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2008.09.12

〔中畑(なかばたけ)〕のお竜(6)

長谷川うじ。いい折りだから、お引きあわせしておこう」
勤番大手組支配・八木丹後守補道(みつみち 55歳 4000石)が紹介したのは、相役で山手組支配・山口出雲守直郷(なおさと 59歳 3000石)であった。

ちゅうすけ注】甲府勤番支配は2人制で、大手組と山手組をそれぞれ預かっている。両組とも番士は100名、それに与力10騎と同心50名ずつがつく。
なお、勤番支配という呼称は正式のものではなく、『柳営補任』は「勤番頭(がしら)」、「慶応3年(1867)から「甲府小普請支配」と唱え替えた」としている。
しかし、『寛政重修諸家譜』は「勤番支配」を使っているので、ちゅうすけはこれにしたがっている。

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(甲府城下街 中央から斜め左下へが甲府城の堀 その左の広大な地域(青〇)が廓内。
『甲州街道分間延絵図』部分 道中奉行制作)

山口出雲守は、痩せた疳性の強そうな老人で、人を見下したような目つきでみる。
もっとも、勤番士の本多作四郎玄刻(はるとき 37歳 200俵)があとで解説してくれたところによると、あの目つきは癖で、心底はそうではないのだと。
しかし、あの目癖で、大身幕臣としては出世がおくれ気味だとも。
老中、若年寄にいい印象をもたれなかったらしい。
(いや、人間、目つきは大事だ)
銕三郎(てつさぶろう 23歳 のちの鬼平)は、自戒した。

山口出雲守は、それが精いっぱいのお世辞だったのであろう、
「拙宅は、牛込うた坂だから、長谷川久三郎どのの屋敷と、目と鼻でしてな」
納戸町の長谷川久三郎(正脩 まさひろ 4040石)邸は、八木支配の叔母・於紀乃(きの 69歳)の婚ぎ先である。

「先日亡くなられた中根伝左衛門どのの数軒南でございますな」

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(牛込の山口邸=上(南)の青〇 下の青〇=中根家)

銕三郎は、言おうとして声を呑みこんだ。
「亡(ぼう)じた」というような忌み言葉を拒むようなかたくなな姿勢と、300俵の下役など---といった蔑視を感じたからである。

参照】中根伝左衛門正雅(まさちか 享年79歳 300俵) 2007年10月15日~[養女のすすめ] (2) (3)
2008年7月21日[明和4年(1767)の銕三郎] (5)

当の八木丹後守は、縁者に便宜をはかりすぎるとおもわれるのを避けるように、
「万事は、本多番士がこころえておるから、そのように---」
と、控えていた本多作四郎へ体(てい)よくふって、面接を打ち切った。

八木丹後守は年齢は下でも、山口出雲守より8年も先任なのだから、相役にそれほど気を遣うことはないのだ。
要するに、気の弱いところがある仁なのだ。

参照】本多作四郎玄刻 2008年6月30日[平蔵宣雄の後ろ楯] (15) (16)
2008年8月18日[〔橘屋〕のお仲] (5)

「中畑(なかばたけ)村までは、それがしがご案内します。しかし、村長(むらおさ)・庄左衛門(しょうざえもん 55歳)には、顔をみせないほうがよろしいでしょう」
城下・柳町の旅籠〔佐渡屋〕率一郎方の奥の部屋で、本多作四郎玄刻が言った。
自宅に招きたいのだが、後妻が臨月に近いのでと、銕三郎寅松(とらまつ 17歳)が泊まっている旅籠へきたのである。

酌の手をとめた銕三郎が訊き返した。
「なにか、ご不都合でも?」
「百姓は、役人には、つねに、ほんとうのことを隠します。手前は市川支配所(代官所の出先)とはかかわりはないが、これでもお上の役人の端くれでしてな---はっははは」
いっしょに笑った寅松が、銕三郎に睨まれて首をすくめて、焼き山女(やまめ)をつまんだ。

本多作四郎が、地元生まれの組下の同心を派遣して事前に調べてくれたところによると、お(りょう 29歳)の父親・木こりの猪兵衛(いへえ 50がらみ)は、武田信玄軍の一員---といっても、滝戸(たきど)山ののろし小屋番---の末であった。
つまり、甲府から駿河への最短の中道往還ぞいの武田方ののろし台のひとつの守(も)りをしていた子孫ということになる。

中畑村や右左口(うばぐち)村には、武田軍が滅んだときに隠棲・土着した者の末が少なくなく、家康に招かれて移っていった輩(やから)をいまだに軽蔑しているという。

「手前の姓は本多で、徳川じきじきの者にまがいようもなく、まあ。蔑視よりも敵視のほうですな。とはいえ、手前は3代つづいての勤番ですから、本多といっても、軽がる、薄うすの本多でありますがな」
こんどは、作四郎は笑わなかった。

「木こり・猪兵衛の女房---おの母親は、信玄の手の軒猿(のきざる 忍者)の末裔だそうです」
聞いた銕三郎の眸が光った。


参照】[〔中畑(なかばたけ)〕のお竜〕 (1) (2) (3) (4) (5) (7) (8) 

ちゅうすけのつぶやき】池波さんには、『鬼平犯科帳』シリーズ連載前に、幾篇かの甲賀(こうか 忍者の場合は濁らない)忍者ものがある。情報収集メン(あるいはウイメン)が、『鬼平犯科帳』の密偵に姿を変えているのかも。

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