カテゴリー「051佐々木新助 」の記事

2010.12.28

同心・佐々木伊右衛門(3)

長谷川の殿さま。〔三ッ目屋〕の強精薬の朝鮮人参は、野州産だってことですぜ」
耳より〕の紋次(もんじ 37歳)が、妙な噂を聞きこんできた。

紋次には、先日、〔三ッ目屋〕の朝鮮人参の仕入れ先をあたるように頼んでおいた。
両国橋広小路の並び茶屋のお(いく 31歳)が、効き目を実感したふうな口をきいていたからであった。

参照】2010年12月16日[医学館・多紀(たき)家] (5

「野州産---?」
(和産の竹節(ちくせつ)人参ではないのか?)
疑惑を腹におさめ、平蔵が訊く。

参照】2010年2月18日~[竹節(ちくせつ)人参] () () () () () (

〔三ッ目屋〕の小僧の亀太(かめた 14歳)を脇へ呼び、牡丹餅を2ヶつかませ、新しく売りだしている〔牛車(ごしゃ)剛気丸〕ってなあ、効きのつよい高麗人参入りだってなと鎌をかけた。

八味丸に高麗人参を加えたのが〔三ッ目屋〕の特製〔牛車剛気丸〕であった。

すると、高麗人参なんかじゃなく、下野(しもつけ)国日光今市の植え場で育った竹節人参だが、対馬藩渡来の高麗人参入りという触れこみが効いているらしく、求めた客が「効いた、効いた」と告げまわってくれ、店の旦那も番頭も喜んでいると、バラした。

早漏、萎茎(いけい)に処方される〔八味丸〕は、

地黄(じおう) 乾燥した根
茯苓(ぶくりょう 和名=マツホド) 菌核内部
山茱茰(さんしゅゆ 和名も同じ) 果実
山薬(さんやく 和名=ながいも)  根
沢瀉(たくしゃ)
牡丹皮(ぼたんぴ 和名=シャクヤク) 乾燥した根 
桂枝(けいし 和名=シナモン 樹皮の内側)
附子(ぶし 和名カラトリカブト) 根

「でえてぇ、あっちのほうが弱くなったと落ちこんどる45歳から上の男たちの半分は、おもいこみが因(もと)だっていいやすから、あいつに効いて、おれに効かねぇはずがねぇと念じりぁ、イワシの頭でさあ」


平蔵はすぐさま、筆頭与力・脇屋清吉(きよよし 52歳)へ町飛脚を立てた。
書簡には、(にえ 越前守正寿 まさとし 40歳)組頭と同心・佐々木伊右衛門(いえもん 42歳)同道で、いまいちど、〔三ッ目屋〕の主(あるじ)・甚兵衛(じんべえ 39歳)と番頭・小兵衛(こへえ 53歳)をお調べになるように、すすめた。

吟味の要点は、仕入れ帳と売り掛け帳とつけくわえた。
とくに、符丁(ふちょう)の正体を、あらかじめ、手代を役宅の白洲で吐かせ、聞きとっておいてから乗りこむのが肝心と書いた。

結果、売り掛け帳に大量の朝鮮人参の記載があり、出所を追求され、故買の疑いが濃くなり、そのまま入牢となった。

のちの調べで、〔三ッ目屋〕は、盗品専門の故買屋であることが発覚(バレ)た。

亀太が危ない)
察した平蔵は、紋次にいいつけて連れだし、とりあえず〔音羽(おとわ)〕の重右衛門(じゅうえもん 54歳)のところにかくまってもらい、添え状をつけ、〔左阿弥(さあみ)〕の角兵衛(かくべえ 49歳)の上方へ逃がした。

参照】2009年8月22日~[左阿弥(さあみ)〕の角兵衛] () (

先代の円造(えんぞう 享年68歳)は、去年の秋に逝き、いまは角兵衛が祇園一帯の元締となっていた。

佐々木同心が、押収した〔三ッ目屋〕のあり金の中から5両(80万円)をたくみに消し、亀太にもたせた。

店と家宅改めには、躋寿館(せいじゅかん のちに医学館)の多紀家の嫡男・元簡(もとやす 26歳)にも助(す)けてもらったところ、持こまれた朝鮮人参の半分25両(400万円)分が手つかずのままで見つかった。

また、売り掛け帳をたどり、16両分(256万円)は根姿のままで取り戻せた。
盗品と知らないで買っていても、現物は没収されるしきたりであった。

多紀法眼元悳(もとのり 51歳)奥医は、人参が見つかった謝礼として、10両(160万円)を元簡(もとやす 26歳)に持たせ、〔季四〕で平蔵に渡した。

打ちあけると法眼が最初に包んだのは5両(80万円)だったが、息・元簡がきつくいさめ、5両を上乗せさせた結果の10両であった。

平蔵はそれを、藤ノ棚の家で、そっくり里貴(りき 36歳)の手にのせ、
里貴の蔭の仲人の礼金とおもって受け取れ。家を買う蓄えの足しにでもするんだな」


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2010.12.27

同心・佐々木伊右衛門(2)

「目黒・行人坂の大火のあと、躋寿館(せいじゅかん のちの医学館)と居宅の再築を請けおったのは、最初の学舎も手がけた駒込片町の棟梁・大銀です」
佐々木伊右衛門(いえもん 41歳)がつづけた。

「駒込片町---とは、ずいぶん遠くの棟梁に頼んだものだな」
「遠くではありませぬ。多紀(たき)家の拝領屋敷は駒込片町の白山社前なのです」
「そうか。そのつながりか---」
平蔵(へいぞう 35歳)は納得し、そのあたりまで出張ったことをおもいだした。
戸祭とまつり)〕の九助)(きゅうすけ 22,3歳=当時)の隠し荷をあらために旅籠〔越後屋]を糾問したときであった。

参照】2010年10月27日[〔戸祭(とまつり)〕の九助] (

躋寿館は、薬園を犬や猫にあらされないように敷地には板塀がめくらされてい、てっぺんには猫もくぐりぬけられないほどの幅の狭い忍び返しがしかけてあった。

盗賊たちは、家人のくぐり戸から侵入したとおもわれる。
とすると、内側から桟をあけたものがいなければならない。

(たぶん、みんなといっしょに縛られたお(すぎ 40すぎ)---正体はお(てい)であったろう)
戸締まりを外しただけでも、死罪に値(あたい)するので、火盗改メの追求がきびしくなったのを機に消えたとおもえる。

学頭・多紀法眼元悳(もとのり 50歳)は、盗まれた受講料の再納入を強いると、辞めていく塾生も少なくなかろうとみたらしく、いまは富裕な町医として繁盛している百人近い卒業生に、建学15周年ということで奉加帳をまわしていた。

盗難のことを率直に訴え、講師陣へ支払う謝金として、盗難額のほぼ7割にあたる---170両(2,720万円)をも目安にしているのも良心的といえると、佐々木同心は評していた。

「朝鮮人参のほうはどうなりましたかな?」
「江戸の薬種(くすりだね)問屋には、町奉行と連名で触書(ふれがき)をまわしましたが、いまのところ、申し出はありませぬ」

超安値で買える好機を、商人がむざむざ見逃すはずはない。
(見込みはほとんどないといってよかろう)

佐々木うじ。橋本町に〔三ッ目屋〕という、大人の手遊び屋があることはご存じかな?」
「薬研堀の〔四ッ目屋〕なら存じおりますが---」
「いや、〔三ッ目屋〕のほうです。なにか、いいががりをつけ、おどしてごらんになるのもおもしろいかと---。ただし、躋寿館の塾生たちの月夜ばたらき(隠れ仕事---いまでいうアルバイト)による遊び金づくりのこともあるので、ほどほどに---な」

参照】2010年12月19日[医師・多紀(たき)元簡(もとやす)] (

後日、平蔵は、先手弓の2番手組頭・(にえ)越前守正寿(まさとし 40歳)が、みずから〔三ッ目屋〕へ出向き、店内の商いの品々をたしかめ、主(あるじ)の与兵衛(よへえ)を糾問したことを報らされた。

(馬先召し取りの火盗改メではなかった)
先夜の応対、現場をふむ態度は、亡父・宣雄(のぶお 享年55歳)の面影をしのばせ、より、親近感が強まった。

参照】馬先召取り---2006年6月11日[現代語訳『江戸時代制度の研究』火附盗賊改] (

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2010.12.26

同心・佐々木伊右衛門

下城してみると、火盗改メで先手・弓2の組の同心・佐々木伊右衛門(いえもん 41歳)が表の間で待っていた。

寄り道---というのは、冬木町寺裏の茶寮〔季四〕のほかにはないのだが---をしなくてよかったと安堵するとともに、火盗改メの組頭・(にえ)安芸守正寿(まさとし 40歳 300石)の依頼に応えていないことを自責した。

横川に架かる菊川橋たもとの酒亭〔ひさご〕へ連れだそうと、一瞬、浮かんだものの、伊右衛門が甘党で酒がだめだったことをおもしだし、このまま、話を聞くことにきめた。

同心がまっさきに報告したのは、佐々木奥医・多紀(たき)法眼元悳(もとのり 50歳 200俵)の居宅から、奥女中としてはたらいていたお(すぎ 40すぎ)が逐電したことであった。

とつぜん消えたので、その前に紀州へ行くといって旅だっていた継嗣・安長元簡(もとやす 26歳)と示しあわせての出奔かと疑ったが、父・元悳への、東海道・宮宿から元簡が出した手紙を示され、疑念は捨てざるをえなかった。

その飛脚便は、宮からわざわざ常滑(とこなめ)へ足をのばし、注文してあった製薬に用いる製磁の乳鉢50ヶのすすみ具合を報じていた。

それも兼ねた、紀州行きであった。

贄組としては、武州多摩郡(たまこおり)中山道の大きな宿場の熊谷へ同心見習を出張らせた。
の生地としてとどけられていたのが熊谷宿の北、下石原村であったからである。

無駄足であった。
というのは江戸での名前で、村を出る16歳まではお(てい)であったが、それ以後、一度も村へ帰ってはいなかった。

(甲斐国古府中の近辺へひそんでいるか、府内のどこかにあるはずの盗人宿で骨休めをしていることであろうよ)
ただし、おもわくのある平蔵(へいぞう 35歳)は、このことを口にはださなかった。

佐々木うじ。無駄かもしれないが、甲州者をもっぱらにしている口入屋をあたってみてはいかがであろう?」
「甲州者---? おは、武州熊谷在の生まれですが---? そういえば、甲州なまりのことを仰せになっていましたな。賊が甲州者とでも---?」

平蔵は、10数年前に鉄菱(てつびし)を印伝革の袋から出してばらまいた賊がい、つい、そうかなとおもっただけだとはぐらかした。

参照】2008年8月17日~[〔橘屋〕のお仲] () () () (

「しかし、多紀家の事件では、鉄菱を撒く前に、みな、目隠しをされたということなので、鉄菱が印伝革の袋に入られていたかどうか、判然としていない」
平蔵の説明に、佐々木同心はうなずきはしたが、どう受けとったかまでは顔にださなかった。
(さすがに老練---あるいは、火盗改メ組頭の(にえ)安芸守正寿(まさとし 40歳)から、表情を消すようにとの訓練を受けているのか。
(そうだとしたら、組頭は相当のご仁だ)

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2006.07.26

失敗した部下--佐々木新助の処置

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「文庫巻4に収録の[あばたの新助]、『鬼平犯科帳』の中では珍しくサクセスストーリーではなく、鬼平が部下のあつかいにミスをおかす物語で、きわめて教訓に富んでいます」

こう前置きして感想をのべはじめたのは、江東区の文化センター・鬼平熱愛倶楽部のメンバーのN氏。
円座になっての意見発表のクラスで。

サラリーマン歴は50年近く、小さかった会社をそこそこの規模にまでのしあげた自負とともに退職……誇り高き上席中間管理職だった仁。

[あばたの新助]のストーリーを簡単に紹介する。

長谷川組の同心・佐々木新助(29歳)は、鬼平の仲人で筆頭与力の姪と結婚して3歳になるむすめもいる。
ところが富岡八幡宮境内(江東区)の甘酒屋でさそいかけてきた茶汲女・お才の色香と大胆な性技にやすやすとおぼれた。
それほどウブだったのだ。

大泥棒〔網切〕の甚五郎の愛人だった彼女の役は、色じかけで新助を籠絡、火盗改メの見まわりスケジュールを聞きだすこと。

Photo_28
正源寺裏の小料理屋〔ふじや〕へ連れこまれた新助は、お才の
大胆な性技に---(近江屋板・深川の部分)

鬼平は偶然に、新助同心と お才が連れだっているところを目にして、
(おかしい……)
と気づいてはいた。

「が、フォローが足りなかった。自分が仲人をした部下なので贔屓目(ひいきめ)に見てしまっていたのです」

物語の結末は小説にまかせて、N氏の主張…。

「中間管理者にとってもっともむずかしいのは、失敗した部下の処置……立ち直らせ方です。
徹底的にいじめるのが上司としての安全策だが、その代わりに人望を失います。
逆にかばうと、マイナス点がつきます。ずるい人はなにもしない。
鬼平ほどのすぐれたリーダーでも、新助を見殺しにするしかありませんでした。
もいちど機会をあたえ、見守っていてやるのがいいのですが、それだって結局のところは運否天賦(うんぷてんぷ)ですからね」

いわれるとたしかに[あばたの新助]アンハッピー・エンドの物語だ。
が、艶女のワナに陥ちて身を滅ぼしてしまうのは、なにも新助同心にかぎらない。
手練手管(てれんてくだ)にたけたお才のような女性にさそいをかけられたら、ウブな新助でなくてもコロリと参ってしまう。

若いころをふり返ると、似たような危険区域をなんども通過していたことにおもいたる。
修羅場(しゅらば)になるかどうかは、それこそ運否天賦だ。

鬼平自身、放埒な青春時代を送ったことになっているから、若者が恥多い所行を経て一人前になっていくことはとくと承知。

「新助は、なにか大物をねらって探(さぐ)りを入れていたらしい。おれにもそのことを話さなかったのは、よほどに、自信をもっていたのであろう」

組の者へはこう釈明してかばってやった。
が、それは、新助の失敗を未然に防いでやれなかった自分へのいいわけでもあったろう。

つぶやき:
鬼平は、新助がワナに落ちていることに、じつは、うすうす気づいていた。
しかし、適切な手をうたなかった。
N氏が指摘したように、贔屓目にみてしまっていた。
人間だれしも、人に対する好悪の気持ちをもつ。イザというときに、それを、どれだけ制御できるかだ。

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