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2010.02.20

竹節(ちくせつ)人参(3)

太作(たさく)。上総(かずさ)へ帰るまえに、日光に詣でてみないか?」
長谷川平蔵(へいぞう 28歳)が、暇をとる下僕の太作(62歳)へ問うた。

「あの、大権現さまの---」
「そうだ。日光といったら、下野(しもつけ)国のあそこしかないわ」
「日光を見ずして、結構というな、といわれております。願ってもないお話でございますが、そのような結構なところへ、なにゆえにわたくしめが?」
「竹節(ちくせつ)人参は、日光の山中で採れる、と申したであろうが」

太作が故郷の上総国武射郡(むしゃこおり)寺崎村へ帰って植え場をつくるのは、朝鮮人参に代わる竹節人参である。

「日光ご奉行の菅沼攝津守虎常 とらつね)さまには、太作も面識があろう」
「はて---?」
「4年前に、信濃町の戒行寺の境内で会ったではないか」
「おもいだしましてございます。ご内室、ご令息ご夫妻とごいっしょでございました」
「お屋敷は、久栄(ひさえ 21歳)の実家(さと)の近くだ」

参照】2009年3月15日~[菅沼攝津守虎常] () () () (

その菅沼(59歳 700石)が秋から春先にかけて赴任している日光奉行所へ、太作の植え場づくりの資になるようなあれこれを調べる裁許をねがっておくから、東照宮に詣でたあと、あちこち、教えを乞うてみよ、と伝えた。

もちろん、日光側で植え場をやっている今市の大出家への引きあわせ状は、平賀源内(げんない 45歳)と田沼意次(おきつぐ 55歳)の用人・三浦庄ニ(しょうじ)からもらっておくつもりである。

「日光は、雪がつもっていよう。寒さじたくは充分にしておくように」
平蔵は、江戸から宇都宮を経由して日光まで30余里、往復10泊の旅費、今市での滞在費と手土産代として10両(160万円)をわたした。

「若---お殿さま。これは多すぎますです」
おしかえす太作に、
「じつは、太作一人分ではないのだ。松造(まつぞう 22歳)をつける。つまりは2人分ゆえ、決して多くはない」

老齢に近くなっている太作の体力を憂慮しての介添えに、太作は反対を言いたてなかった。

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