〔印代(いしろ)〕の庄助
『鬼平犯科帳』文庫巻1に収められている[老盗の夢]は、本格派の盗賊が滅びゆく時代を象徴しているかのように、〔蓑火(みのひ)〕の喜之助が畜生ばたらきの盗人たちに殺されてしまう物語。〔野槌(のづち)〕の弥平一味の残党の一人で、没義道(もぎどう)な臨時ばたらきの盗人。
(参照: 〔蓑火〕の喜之助の項)
(参照: 〔野槌〕の弥平の項)
年齢・容姿:屈強な30男。
生国:伊賀(いが)国阿拝郡(あえこうり)印代(いじろ)村(現・三重県上野市印代)
『旧高旧領』『角川地名大辞典』のルビは(いじろ)。『大日本地名辞書』(冨山房)は(いしろ)。
池波さんは、荒木又右衛門の取材で上野市を取材したはずだが、同市の北部のここまで足をのばしたろうか。
探索の発端:この盗人仲間同士の決闘物語には、火盗改メは直接にはからんでいない。
引退先の京都郊外の山端(やまはな)の飯屋の座敷で給仕をしている大女おとよの躰に、久しぶりに男性としてのきさぜしが蘇った〔蓑火〕の喜之助は、おとよとの生活資金をつくるぺく江戸へ下り、〔夜兎(ようさぎ)〕の角右衛門の盗人宿の番人〔前砂(まいすな)〕の捨蔵に、臨時の助っ人の世話を頼んだ。
(参照: 〔夜兎〕の角右衛門の項)
(参照: 〔前砂〕の捨蔵の項)
その口ききでやってきたのが、すでに逮捕・処刑された〔野槌〕一味で生き残りの、
〔印代(いしろ)〕の庄助
〔火前坊(かぜんぼう)〕権七
(参照: 〔火前坊〕の権七の項)
〔岩坂(いわさか)〕の茂太郎
(参照: 〔岩坂〕の茂太郎の項)
表面は〔蓑火〕のいいつけを聞いているふうを装いながら、いざ決行という段になると、〔蓑火〕の喜之助を縛り上げて、計画の横取りをもくろんだ。
結末:〔縄抜け〕の異名をもつ喜之助は、うまく縄から抜け出て、九段下の屋台にいた3人を襲い、2人を刺殺、あとの1人と相打ちの形で斃れた。
つぶやき:最初に記したように、これは、正統派の盗賊への挽歌である。
と同時に、男がもっている業(ごう)の賛歌である。賛歌(?)、そう、喜之助は、何年ぶりかで男性を蘇らてくれた女性のために命を落としたのだから、畳の上での往生でなくても満足であったろう。
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コメント
没義道な臨時働きの盗人、没義道ってはじめて見ました。「人の道を外れる事、ひどい事、大辞林))
蓑の火の喜之助にとって、印代の庄助達の行動は、思いの及ばなかった事でしょう。
現役を退いていると、時節の変化を把握するのは難しいのですね。
昔の自分の貫禄で誰でも屈従させられると考えていたのですから、その屈辱と激怒は察するに余りあります。
意地にも最後の力を振り絞り彼等を刺殺し、自分もたおれた。畳の上で死んでいかれるはずが、裏切られながら死んでいくのですから、悲哀を感じます。
ただおとよにも、裏切られているのを知らなかったのは、池波さんのロマンなのでしょうか。
現在ならば男の67歳なんて、老人のうちには入りませんのに、この時代は「何年ぶりかで、男性を蘇らせた女性のために命を落とす」・・・
そんなビュアな男性がいたなんて、今の代では考えられませんわ。
これも男の賛歌(?)ですか。
投稿: みやこのお豊 | 2005.05.02 23:35
>みやこのお豊さん
[老盗の夢]は、池波さん45歳のときの作品です。
45歳で類推した67歳の男の性でしょう。もっとも喜之助の時代は数え年ですから、いまふうにいうと、65,6歳。
池波さんは、長谷川平蔵を45歳で、奥方とは寝室は別、交わりもほとんどといっていいほどなし、と描いています。
喜之助の場合も、5年ぶり---だったそうだから、60歳前後から、悍馬鞭を入れどもいきまず---状態だったのでしょう。
それが、とつぜん、汗馬(かんば)状態となったのだから、これは、もう、喜之助への賛歌ものですよ。
つい、熟練・老連の喜之助もうかれて、目がかすんだのですね。
投稿: ちゅうすけ | 2005.05.03 07:19