カテゴリー「105山形県 」の記事

2005.07.02

〔舟形(ふながた)〕の宗平

『鬼平犯科帳』文庫巻4の所載の、寛政元年(1789)夏から晩秋へかけての事件である[敵]に登場したときは、〔初鹿野(はじかの)〕の音松一味の盗人宿---目黒にある百姓家を預かっていた。
(参照: 〔初鹿野〕の音松の項)
かつて〔蓑火(みのひ)〕の喜之助一味にいた〔大滝〕の五郎蔵がらみの件で火盗改メに保護され、密偵となり、五郎蔵と義理の親子のちぎりを結び、本所・相生町で小さな煙草屋を開く。
参照〔蓑火〕の喜之助の項)
参照〔大滝〕の五郎蔵の項)
以後、長年つちかった盗賊界での顔のひろさを活かして、盗人の正体を告げて逮捕にかかわった。『鬼平犯科帳』164話中の30話に登場。

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年齢・容姿:年齢がむずかしい。寛政元年(1789)には70歳をこえているはず、とある。
それから4年後(寛政4年)の文庫巻7[泥鰌の和助始末]Iは、60をこえたとある(p195 新装版p202)。まあ、70いくつも「60をこえた」範疇に入ることとは入るが---)
翌寛政5年(1793)晩秋の事件を描いた文庫巻9[雨引の文五郎]ではふたたび「70をこえた」(p21 新装版p22)。
(参照: 〔雨引〕の文五郎の項)
生国:これも、特定が容易ではない。まず、表記の〔舟形〕。
〔船形〕なら千葉県の館山市船形(ふなかた)、同・成田市船形(ふながた)が吉田東伍博士『大日本地名辞書』(冨山房)に収録されている。
そして、〔蓑火〕の喜之助のところにいた千葉県出身の者というと、〔五井(ごい)〕の亀吉がいる。独立して〔大滝〕の五郎蔵と〔並び頭〕を務めた仁だ。
参照〔五井〕の亀吉の項)
しかし、池波さんはわざさわざ〔舟形〕としている。
とすると、先記の『地名辞書』にあるのは、羽前(うぜん)国最上郡(もがみごうり)舟形(ふなかた)(現・山県県最上郡舟形町舟形)。ただし、池波さんがふっているルビ(ふながた)のようには濁らない。
小国川(別名・船形(ふなかた)川、またの名・瀬見川)が北を流れている。

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(緑○=舟形 紅〇=新庄 水色=最上川 明治22年製地図)

宮城谷昌光さん『風は山河より 第1巻』(新潮社)に、三河と遠江の境に舟形(ふながた)山があることを教えられた。
これも頭にとめて、『鬼平犯科帳』以前の諸作品と、池波さんの旅行記録を反趨してみたい。

〔舟形〕の宗平の発見が発端となった篇---
・文庫巻 7[はさみ撃ち]  〔大亀(おおがめ)〕の七之助
・文庫巻10[蛙の長助]  〔蛙(かえる)の長助〕

記憶に残る活躍:文庫巻9、鬼平の計略で〔落針(おちばり)]の彦蔵を破牢させる[雨引の文五郎]で、〔西尾(にしお)〕の長兵衛一味の主導権争いによる文五郎彦蔵の確執のことを、義理の息子の〔大滝〕の五郎蔵にも話していないことを鬼平にとがめられ、
(参照: 〔落針〕の彦蔵の項)

「へい、へい---まことにもって、申しわけもねえことで---」
「何故、だまっていた?」
「それは、長谷川さま---」
いいさして、また、うつむいてしまった舟形の宗平へ、
「爺つぁんは、文五めをかばっていたのかえ?」
「へ---まことに、その---」
「いえ、いってみよ」
「へ、それが---雨引の文五郎ほど芸がある盗人に、御縄を頂戴させるのが---ちょいと、その、惜しい気もいたしまして---わざと、知らん顔をしておりましたのでございます」
穴でもあれば入りたい風情の宗平へ、平蔵は、
「こやつめ---」
なんともいえぬ微妙な笑顔になって、ただ一言、
「あきれた爺つぁんだわ」
と、つぶやき、傍らの煙草盆を引き寄せた。

つぶやき:密偵が見かけたのが端緒になった篇---
◎おまさがらみ 14編
[4―6 おみね徳次郎  〔法楽寺〕の直右衛門 p208 新p218
[5―3 女賊]        〔瀬音〕の小兵衛    p85 新p89
[4-4 血闘]       〔吉間〕の仁三     p149 新p156
[6-4 狐火]       〔瀬戸川〕の源     p114 新p121
[8-3 明神の次郎    〔櫛山〕の武兵     p93 新p98
[9-2 鯉肝のお     〔白根〕の三右      p50 新p52
[10-1 犬神の権     〔犬神〕の権       p28 新p29
[13-4 墨つぼの孫八  〔墨つぼ〕の      p147 新p153
[14-2 尻毛の長右衛  〔尻毛〕の長右衛    p60 新p62
[19-6 引き込み女    〔駒止〕の喜太     p267 新p277
[23 炎の色]         〔峰山〕の初蔵     p55 新p53
[24 女密偵女賊]     〔鳥浜〕の岩吉     p16 新p15
[24 誘拐]         相川虎次郎      p147 新p139

◎伊三次がらみ 4編
[6-2 猫じゃらしの女] 〔伊勢野〕の甚右衛  p69 新p74
[9-3 泥亀]       〔関沢〕の乙吉      p95
[12-3 見張りの見   〔長久保〕の佐吉    p115 新p121
[14-5 五月闇]     〔強矢〕の伊佐蔵    p195 新p201

◎彦十が見かけた 4編
[10-5 むかしなじみ]  〔網虫〕の久六     p177 新p186
[12-1 いろおとこ]    〔鹿熊〕の音蔵     p27 新p28
[13-1 熱海みやげの宝物〔馬蕗〕の利平治   p13 新p13
[16-5 見張りの糸]    〔狢〕の豊蔵      p203 新p210


◎〔小房〕の粂八が見かけた 3編
[4―2 五年目の客]    〔江口〕の音吉    p49 新p51
[12-2 高杉道場・三羽烏]長沼又兵衛     p60 新p64
[18-2 馴馬の三蔵]   〔瀬田〕の万右衛門  p75 新p77


◎〔馬蕗〕の利平治がらみ 3編
[14―3 殿さま栄五郎]  〔鷹田〕の平十    p98 新p
[16―3 白根の万左衛門 〔沼田〕の鶴吉    p112 新p117
[19―2 妙義の団右衛門 〔妙義〕の団右衛門 p55 新p58

◎〔大滝〕の五郎蔵がらみ 2編
[7-4 掻堀のおけい]   〔砂井〕の鶴吉   p112 新p117
[14-4 浮世の顔]     〔藪塚〕の権太郎  p154 新p158

◎仁三郎がらみ 1篇
[18―4 一寸の虫]     〔鹿谷〕の伴助   p129 新p113

追記:文芸評論家の池上冬樹さんから、コメントをいただいた。
「池波さんは「舟形」を使い、“ふながた”とルビをふっているが、「地名辞典」では濁らない・・という記述がありますが、実際は濁ります。というか、濁るのが正しい。
http://www.town.funagata.yamagata.jp/
もともと濁らないのに、慣習で濁るようになり、それで“ふながた”となったのかもしれませんが・・・と地元なのに、曖昧でごめんなさい。
ただ、池波さんが愛した、山形のそばがあり(逢坂剛さんを山形におよびしたときにお土産として進呈しました)、山形の地名に関してはそれなりの知識があると思います。

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2005.03.21

〔土崎(つちざき)〕の八郎吾

『剣客商売』文庫巻7に収録の[徳どん、逃げろ]で、下っ引きの〔傘徳〕---傘屋の徳次郎(40歳)を賭場で見込んだひとり働きの盗人。あろうことか、秋山小兵衛の家へ盗みに入ろうという、このシリーズに登場するきわめて数少ない盗人の一人。

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年齢・容姿:中年。丸顔の童顔で愛敬がある。小肥り。東北訛り。
生国:羽後(うご)国飽海郡(あくみごおり)土崎(つちざき)村(現・山形県酒田市土崎)。

探索の発端:松平肥前守(佐賀藩 35万7千石)の千駄ヶ谷の下屋敷の中間部屋で開帳されている賭場で、芽がでないので、あきらめて帰りかけた〔傘徳〕を呼び止め、盗みの片棒をかつぐように誘いかけてきたのが、〔土崎〕の八郎吾であった。

結末:親分〔武蔵屋〕の弥七の「やってみろ」のすすめで、〔傘徳〕たちが新鳥越橋のところまで来たとき、浪人4人に斬りかかられ、〔傘徳〕は来合わせた秋山大治郎に助けられるが、八郎吾は斬殺される。
不逞浪人たちは捕えられ、死罪。

つぶやき:〔傘徳〕の腕に抱かれ、八郎吾がいまわのきわの述懐をする。「男をつくった女房を殺した報いだろう」と。

八郎吾の〔傘徳〕への信頼にふれて、小兵衛がいう。「人の世の中は、みんな、勘ちがいで成り立っているものなのじゃよ」

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