シリーズ・タイトル〔鬼平犯科帳〕
『オール讀物』編集部時代に池波さん担当だった花田紀凱さんが、朝日新聞社刊『池波正太郎作品集』(1976)に挟入された月報に寄せたエッセイによると、シリーズ・タイトルが〔鬼平犯科帳〕に決まるまでには、編修部内で〔本所鬼屋敷〕、〔本所の鬼平〕、〔本所の銕〕、〔鬼平捕物帳〕などの案が出た。
ギリギリになって〔鬼平犯科帳〕とつぶやいた仁がいた。4年前に出て新鮮な感じを与えた岩波新書『---長崎奉行所の記録---犯科帳』を思い出したらしい---と、花田さんが『ダカーポ』に語っている。
その定説に、あえて、反論をとなえてみたい。
『長谷川伸全集 第十巻』(朝日新聞社 1971.8.15)は、[新コ半代記]などの自伝・エッセイ集だが、その中の1972年10月に人物往来社から刊行された[私眼抄]と題した覚え書きが収録されている。
書きつぶした原稿用紙の裏に示された文章らしいが、[法刑・犯科篇]という章に目がいく。
1972年(昭和42)は、[1-1 唖の十蔵]が1968年に連載第1話として『オール讀物』に発表された4年後である。
しかし、長谷川伸師の草稿は、同書の上梓のずっと前から書きつづけられており、その内容は、新鷹会その他で折りにふれて伸師の口から語られていたと想像できる。
「犯科」という言葉も出ていよう。
池波さんがは長谷川平蔵宣以に興味を抱いて史料を探索していることをご存じだった伸師は、それとなく草稿を示していたともいえないだろうか。
いや、『オール讀物』の通しタイトルは、編集部内で発案・議論されたものだ。試案が決まってから、池波さんの了解がとられたはず。
やはり、〔鬼平犯科帳〕は、岩波新書がヒントだったのだろう。
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