同心・佐々木伊右衛門(3)
「長谷川の殿さま。〔三ッ目屋〕の強精薬の朝鮮人参は、野州産だってことですぜ」
〔耳より〕の紋次(もんじ 37歳)が、妙な噂を聞きこんできた。
紋次には、先日、〔三ッ目屋〕の朝鮮人参の仕入れ先をあたるように頼んでおいた。
両国橋広小路の並び茶屋のお幾(いく 31歳)が、効き目を実感したふうな口をきいていたからであった。
【参照】2010年12月16日[医学館・多紀(たき)家] (5)
「野州産---?」
(和産の竹節(ちくせつ)人参ではないのか?)
疑惑を腹におさめ、平蔵が訊く。
【参照】2010年2月18日~[竹節(ちくせつ)人参] (1) (2) (3) (4) (5) (6)
〔三ッ目屋〕の小僧の亀太(かめた 14歳)を脇へ呼び、牡丹餅を2ヶつかませ、新しく売りだしている〔牛車(ごしゃ)剛気丸〕ってなあ、効きのつよい高麗人参入りだってなと鎌をかけた。
八味丸に高麗人参を加えたのが〔三ッ目屋〕の特製〔牛車剛気丸〕であった。
すると、高麗人参なんかじゃなく、下野(しもつけ)国日光今市の植え場で育った竹節人参だが、対馬藩渡来の高麗人参入りという触れこみが効いているらしく、求めた客が「効いた、効いた」と告げまわってくれ、店の旦那も番頭も喜んでいると、バラした。
早漏、萎茎(いけい)に処方される〔八味丸〕は、
地黄(じおう) 乾燥した根
茯苓(ぶくりょう 和名=マツホド) 菌核内部
山茱茰(さんしゅゆ 和名も同じ) 果実
山薬(さんやく 和名=ながいも) 根
沢瀉(たくしゃ)
牡丹皮(ぼたんぴ 和名=シャクヤク) 乾燥した根
桂枝(けいし 和名=シナモン 樹皮の内側)
附子(ぶし 和名カラトリカブト) 根
「でえてぇ、あっちのほうが弱くなったと落ちこんどる45歳から上の男たちの半分は、おもいこみが因(もと)だっていいやすから、あいつに効いて、おれに効かねぇはずがねぇと念じりぁ、イワシの頭でさあ」
平蔵はすぐさま、筆頭与力・脇屋清吉(きよよし 52歳)へ町飛脚を立てた。
書簡には、贄(にえ 越前守正寿 まさとし 40歳)組頭と同心・佐々木伊右衛門(いえもん 42歳)同道で、いまいちど、〔三ッ目屋〕の主(あるじ)・甚兵衛(じんべえ 39歳)と番頭・小兵衛(こへえ 53歳)をお調べになるように、すすめた。
吟味の要点は、仕入れ帳と売り掛け帳とつけくわえた。
とくに、符丁(ふちょう)の正体を、あらかじめ、手代を役宅の白洲で吐かせ、聞きとっておいてから乗りこむのが肝心と書いた。
結果、売り掛け帳に大量の朝鮮人参の記載があり、出所を追求され、故買の疑いが濃くなり、そのまま入牢となった。
のちの調べで、〔三ッ目屋〕は、盗品専門の故買屋であることが発覚(バレ)た。
(亀太が危ない)
察した平蔵は、紋次にいいつけて連れだし、とりあえず〔音羽(おとわ)〕の重右衛門(じゅうえもん 54歳)のところにかくまってもらい、添え状をつけ、〔左阿弥(さあみ)〕の角兵衛(かくべえ 49歳)の上方へ逃がした。
【参照】2009年8月22日~[左阿弥(さあみ)〕の角兵衛] (1) (2)
先代の円造(えんぞう 享年68歳)は、去年の秋に逝き、いまは角兵衛が祇園一帯の元締となっていた。
佐々木同心が、押収した〔三ッ目屋〕のあり金の中から5両(80万円)をたくみに消し、亀太にもたせた。
店と家宅改めには、躋寿館(せいじゅかん のちに医学館)の多紀家の嫡男・元簡(もとやす 26歳)にも助(す)けてもらったところ、持こまれた朝鮮人参の半分25両(400万円)分が手つかずのままで見つかった。
また、売り掛け帳をたどり、16両分(256万円)は根姿のままで取り戻せた。
盗品と知らないで買っていても、現物は没収されるしきたりであった。
多紀法眼元悳(もとのり 51歳)奥医は、人参が見つかった謝礼として、10両(160万円)を元簡(もとやす 26歳)に持たせ、〔季四〕で平蔵に渡した。
打ちあけると法眼が最初に包んだのは5両(80万円)だったが、息・元簡がきつくいさめ、5両を上乗せさせた結果の10両であった。
平蔵はそれを、藤ノ棚の家で、そっくり里貴(りき 36歳)の手にのせ、
「里貴の蔭の仲人の礼金とおもって受け取れ。家を買う蓄えの足しにでもするんだな」
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