[ふたり五郎蔵]で、もう一人の五郎蔵の職業だった。
そういえば、伊三次は、鬼平から命じられたことをやる以外の時間は何をしていたろう?
[6-7 のっそり医者]では水売りの姿で宗順医師の家のまわりを警備していたことはあるが、これ以外に職らしい職についた風にも見えない。
おまさは小間物行商、粂八は船宿〔鶴や〕の主人が表の職業だったが。
〔舟形〕の宗平はタバコ屋だが、彦十は?
その伊三次は、伊勢の関宿で捨て子され、宿場女郎衆に育てられ、やがて盗みの世界に入り、〔四ッ屋〕の島五郎一味にいたときに長谷川組に捕縛されて密偵となった。
髪結いの伊三次は、12のときにi父親が不審現場の高いところから落ちて死に、後を追うように母も病死。姉の嫁ぎ先の髪結い床の世話になつたが、20歳のときに飛び出し、不破同心の手配で廻り髪結いをつづけている。
恋人は深川芸者の文吉。男名を粋とする深川芸者に粂八を名乗るの、第1話[幻の声]に出てくる。密偵で船宿〔鶴や〕をまかされているのが〔小房〕の粂八である。
園という名の女性も登場する。
鬼平の亡母も園だし、亡父の隠し子もお園だ。
そういう些事をとりあげるよりも、宇江佐さんが池波さんを見習っているのは、「小説はおもしろくなければ存在価値がない」という信条だ。
こちらの伊三次の生き方もなかなかだよ。
読めば、納得だから
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