池波さんの小説作法
池波さんは、自分の小説作法(さくほう)について、しばしば、結末なんか決めないで書きはじめ、そのつづきは散歩のときに考えるようにしている、と。
作者が、その先どうなるかがわかっていないんだから、読む方だって、筋書きの予測がつかないのはあたり前---ともいっている。
似たような小説作法をしている英国のベストセラー作家がジェフリー・アーチャーだ。
かつて某週刊誌に自分の小説作法を語っていたのによると、朝、ゴルフ場を2時間ばかりかけて散歩しながら、その日の筋書きを考えるんだと。
散歩コースが、荏原の庶民的な商店街の池波さんと異なり、ゴルフ場というところが貴族憧れ趣味の強いアーチャーらしい。
このアーチャーの、その日ごとに考える主義について再確認させてくれたのが、新作『ゴッホは欺く 上、下』(新潮文庫 2007.2.1)に付された、訳者・永井 淳さんの巻末解説だった。
「大体この作家は、作品全体の設計図をきちんと完成させてから書きはじめるのではなく、あるアイデアが浮かぶとあとは筆の勢いにまかせて一気に書きはじめるタイプである。なにしろ作家自身にストーリーの展開が前もってわかっていたのでは、つぎになにが起きるかと、読者にハラハラしながらページをめくってもらうことができない。だから自分も読者同様、先が見えないままにスリルを楽しみながら書き進めるのだと」
ね、池波さんのエッセイから写したのかというほど、似ている。
しかし、池波さんと違うところは、その日分を書いたあと。
アーチャーは、委嘱しているオクスフォード大とケンブリッジ大の学生数人に、書いた細部のリサーチをしてもらう。
その日主義の小説作法だと、ほころびがでやすいからだ。ほころびとは、データの勘違いや矛盾である。映画のスクリプターの仕事と思えばよかろうか。スクリプターは、前のシーンで着ていた衣装の細部や挙措の按配などを記録しているという。
アーチャーの場合は、歴史的事実やローカル・カラーなどのリサーチであろう。『ゴッホは欺く』でいうと、その一つが旅客機の発着時刻。
そういえば、成田空港も出てくるが、学生リサーチャーを成田まで派遣したのかな。
池波さんは、ここのところを、自力と雑誌社の編集者・校正者に頼っていた気味がある。
両作家ともストーリー・テリングのベテランで、自信家だが、専属のリサーチャーをもっている分、アーチャーのほうにはほころびが少ないようだ。
そうそう、いい忘れるところだった。アーチャーで最も痛快なのは処女作『百万ドルをとり返せ!』(新潮文庫 1977.8.30)。いま読んでも面白さが新鮮。
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