カテゴリー「120岐阜県 」の記事

2008.10.09

〔尻毛(しりげ)〕の長右衛門(2)

「お手間をとらせるもんじゃあ、ござんせん」
そう言って、香具師(やし)の元締(もとじめ)・〔木賊(とくさ)〕の林造(りんぞう 59歳)のところの若い者頭格・今助(21歳)が銕三郎(てつさぶろう 23歳 のちの鬼平)を案内したのは、御厩(うまや)の渡しの舟着き前の、小粋な茶店であった。

参照】2008年8月22日~〔木賊〕の林造と今助 (A) (B) (C)

ちゅうすけ注】『鬼平犯科帳』文庫巻1[浅草・御厩河岸]で、密偵・豆岩いわごろう 35,6)が出しているのが、その後に、火盗改メが買い取り、豆岩にまかせた、これである。

「元締の、コレがやっている店でして---そのおつもりで---」
今助が小指を立ててみせた。

先客があった。
尾行(つ)けていった久栄を、巧みにまいた2人づれである。

今助が2人を紹介する。
年かさ---といっても小柄だから若くみえるが25歳---は〔五井ごい)の亀吉(かめきち)、格下---といっても年齢は24歳だが---ふうのほうを〔尻毛しっけ)の長助(ちょうすけ のちの長右衛門)と。

亀吉は、細面の色の黒い小男だが、目であいさつをしただけで、あとはそっぽを向いていた。
長助のほうは、鉄之助の顔をまじまじと見つめ、記憶をたどっていたが、
「ああ、あのときのお武家さん---」
とおもいだした。
「美濃の尻毛(しっけ)村の生まれなのですが、この毛深さなもので、みんなが穿(うが)った気になり、〔しりげ〕と呼んでております」
そうは言い条、さほどに屈託していない。

「ご主人どのは、その後、お変わりなく?」
銕三郎は、長助の頭(かしら)の〔蓑火(みのひ)〕の喜之助(きのすけ)が巨盗であることは、〔盗人酒屋〕の主(あるじ)・〔(たずがね)〕の忠助(ちゅうすけ 45歳前後)から聞いていたが、さも、大店の主人とおもっているように尋ねた。

参照】2008年8月29日~[〔蓑火(みのひ)〕のお頭]  (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8)

【参照】 [〔盗人酒場〕の忠助] (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7)

お頭---と言いかけた長助も気がついて、
「お---お蔭をもちまして、主人も達者にしております」
お店者のように答える。

「あの節は、みやこへおのぼりのようでしたが---いまは、どちらに?」
きわどい質問であったが、銕三郎はおもいきって口にしてみた。

「みやこからは、すぐに、蕨(わらび)宿に戻っております」
「ご無事でなによりでした。あのときにいただいたお教えは、肝に銘じていると、お伝えください」

「お2人は、面識がおありだったんで?」
今助が不思議がった。
「去年の春、主人のお供をして東海道をのぼったときに、六郷の渡し舟でごいっしょしてね。手前の主人がこちらへ煙草をすすめになすったが、こちらはおやりにならなくて---」
「あの節は、不調法で失礼しました」
「なんの、なんの。主人があとでお誉めしておりました。このごろの若いお武家に似合わず、お堅いお人と---」

長谷川さまは、手めえどものの、ヤットーの師範なのですよ」
今助が明かした。
亀吉兄ぃの言いつけでやしたが、先生のお顔を立てて、密偵のむすめは、放免しましたんで---」

「ほう。あのお女中が密偵と---。どちらの?」
銕三郎は、腹の奥で笑いながら、とぼけて訊いてみる。
亀吉が、不気味な目つきで銕三郎の顔をなめた。
「どちらの密偵か、それを吐かせようとしたとろへ、先生のお出ましで---」

「多分、火盗---」
今助がいいかけたのへ、亀吉がかぶせた。
「わしらが、賭場へ行くものと見たのでしょうよ」
「そりゃあ、うちの親分のお客人なら、手なぐさみもあり、です」
今助が巧みに引きとる。

女将らしい、30歳前の年増が、お茶を給仕にあらわれた。

_150今助と、いわくありげに目くばせをかわし、銕三郎に茶をすすめた。、
「小波(こなみ)と申します。〔木賊〕のお頭同様に、ごひいきに---」(歌麿 小浪のイメージ)
流し目がいかにも艶っぽい。
(〔木賊〕の林造は躰のほうが、そろそろ、いうことをきかなくなっている年齢(とし)ごろだが、このおんなの躰をなぐさめいるのは、今助? まさか? もし、そうだとすると、今助のしっぽをつかんだことになる。あとあと、使えそうだ)

銕三郎は、そんな気ぶりはちらっとも見せず、
「あのお女中を、なぜ、密偵と見破りましたか?」
銕三郎の問いかけには、亀吉が答えた。
_130「柳橋をわたったところから、ずっと尾行(つ)けてきたんでさあ」
「柳橋でお気がついたということですね」
(やっぱり、素人には無理なんだ)
「あの、大仰な頭巾でさあ。気がつかないほうがどうかしてる」
「あんな人目につきやすい頭巾すがたで尾行(つ)けたとすると、下(げ)のげの密偵ですな」
「まったく---」
亀吉が、意味ありげににやりとと笑う。

長居すると、うっかり、〔中畑(なかばたけ)〕のお(りょう 29歳)の名をこぼしそうにおもい、
「いや。〔五井〕どの、〔尻毛(しっけ)〕どのの、せっかくのご詮議の邪魔をしたようで、まことに慙愧のいたり。どうか、軽率をお許し願いたい」

参照】[〔中畑(なかばたけ)〕のお竜〕 (1)  (2) (3) (4) (5)  (6) (7)


これで引きとるつもりであったが、なんと、〔五井〕の亀吉に引きとめられた。

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2008.10.08

〔尻毛(しりげ)〕の長右衛門

「あ、あれは長助
銕三郎(てつさぶろう 23歳 のちの鬼平)がつぶやいたので、頭巾姿の久栄ひさえ 16歳)が、
(え?)
といった目で見上げてきた。
風が強い。
_260
(清長[風の強い日]部分)

〔盗人酒屋〕で、おまさ(11歳)の手習いをみてやった帰りで、銕三郎はいつものように久栄を和泉橋通りの大橋家まで送っていく途中であった。

両国橋を本所側から西へ渡りきったところで、その男の横顔をたしかめたのである。
男が橋の西詰を柳橋のほうへ曲がったとき、青々とした顎の剃りあとをさらした。

久栄どの。お願いしてよろしいか?」
「私にできることでした、なんなりと---」
「あの2人づれの行く先を確かめていただきたいのです」
「薄茶の極細縞の着物の男と、紺地に小紋をちらした男ですね。どちらがお目当てなのでしょう?」
「極細縞の、手の甲まで毛むじゃらの男のほうです。ただし、浅草の今戸橋より先へ行ったら、あきらめてください。経緯(ゆくたて)は、文にして、下僕にでも、そこの米沢町の裏道の、よみうり屋の紋次もんじ 25歳)というのに、拙あてとどけるようにことづけて---」
「わかりました。では、吉報をお待ちください」
久栄は、頭巾姿のまま、長助を尾行(つ)けにかかった。

男は、〔蓑火みのひ)〕の喜之助(きのすけ 46歳)の手下で、長助ちょうすけ 24歳)と呼ばれていた。
出会ったのは、東海海道・六郷(ろくごう)の渡し舟でいっしょになった。

136_360
(六郷の渡し場 『江戸名所図会』 塗り絵師]:ちゅうすけ)

銕三郎が、去年、阿記(あき 享年25歳)の病気見舞いに芦ノ湯へ向かっていたときのことである。
手の甲の指にまで目立つほどの毛がのびていたので、覚えていた。

参照】2008年7月25日 [明和4年(1767)の銕三郎] (9)

裾をなびかせて尾行(つ)けている久栄の後ろ姿を見て、銕三郎は、すぐに、
(危(や)ばい)
とおもった。あまりにも、近づきすぎている。

とっさに、久栄のあとを尾行(つ)けることにした。
長助と顔を会わせたことがあるので警戒されてはと、つい、久栄に頼んだが、16や17の素人むすめにさせることではなかった。

柳橋の篠塚稲荷(現・台東区柳橋1丁目)前をとおって、蔵前通りから鳥越橋を渡っても、久栄は振り返りもしない。

ちゅうすけ注】『鬼平犯科帳』文庫巻9[浅草・鳥越橋]で、〔押切おしきり)〕の定七にだまされた〔風穴かざあな)〕の仁助が、女房・おひろを寝取られたとおもいこみ、首領〔傘山かさやま)〕の瀬兵衛を刺殺するのが、この鳥越橋。p202 新装版p210 

駒形堂もすぎた。

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(駒形堂 『江戸名所図会』 ぬり絵師・ちゅうすけ)

ちゅうすけ注】『剣客商売』の名脇役・長次おもとが出している酒飯店〔元長]は、この駒形堂の横手にある。

と、久栄が立ち止まって、きょろきょろとあたりを見回している。
その久栄を、着くずした若いのが3,4人、取かこんだ。
久栄は、首をふっている。
一人が、久栄の腕をつかもうとした。

銕三郎か走るように近寄り、
「お女中、どうかしましたか?」
声をかけた。
「あの---」
久栄の声は、震えてている。

男たちを見渡すと、その中に、今戸の香具師の元締・〔木賊(とくさ)〕の林造(りんぞう 59歳)のところの、今助(いますけ 21歳)がいた。
「おや。今助どのではありませんか。こちらのお女中がどうかしましたか?」
今助は、照れて、
長谷川先生がいらっしゃるたぁ、存じませんで---」
若い連中に去るように目で合図し、
「先生。ちょっと、そこの茶店まで、おつきあいくだせえ」

「わかりました。お女中。この今助どのは、拙の稽古仲間ですから、もう、何もおきません。どうぞ、お行きなさい」
久栄は、銕三郎とは赤の他人ででもあるように、丁寧に礼をのべて、三間町の方へ左へ曲がって行った。

今助どの。奇遇でしたな。では参って、話をうかがおう」


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2006.01.20

〔桐生(きりゅう)〕の友七

『鬼平犯科帳』文庫巻20に所載の[怨恨]は、〔磯部(いそべ)〕の万吉(50がらみ)と浪人くずれの杉井鎌之助(40歳前後)が、互いの頼みごとを助(す)けあうストーリー展開だが、その万吉側の相棒が〔桐生(きりゅう)〕の友七である。
(参照: 〔磯部〕の万吉の項)
(参照: 浪人くずれ・杉井鎌之助の項)
〔磯部〕の万吉のたくらみは、弟の敵(かたき)ということにして〔今里(いまざと)〕の源蔵(51,2歳)を殺すことだった。
(参照: 〔今里〕の源蔵の項)
その源蔵が、湊稲荷の境内から出てきて、南八丁堀5丁目の煮売り酒屋〔信濃屋〕喜十(57歳)方へ入るのを、友七が見かけた。
(参照: 〔桑原〕の喜十の項)
万吉のいいつけで、友七は向いの旅籠〔山重〕から〔信濃屋〕を見張っている。

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年齢・容姿:32,3歳。容姿の記述はない。気が短い。
生国:飛騨(ひだ)国大野郡(おおのこおり)桐生村(現・岐阜県高山市桐生町)。
このほかに、上野国山田郡桐生新町(現・群馬県桐生市本町)、近江国栗田郡桐生村(現・滋賀県大津市上田上桐生町)もあるが、ここは、池波さんが幾度が訪れている高山市とみたい。
それに三河・額田郡生まれとした〔磯部〕の万吉とも地縁も想像できる。

探索の発端:北千住で食売女と遊んだ密偵・鶴太郎が〔磯部〕の万吉と杉井鎌太郎を見かけ、〔山重〕まで尾行した。

結末:夜半、寝込んでいた3人は火盗改メに襲われて、万吉と友七は捕まり、抵抗した杉井は鬼平に長十手で打たれて失神した。

つぶやき:万吉の「弟の敵討ち」というのはつくりごとで、源蔵が仕組んだ駿府の呉服屋のお盗めで、万吉は1200両をひとり占めにして逃げた。
大井川をさかのぼった笠間の盗人宿で万吉に殺された3人の敵をとりたいのは源蔵のほうだった。

殺しの真相は、このシリーズに何話かある盗賊仲間の騙しあいだが、この篇は、〔信濃屋〕こと元盗賊の〔桑原〕の喜十と源蔵の義理、喜十とむかし馴染みの〔大滝(おおたき)〕の五郎蔵との信頼ぶりをからめて、新味を出している。
(参照: 〔大滝〕の五郎蔵の項)

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2006.01.08

引き込み女おすみ

『鬼平犯科帳』文庫巻14に収められている[尻毛の長右衛門]と、タイトルにもなっている盗人一味の首領の情婦でもあった母親についで、引きこみもつとめることになったおすみである。
(参考: 〔尻毛〕の長右衛門の項)
(参照: 女賊お新の項)
引きこみ先は、本所吉田町2丁目の薬種問屋〔橋本屋〕。一味の連絡役は〔布目(ぬのめ)〕の半太郎(28歳)だが、2人はできてしまっている。いや、おすみのほうから、生娘の体を法恩寺裏の林で誘いをかけて半太郎に与えていた。
(参照: 〔布目〕の半太郎の項)
あとは、首領・長右衛門の許しを得るばかりである。
だが、そうは問屋がおろさなかった。躰の中泥鰌が100匹も棲んでいる名器を、母娘なんだから、おすみもお新から引き継いでいるにちがいないとふんだ長右衛門(51歳)が、おすみを後妻にしたいといいだしたのである。
生娘のしるしをいただいてしまった半太郎、一味に居残るわけにはいかないと、身を引くことにしたのだが--。

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年齢・容姿:19歳。低い鼻、への字形の唇、縮れれ毛、狆ころが髪を結っているよう。
生国:母親が美濃(みの)国のどこか(現・岐阜県)にある実家で産んだか。

探索の発端:薬種問屋〔橋本屋〕へ入ったおすみは、金蔵の錠前の蝋型もとっているし、屋敷内の間取りから家族・奉公人のあれこれまでしっかりと調べていた。
ところが、容貌が母親似だったばっかりに、女密偵おまさに見つかったしまった。お新の亭主の故・市之助がおまさの亡父の忠助と親しかったので、子どもごころにお新のことを覚えていたのである。

結末:おすみから半太郎、深川清澄町の霊雲門前に近い釣道具屋〔利根屋〕---〔尻毛〕一味の盗人宿---とたぐられて、〔蓑火〕ゆずりの本格派の長右衛門は、いさぎよくお縄をうけた。
(参照: 〔蓑火〕の喜之助の項)
おすみは半太郎の消息を聞きだすべく、半太郎の親代わり、妙義の笠町で旅籠をやっている万吉爺さんを訪ねたところを逮捕された。

つぶやき:事件が落着して、鬼平がおまさに「それにしても、あの、おすみは、死んだ半太郎がが初めての男だったというぞ。それも、おすみのほうから誘いをかけたそうな」
これに対して、おまさが応える。
「若い女には、だれしも、おすみのようなところがございます。ただ、それを意気地なく胸の底へしまいひこみ、黙っているだけのちがいなんでございますよ」
おまさの双眸が、きらりと光った。

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2005.12.23

〔梅原(うめはら)〕の伝七

『鬼平犯科帳』文庫巻2に収められている[お雪の乳房]で、表向きは芝・横新町で煙草屋をひらいている盗賊の頭領〔鈴鹿(すずか)〕の又兵衛の右腕、〔梅原(うめはら)〕の伝七も世間への顔は煙草きざみ職人で、又兵衛に仕えて10年余になる。住まいは金杉通りの寿運寺(戦災で廃寺)裏。
(参照: 〔鈴鹿〕の又兵衛の項)

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年齢・容姿:どちらも記述されていないが、中年で中肉中背と推察。小男の又兵衛としては、大男は一味に入れたがらなかったろうから。
生国:美濃(みの)国郡上郡(ぐんじょうこおり)梅原村(現・岐阜県郡上郡美並村梅原)。
ものの本に、昭和29年(1954)に所帯数22戸とある。鬼平のころはもっと貧村だったのかも。
池波さんが甲賀忍者で親しんでいた近江国の、蒲生郡梅原新田はいまは別の名になっている。
〔鈴鹿〕の又兵衛との地縁でいうと、おなじく美濃・山県郡梅原(現・高富町)、紀伊国名草梅原村(現・和歌山市)も候補だが、又兵衛の義弟で三河の額田郡鴨田村(現・岡崎市)出の〔鴨田(かもだ)〕の善吉も考慮にい入れると、長良川左岸の台地に位置する美並村梅原がもっとも有力と見た。
(参照: 〔鴨田〕の善吉の項)

探索の発端:〔小房〕の粂八が、偶然に〔鴨田〕の善吉を見かけたことから、見張りがはじまり、芝・横新町で煙草屋〔しころや〕の又兵衛へ糸がたぐられ、つづいて〔梅原〕の伝七もみつけられた。
(参照: 〔小房〕の粂八の項)
密偵になる前、粂八が〔野槌(のづち)〕の弥平の下にいたとき、〔鈴鹿〕一味から借りられてきていた〔梅原〕の伝七を見知っていたからである。
(参照: 〔野槌〕の弥平の項)
伝七が、芝・松本町の明樽問屋〔大国屋〕の飯炊き女おろくと連絡(つなぎ)をつけたところから、〔鈴鹿〕一味の狙い先も知れた。

結末:〔大国屋」で待ち構えていた鬼平が名乗りをあげると、又兵衛一味は抵抗もせずに縛についたが、処刑は死罪であったろう。

つぶやき:〔小房〕の粂八が鬼平にいう。「なあに、私はもう死んだつもりでおりますよ。何人も、この手でにかけて殺した人のうらみが、つもりつもっているこの躰でござんす。いつ死んでも悔はございません」
一方、巻12[密偵たちの宴]では、集まった密偵たち6名(粂八も入っている)は、「いずれも本格派であった」とある。

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2005.10.07

女賊お新

『鬼平犯科帳』文庫巻14に収められている[尻毛の長右衛門]と、タイトルにもなっている盗人一味の首領の情婦でもあり、引きこみもつとめていた女賊。
(参考: 〔尻毛〕の長右衛門の項)
耳の穴からまで毛がはみだしているような毛むくじゃらな〔尻毛(しりげ)〕のお頭の情婦になったのは、やはり〔尻毛〕一味の配下だった亭主の市之助が若死にしたからである。幼いおすみを抱えた女賊として生きていくためには、むしろ、それが最善の道だったかもしれない。
〔尻毛〕の長右衛門は、本格派の〔蓑火〕の喜之助の下で修行していたので、筋の通った盗めをした。
(参照: 〔蓑火〕の喜之助の項)
(参照: 引き込み女おすみの項)

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年齢・容姿:生きていれば40なかば? 狆(ちん)ころが髪を結(ゆ)っているような顔。その髪は縮れ毛で、鼻も低い。
生国:美濃(みの)国のどこか(現・岐阜県)。
というのは、〔尻毛〕の長右衛門は、流れづとめの者は使わないほど慎重である。配下を選ぶにも、地縁を優先させたろう。もっとも、お新にも亡夫・市之助にも「通り名(呼び名)」が付されていないから生国を特定できないが。

情婦となった経緯:〔尻毛〕の長右衛門(50すぎ)が、お新のむすめのおすみ(19歳)をのち添えにしたいと、〔布目(ぬのめ)〕の半太郎に告白したセリフ。
(参照: 〔布目〕の半太郎の項)
「おすみの母親の、お新というのも、わしの手元で引き込みをしていたが、亭主の市之助も、ずっと、わしのところにいた男で---それが早死にしたものだから、お新はおすみを育てながら、引き込みを---そのうち、わしも女房子を死なせてしまっていたし、なんとなく、その、お新に手をつけてしまってなあ。
それが4,5年はつづいたろうかね。そのうちに、お新が病死してしまい---」
つまり、長右衛門はお新に引き込みをさせたりしながら、4,5年、躰をあわせていたことになるが---。
女賊の引き込みは、住み込みの場合が多いから、そのあいだは、抱けない。お新のほうがなんとか口実をつくって寸時抜けだして抱かれていたのだろう。

結末:〔尻毛〕の長右衛門は、おすみを抱くことなく、捕縛・処刑された。

つぶやき:おすみが自分から処女をあたえた〔布目(ぬのめ)〕の半太郎の感想では、(おすみの躰の中には泥鰌が100匹棲んでいやがる)そうだ。
その躰は母親のお新ゆずりのものだろうから、そのことは〔尻毛〕の長右衛門も妄想していたろう。いや、それだからおすみをのち添えにしたがったのだろう。
女にこだわって身を滅ぼしたのは、師匠の〔蓑火〕の喜之助ゆずりというより、男の性(さが)というしか仕方がない。

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2005.09.10

〔鶉(うずら)〕の福太郎

『鬼平犯科帳』文庫巻2の所載の[蛇(くちなわ)の眼]で、頭の平十郎配下の1人。味噌こし売りをしているが〔女誑(めたらし)が専門。
(参照: 〔蛇〕の平十郎の項)
この篇では、医師・千葉道有の出身地、下総の大網から下女奉公にあがっているおもとをたちまち口説きおとして、押し入り当夜、戸締りをあけさせる約束をとりつけた。

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年齢・容姿:25歳。眼もと涼やかで美男。愛嬌たっぷり。
生国:美濃(みの)国厚見郡(あつみこうり)鶉(うずら)村(現・岐阜県岐阜市北鶉、南鶉、東鶉、西鶉のいずれか)
群馬県邑楽郡邑楽超町にも鶉があるが、大坂生まれの〔蛇〕の平十郎とのつながりや、おもとへ小田原を口にしたところからいうと、西の出身と推理して、岐阜をとった。

探索の発端:〔蛇〕の平十郎の項に記したので、その一部を再録。
鬼平と平十郎が出会ったのは寛政3年(1791)初夏で、本所・源兵衛橋ぎわの蕎麦屋〔さなだや〕において。
視線を交わしあい、鬼平のほうは(油断のならぬ怪しい奴)としかおもわなかったが、平十郎は相手を鬼の平蔵と察知した。
日本橋・高砂町で〔印判師・井口与兵衛〕の看板をあげている平十郎は、浜町堀をはさんで斜向(はすむか)いの道有屋敷の金蔵を狙っていた。

犯行は行われた。全員惨殺。しかし、道栄が瀕死の中、血で「くちなわ」と書き残した。

これより前の事件---文庫巻1に所載の[座頭と猿]で逃げ隠れていた座頭・彦の市が女に会いに現われて逮捕され、〔蛇(くちなわ)〕一味の盗人宿が相州・小田原宿の北の部落・上之尾にあることを白状した。

結末:上之尾へ馬で急行、待ち構えていた鬼平以下の火盗改メに、全員逮捕、死罪。
平十郎だけは過去の残虐な所業もふくめて、市中引き回しのうえ火刑。

つぶやき:この篇での〔蛇〕の平十郎の配下は、軍師格の白玉堂の紋蔵のほかに、
 志度呂(しどろ)の金助(35歳) 「うろうろ舟」で盗み金をはこぶ下準備。
 片波の伊平次(40歳) 道有屋敷の近所で夜鷹そばの屋台を出し情報収集。
 (参照: 〔片波〕の伊平次の項)
 駒場の宗六(30歳) 合鍵づくり。
(参照: 〔駒場〕の宗六の項)
 鶉(うずら)の福太郎(25歳)前述のとおり
「それぞれの役割が説明された珍しいケースといえる。

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2005.08.23

〔駒野(こまの)〕の伝吉

『鬼平犯科帳』文庫巻18に収録の[草雲雀]に、ほんの半行だけ語られる盗賊のお頭である。それだけに、いろいろと想像がふくらむ。
同心・細川峯太郎がかつてその躰になじんだことのある寡婦お長は、権之助坂中ほど、上覚寺(尾張屋板の切絵図の誤植。浄覚寺が正しい)北の茶店〔越後屋〕の女主人だが、その北隣の雑貨やたばこなどを商っているのが、ここも女手・おきぬの店〔かぎや〕である。
そのおきぬと、彼女の亭主・友次郎(じつは盗っ人の〔瀬川(せがわ)〕の友次郎))が上方へお盗めに行っているすきに出来たのが〔鳥羽(とば)〕の彦蔵(37,8歳)である。
(参照: 〔瀬川〕の友次郎の項)
ある日、友次郎と彦蔵が白金10丁目の妙円寺の前でばったり出会い、彦蔵がいった。
「江島のお頭をはじめ、仲間の連中が盗賊改メに引っ括られてしまい、いまはおれも、お前さんと同じ一人はずけたらきだ。そこで友次郎鈍。実は半年ほどのうちに、おれは伊勢の桑名へ行き、お前も耳にしたことがあるだろうが、駒野の伝吉お頭の盗めを手伝うことになっているのだ---」
(参照: 〔江島〕の由蔵の項)

218

年齢・容姿:どちらも記述がない。
生国: 美濃(みの)国多芸郡(たぎこうり)駒野新田村(現・岐阜県海津郡南濃町駒野新田)。

探索の発端と結末:〔鳥羽(とば)〕の彦蔵の口から語られただけの、名古屋、伊勢あたりがてテリトリーなので、探索は及んでいない。

つぶやき:mixiというインターネットの親睦機関が運営しているぼくの日記欄で、長野県下伊那郡阿智村駒場の読み方について(こまんば)説と(こまば)説をしょうかいしたとき、keiさんとおっしゃる学究の徒から、

高麗(こま)という地名の場所には渡来人が多く住み、古代の牧(牧場・馬関連)を管理していたのではないかという説を大学の授業か何かで聞いた覚えがあります。

という書き込みをいただき、 知識の泉の主のようなアルムオンジさんからも同じご意見を承った。
南濃町の駒場新田について、角川の『地名大事典』は、「地名の由来は駒野村の草場を新田に開発したことによる。河川にはさまれた低地であるため、氾濫に絶えず悩まされた」。それで、〔駒場〕の伝吉の出身を、駒場村でなく、河川の氾濫に荒らされる新田のほうを採った。
天保3年の戸数57戸、人口278人。

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2005.08.12

〔貝月(かいづき)〕の音五郎

『鬼平犯科帳』文庫巻11に収められている[雨隠れの鶴吉]で、鶴吉の実家である日本橋・室町2丁目の茶問屋〔万屋〕源右衛門方へ、飯炊き男として引き込みにはいっている、〔稲荷(とうが)〕の百蔵配下の男。
(参照: 〔雨隠れ〕の鶴吉の項)
(参照: 〔稲荷〕の百蔵の項)
かつて〔野槌(のづち)〕の弥平の下にいたが、一味が火盗改メに捕縛されたときにうまく逃げおうした3,4人のうちの1人。もう1人が鶴吉の女房になっているお民。
(参照: 〔野槌〕の弥平の項)
(参照: 女賊お民の項)

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年齢・容姿:40がらみ。ずんぐりと大きな躰。金壺眼(きんつぼまなこ)。
生国:美濃(みの)国揖斐郡(いびこうり)貝月山麓・久瀬(くぜ)村(現・岐阜県揖斐郡久瀬村)
貝月山(1,234.3m)は、久瀬、春日、坂内の3ヶ村にまたがっているから、あとの2村の出である可能性もある。

探索の発端:お民が見つけて鶴吉に話し、鶴吉が使用年時代に可愛がってくれた井関録之助へ打ち明け、録之助から鬼平へ話が通じ、火盗改メの監視がはじまった。

結末:上州・武州をまたにかけて荒らしまわっている〔稲荷(とうが)〕の百蔵一味24名が〔万屋〕へ押しこんできたところを全員逮捕。

つぶやき:基本的には、火盗改メと盗賊グループとの対決物語である『鬼平犯科帳』の読みどころの一つは、探索の発端のヴァラエティにある。鬼平が「がん」をつける話がもっとも多いが、与力・同心、密偵がらみを表とすると、この篇のように盗人同士というきわめて珍しい裏ケースもある。
隣あった篇には異なった発端を置くのが、池波さんの苦心の一つでもある。

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2005.05.21

〔尻毛(しりげ)〕の長右衛門

『鬼平犯科帳』文庫巻14に収められ、[尻毛の長右衛門]とその篇のタイトルにもなっている盗人一味の首領。元は本格派の〔蓑火〕の喜之助の下で修行しているので、筋の通った盗めをする。
(参照: 〔蓑火〕の喜之助の項)
片腕は〔藤坂(ふじさか)〕の重兵衛。
(参照: 〔藤坂〕の重兵衛の項)

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年齢・容姿:50をこえたばかり。手足も躰も毛むくじゃらで、耳の穴からも長い毛がはみだしている。
生国:美濃(みの)国方県郡(かたがたこうり)尻毛(しっけ)村(現・岐阜県岐阜市尻毛)。
岐阜市の西域、伊自良川下流の右岸。岐阜駅からは「尻毛(しっけ)橋をわたって町並みへ入る。
池波さんは、斉藤道三か織田信長、あるいは長久手の合戦時の羽柴秀吉を調べていて、この地名に達したか。
ついでに記すと、(しっけ)のいわれには、アイヌ語説と、湿気の多い土地説がある。

探索の発端:〔布目(ぬのめ)〕の半太郎の項に記したが、長右衛門が、妾だったお新のむすめ・おすみ(19歳)を、本所・吉田町2丁目の薬種問屋〔橋本屋〕へ引き込みに入れた。つなぎ役は半太郎(28歳)。
(参照: 引き込み女おすみの項)
(参照: 〔布目〕の半太郎の項)
そのおすみと半太郎ができてしまったはいいが、おすみが密偵おまさに見つかり、見張りがついた。
(参照: 密偵おまさの項)

いっぽう、〔尻毛(しりげ)〕一味の側では、長右衛門が父娘ほども年齢がへだたっているおすみを後妻にしたいと半太郎に告げていた。
聞いて半太郎は、一味を出て行く決心をする。

結末:出て行った半太郎のことで、長右衛門は〔橋本屋〕への押し込み計画を中止し、小舟で江戸から出ようとしたところを、鬼平に捕まった。

つぶやき:「尻毛(しっけ)」を訪ねるべく、岐阜の友人に電話を入れ、「遅すぎたようだよ。尻毛への電車線は、この4月1日で廃線になったよ」といわれた。
1時間に1本のバスをたよりに岐阜駅へ降り立った。あちこちバス停を尋ねまわって、ようやく1本/時間のバスに乗り込んだら、乗客はしばらく女子高校生と2人きり。これでは廃線になるのも無理はなかろうとおもった。
その代わりに、尻毛町へ入る「尻毛橋」は車の長蛇の列。

1111
伊自良(いじら)川に架かる尻毛橋

1112
かつての尻毛駅脇の閉鎖された踏み切り

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廃線で錆びた線路と標識もはずされたホーム

〔尻毛〕の長右衛門をめぐっては、『鬼平犯科帳』におけるコメディ役の意味について書きたかったのだが、廃線ショックに勝てなかった。

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