カテゴリー「043小柳安五郎」の記事

2012.07.09

口合人捜(さが)しの旅(4)

岸壁めぐりから、早々と帰ってきた2人を認めた本陣・〔苅部〕の主人は何を勘違いしたか、
「船頭が気をきかせて金沢勝景あたりまでご案内しているとばっかりおもっていましたが、浜風はやはり、江戸育ちのお客さまにはまだ冷たかったようですな。これからなら帷子(かたびら)川」あたりなら大丈夫かも。昼餉(ひるげ)にもちょうどよろしゅうござ゜いましょう」
すすめた。

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(金澤勝景・右側 『江戸名所図会』 塗り絵師:(ちゅうすけへへ)

たしかに、金沢勝景はすばらしいが、旅の目的からそれている。。
年を改めよう。


帷子川へ向かった。
これまでお園は、ほとんど街中で暮らしてきた。
日本の田舎をあまり見てはこなかった。
土地には土地のよそおいががあった。
たとえば、このあたり里は松と杉樹と柿でできていた。


Kado1

山には落葉樹が多い。
くぬぎの類。
合戦があると樹木が生え替わる。
おんなも男ゆによってかわるのか。
子どもによって変るのであろう。

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2012.07.08

口合人捜(さが)しの旅(3)

江戸名所図会』の本牧(ほんもく)の[吾妻権現社]の塗り絵をみておどろいた。
素絵(もとえ)は春とも夏とも不明であるのに、5年前にちゅうすけは晩秋と判断したらしい。多くの樹木や山を紅葉、黄葉に塗っていた。

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(本牧(ほんもく)の[吾妻権現社] 『江戸名所図会』 塗り絵師: ちゅうすけ) 

前後の素絵(もとえ)にそういう風景が少なかったからであろう。

小柳安五郎(やすごろう 33歳)とお園が本牧(ほんもく)の[吾妻権現社]を海側から眺めたのは(旧暦)の2月初旬である。
塗りなおすにはちゅうすけの躰力が、もはや、ない。

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(本牧(ほんもく)の[吾妻権現社] 『江戸名所図会』 素絵(もとえ))

鬼平ファンの方々に赤系統が緑や桜色に変る色眼鏡をかけたつもりになっていただくか、素絵をご自分で新緑に塗りなおしてご鑑賞いただくしかない。

幸い、朝日カルチャー・センター(新宿の鬼平教室)で受講していた細矢則行さんの同じ画題をパソコンに記録していた。
こちらは緑の季節なので掲載させていただく。

「あれ、おまささんの――」
が口にした瞬間、安五郎のたもとを引き、視線を船頭へふり、ここでは名前をだすなと頭を軽く左右した。

船が着岸するまで、おは気もそぞろでなかった。

「帰路にこっそり調べに行ったほうがよさそう――でも、気になります」
の提案に安五郎も同調した。


急に秋雨がふった日、おまさが裾を帯にはさみ、長谷川邸へかけこんだことがあった。
そのとき、紅花ぞめの濡れた腰巻が見えた。
「40おんなは冷えがちだからって、五郎さんが買ってきてくださったんです」
おまさがけろりとのろけた。

そのことをおが寝間がたりに話し、
五郎蔵も意外に女房おもいなんだな」
安五郎がひやかすと、
「おんなは32歳を境に躰が変るっていうんですよ」
「おにもか買ってやらないと、かな」
「う、ふふふ。試してご覧になってみて――」
そんな夜ばなしが交わされたことがあった。

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2012.07.07

口合人捜(さが)しの旅(2)

(旧暦)2月は暮れが遅くなっている。

同心・小柳安五郎とおは、まだ明るいうちに、程ヶ谷の本陣・{苅部] 清兵衛方へ入った。
火盗改メのお頭・長谷川平蔵(へいぞう 50歳)から、縁者ゆえよろしく----との速(はや)飛脚便が宿主あてにとどいていたので、夫妻は下にもおかないもてなしをうけた。

さりげなく、夫婦混浴がすすめられた。
照れたのは安五郎のほうで、おはおおようによろこびで、湯船のなかでも夫の躰のあちこちを刺激くした。
夫婦や恋人同士にとっての混浴は、おんなにとっての羞恥心の垢捨て場なのかもしれない。

〔苅部屋〕とすれば、10年前のことだが建部(たけべ)大和守広殷(ひろかず 58歳=当時 1000石)が禁裏附に赴任するとき、公方(くぼう)たちへの献上品を奉るじるため本陣・苅部方へ宿泊したことがあった。
その貴品を狙った道中師・〔磯部(いそべ)}の駒吉(こまきち 40男=当時)一味を、平蔵の手くばりで程ヶ谷宿で捕縛したことがあった。

参照】2011 年12月21日[部大和守広殷を見送る
2011 年12月22日[道中師・〔磯部〕の駒吉

本陣の宿主・清兵衛はその事件と平蔵の名を忘れていなかった。

平蔵からの手紙に、宿泊の翌日は半日、本牧(ほんもく)あたりを遊覧させてやってほしい----とも書状に添えてあった。

寝床のに中で豊満なお園の躰のあつかいいにもようやく馴れてきていた安五郎が、
長谷川さまが本牧へ行けとおっしゃっているからには、お気がかりなことがおありなのであろう。おは船は大丈夫か?」
「あなたの上でゆられているのはこころよいゆれですが――」
「ばか……」
ぴしゃり――お園の尻がぶたれた。
「お、ほほほ」


翌日は、熟春をおもわせるうららかな天候で、絶好の船びよりとなった。
海からの本牧は奇岩たちの行列出迎えといった趣きといってよかった。

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(芒(のけ)村・姥(うば)島 『江戸名所図会』 塗り絵師:ちゅうすけ)

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(本牧塙 十二支天社 『江戸名所図会』 塗り絵師:ちゅうすけ)

本牧吾妻権現宮に達したとき、小柳安五郎がじっと凝視をしたものがあった。
「安五郎さま。ここらあたりへも、弟橘媛(おとたちばなひめ)の遺品がながれつきましたか?」
は、夫の邪魔をしないように、小さく訊きながら夫の視線の先を追っていた。

漁師小屋らしい苫屋(とまや)の軒先に薄桃色なものが見えた。


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2012.07.06

口合人捜(さが)しの旅

小柳(こやなぎ)。この役はおぬしでなければつとまらぬ。新婚そうそうで申しわけないが、明日、清書して掛川と吉田(のちの豊橋)のご城代へとどけ、了解をとりつけてくれ」
「承知つかまりました」
「ここに30両(48万円)つつんである。これは公費とは別の、われからのこころづもりじゃ。使ってくれると嬉しい」
「おこころ遣い、無用と存じます。公費だけで十分にまかなえます」
「小柳。勘違いするでない。30両は新婦のお(その 32歳)の宿賃と旅支度料じゃ。これはおの関所手形……行きも帰りもいそがずとよい。ゆっくり見物してゆけ」
「か、かたじけのう、ございます」
「内緒だぞ」

小柳安五郎とおは、翌々日の七ッ半(5時)すぎに目白台の組屋敷の門から出立したが、なんと、まだ暗い時刻にもかかわらず平蔵(へいぞう 50歳)は愛馬・(2代目)月魄(つきしろ)にまたがり、芝田町四丁目の札の辻まで見送った。

2月の東海道は参勤の上下はない。
尾張藩と紀伊家の交替は3月の下旬であった。
つまり、ち2月中なら、本陣に宿泊しているのは幕臣の公用者ということであった。

南品川の駅停の茶店で海を眺めながら朝餉(あさげ)をとった。

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(品川駅 『江戸名所図会』 塗り絵師:ちゅうすけ)

「この近くに寄木明神社というのがあってな.。そのむかし、日本武尊(やまとたけるのみこと)がこの近くで娶った弟橘媛(おとたちばなひめ)と同船し、千葉へわたろうとされたとき、嵐を鎮めるためにおん身を海に沈められた。

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(弟橘媛入水 『江戸名所図会』塗り絵師:ちゅうすけ)


「そのときの船木がながれ着いた地に寄木明神社が建立されたという」
「わたくしも、安五郎さまのおためなら、いつでも命をささげます」
「それは、おれがいうことだ。れは命をかけておを守る」
「幸せ。でも、食事のしたくや家事から離れて、2人きりの旅というの、いいものですね」
長谷川さまのおこころづくしだ」
「わたくし、長谷川さまが実の兄上のような気がしてなりませぬ」
「それはそれとして、旅費を30両もくだされたが、同心の家禄の1年分にも相当するのだから、あまりいい気にならないように----」
「こころえております」

「保土ヶ谷まで6里半(26km)だ。馬にするか?」
「家政にひびきます」
「旅のあいだは、家政は忘れよう」
「あい。しかし、わたくしにできる内職といったら、酒の肴をつくるぐらいで――」
長谷川さま、(たち) 筆頭さまへ買ってもらうか。はっははは」
「ほ、ほほほ」

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2007.03.30

小柳安五郎と『沓掛時次郎』

_8池波さんが、同心・小柳(こやなぎ)安五郎にはっきりした性格を与えたのは、[8-2 あきれた奴]であるから、ずいぶん遅い。
小柳安五郎の初登場は[1-3 血頭の丹兵衛]で、島田へ潜んでいるとみられる首領・〔血頭(ちがしら)〕丹兵衛の探索へ出向いた。
その後、[5-7 鈍牛(のろうし)]では、酒井、竹内、山田同心と並べて「腕きき」と評価されているが、どのように「腕きき」なのかは明かされていない。

[あきれた奴]で、小柳家の菩提寺が浅草・阿部川町の竜福寺と、ぼくたちに知らされる。
そこには、小柳安五郎の妻子が眠っている。亡妻の名は、みつ。初産が難産で、母子ともに助からなかった。
その死に、安五郎は立ちあえなかった。一昨年---寛政3年(1791)の寒い雪の朝であった。

小柳安五郎は、その七日ほど前から盗賊・日影(ひかげ)の長右衛門一味を捕らえるため、非番も当番もなく他の同僚と共に清水門外の役宅へつめきっており、妻子の死に目にあえなかった。
日影一味の捕物がすんで、長官(おかしら)の長谷川平蔵は、竜源寺の墓へ詣ってくれ、
「小柳。ゆるせよ」
と唯一言、うめくがごとくにいったものだ。

その後、犯人にも人情を配慮するようになった小柳安五郎を、精神的に立ち直ったと断じ、
(小柳安五郎も三十を越した。男をみがく年齢だ)
と、鬼平は期待をかける。

話題が変わる。

100_29長谷川伸師の代表戯曲の一つである『沓掛時次郎』は、1928年(昭和3)『騒人』誌7月号に発表された。
『騒人』は、小説家村松梢風の個人雑誌だったが、販売不振にあえいでおり、すでに人気時代小説作家となっていた長谷川伸師は、友情から、原稿料なしで幾篇かの戯曲を同誌に寄せていたのである。
『沓掛時次郎』はそれらの中の1篇だが、事情が事情だけに、上演の予定はまったくなかった。

名作に数えられている『沓掛時次郎』のあらすじをいまさら紹介するのも気がひけるが、若い読み手のためにやってみる。
19360
英泉 木曾街道・沓掛ノ駅 平塚原雨中之景

信州・沓掛(くつかけ)生まれの渡世人・時次郎は、下総(しもうさ)のさる親分のところで一宿一飯の恩義をうけたために、中川一家を一人でつづけている〔三ッ田〕の三蔵を斬ってしまう。

時次郎は賭博から足を洗い、長脇差(どす)も捨て、三蔵の妻子・おきぬと太郎吉を守って中山道・熊谷宿へ流れてきた。
09360
英泉 岐阻(きそ)街道 深谷之駅

おきぬが産気づく。生まれるのは三蔵の子である。
出産の費用をかせぐべく、時次郎は出入りの臨時助っ人にやとわれ、金を手に戻ってきてみると、おきぬは難産で帰らぬ人となっていた。

頼りにしている人の留守中に難産で逝ってしまうところが共通している。
もっとも、小柳の妻みちは初産、おきぬは二度目のお産だが。

池波さんが[あきれた奴]を構想したとき、[沓掛時次郎]がふっと頭をよぎったといっては、池波さんを冒涜したことになるだろうか。
いや、そんなことはない、と信じたい。

【つぶやき】 小柳家の菩提寺---阿部川町の竜源寺だが、町名は台東区元浅草3丁目と改まり、竜福寺と了源寺が隣りあっている。
池波さんが少年時代をすごした永住町はすぐそこである。
2寺の寺号から一字ずつとって小柳家の香華寺としても、なんの不思議もない。

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2006.06.14

信用は美徳

『鬼平犯科帳』はキャラクターのデパートだ。
社会生活で出会うほとんどのタイプの人物―善人も悪人も、そしてあるときは善人で別のときには悪人になる者も―が描かれている。
「人間学」の教科書ともよばれるゆえん。

そんな中で、人間にとってもっとも大切なのが、信用され信頼されることであることを示唆する。

同心・小柳安五郎信用という美徳に加えて誠実という美質もかね備えている。
さらに組きっての美男(テレビ化ではこれが隘路に。美男で演技力のある男優は売れっ子になるから撮影スケジュールがとりにくい。そのためにテレビでは安五郎は存在感がほとんど希薄になっていた)。

こんな安五郎に女性が惚れなかったらどうかしている、といいたいところだが、役目で出動中に細君が初産の赤子ともども逝ってしまったことを自責、わき目もふらずに公務に精をだして自分をごまかしている。

同僚の木村忠吾より早く、[1-3 血頭の丹兵衛]から名前がでているが、寛政5年(1793)の[あきれた奴]まで印象がはっきりしない。妻子が逝ったことがあかされるのもこの篇で…。

亡妻と赤子は浅草・安倍川町(現・台東区元浅草3丁目)の竜源寺(架空)に葬られている。
安倍川町の一部は永住町へ変わり、さらに現在の元浅草3丁目となった。

永住町池波少年が育ったところで、同地には浄土宗・了源寺がある。池波さんにとっては遊び場所のひとつだった。

了源寺の住職は、至近のところにある真言宗・竜福院と、2寺をあわせた命名だろうといたって無欲だが、ぼくの推察は、了源寺をそのまま記さなかったのは池波さん流のテレ隠しだと。

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蔵前から安倍川町近辺(近江屋板・部分)

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上図の部分拡大。緑点=左から竜福院、了源寺

小柳安五郎の人品が、盗賊 〔鹿留〕の又八との心の交流を通して描かれた[8-2 あきれた奴]は、ぼくのベスト5の1篇だが、この中の鬼平の安五郎評……、

「小柳も今年、30を一つこえたな。男をみがくのはこれからだ
部下にいってみたい台詞だし、男ならもちろん銘記してしかるべき金言。
男のみがき砂はこの世にはそれこそいくつもある。が、最優先すべきは、約束を守ることだ。人の信用は約束を守りつづけることによって生まれる。

約束した本人は忘れやすくて相手は絶対にわすれないのも約束だ。だから自分のなにかを犠牲にしても守る。守れない約束は最初からすべきでないし、なにかの事情で守れなくなりそうだったら、早めに率直にあやまる。相手が部下であっても、事態は変わらない。

約束と信頼の大切さを学ぶためにも[あきれた奴]の熟読をおすすめする。

仲よしの同僚・木村忠吾の安五郎評も傑作――
「小柳さんは、寒い日にぬるま湯からあがって燗冷ざましの酒でもよろこんでのむような」
人物なのだそうな。自分にはきびしく、他人への点は甘くしている、ということだが、じつに妙、いいえている。

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2006.04.07

同心・小柳安五郎

初出の篇
 [1-3 血頭の丹兵衛]p110 新装p115
丹兵衛一味を追って、島田へ出張る。

その後の登場篇
  162話中、69話に登場(登場率43%)

年齢:
  寛政5年(1793)年の[8-2 あきれた奴]の時が31歳。
  宝暦13年(1763)年生まれ。

家族:
[8-2 あきれた奴]の事件の2年前、初産で妻・みつが赤子とも
ども逝く。
  菩提寺は、阿部川町の竜源寺。
  亡妻みつの実家は、本所・亀沢町の御家人・井上友之助
(50俵2人扶持)。
差料:
  近江守助直 2尺5寸 [9-7 狐雨]p287 新装p300
この寸法の太刀を帯ていると、身長は1m65cmほど?

仲間の木村忠吾による小柳評
  「寒い日にぬるま湯からあがって燗冷ましの酒でもよろこんで
のむような---」

鬼平熱愛倶楽部の聡庵さんが、「部下に持つなら、小柳安五郎と澤田小平次のどちら」の発表時につくった資料から、小柳の項を以下に適宜、抜粋。

●能力
 〇得意分野
  1.町人への変装が得意 [14-6 さむらい松五郎]
  2.思慮深い行動 [16-2 網虫のお吉]
           [18-5 おれの弟]
           [20-1 おしま金三郎]
  3.自白させるに能力 [17 鬼火]

 〇指揮・指示
  1.竹内とともに川越役所応援50名を指揮
           [1-3 血頭の丹兵衛]

 〇職務能力・臨機応変・直観力・配慮
  1.情味を兼ね備えた取り扱い [8-2 あきれた奴]
  2.鬼平の食事が済むのを待つ気ばたらき 
           [12-2 高杉道場三羽烏]
  3.(こやつ、松五郎)と直感
           [14-6 さむらい松五郎]
  4.相手が相手なれば---と、平蔵へ報告
           [20-1 おしま金三郎]
  5.平蔵は小柳を役宅詰とした
           [22 迷路]

  6.佐嶋につぐ相談相手[24 誘拐]

●性格・感情
  1.事件が起きると非番も当番もなく働く
    われから危機に立ち向かう
           [8-2 あきれた奴]
  2.兎忠と仲がよい [11-男色一本饂飩]
  3.黒沢同心とお吉の後をつけて報告。
    平蔵は、小柳が讒訴しないことを知っている 
            [16-2 網虫のお吉]
  4.いざとなると純真な直情をむきだす[同]
  5.松波を推挙する友情 [20-1 おしま金三郎]

●容姿
  1.組きっての美男  

つぶやき:
小柳家の菩提寺のある阿部川町(現・元浅草3丁目)には、了源寺と竜福寺が並んでいる。
了源寺のご住職の言。「2つの寺号を合成して、架空の竜源寺をおつくりになったのでしょう。
池波さんは、少年時代をここらで過ごした人だから」

1401_1
架空の寺号の源の一つ---了源寺

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