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2010.12.19

医師・多紀(たき)元簡(もとやす)(2)

「多紀どの。どうしても合点がいかないところがあるのです」
役宅の表座敷に2人だけにしてもらった平蔵(へいぞう 34歳)が相談でもするように問いかけた。

相手は、盗賊に襲われた躋寿館(せいじゅかん のちに医学館)の多紀家の嫡男・元簡(もとやす 25歳)である。

8人の盗賊の首領格は、身の丈が5尺8寸(174cm)ほどの大男であったが、顔は覆面でかくしていた。
側についていた副将格は小男で、くしゃみの仕方、足の運びから60歳に近いと見えた。

平蔵は、首領は〔初鹿野(はじかの)〕の音松(おとまつ 50歳前後)、副将格は〔舟形(ふながた)〕の宗平(そうへえ 60歳前)と推察していた。

参照】2008年8月2日~[〔梅川〕の仲居・お松] () () () () () (7) (

しかし、口にはしなかった。

「合点がいかないとは---?」
「その盗賊たちが、現金のほかに、50両(800万円)相当の朝鮮人参と、さらにほかのものを奪っていったことです。賊は、現金はついでで、50両(800万円)分の朝鮮人参と、ほかのものが狙いであったようにおもえる」
「まさか、写本など---」
「いま、写本といわれたが、なんの写本かな? 『房内篇』?」
多紀元簡が口を抑え、瞠目(みつめ)た。

元簡が告白したところにころによると、躋寿館の塾生たちのほとんどは町医の子弟だが、中には清廉な医師の子もいる。
そればかりではなく、精気さかんな齢ごろなので、岡場所で遊ぶ金もほしい。
そういう塾生たちに『医心方 巻二十八 房内篇』の30章のうち、精気が衰えかけている男が好みそうな章---たとえば、

養陽 陽棒の巧みな使い方
養陰 思わず「死ぬ」と洩らさせる法
和志 互いに歓喜に達する交わり方
臨御 前戯のあれこれ
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五徴 女性の快感の徴候の看察
五欲 :そのとき、女性がしてほしがっているのは
十動 そのときの女性のしぐさの意味
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15章ばかり選んで写本させ、吉原遊郭の茶屋とか、岡場所のそういった店に買ってもらっていると。

「医者の卵たちが写本する---というより、和訳するのですから、勝手にふくらませた空想を加筆しているのです。そこが精気の減じている数寄者爺さんたちに喜ばれているのだそうです」
つまり、帝王たちのそれとは似ても似つかない、とんでもない色道の極意が流布しているとおもえばいい。

「その、元本が奪われた---と?」
「いえ。奪われたのは写本の写本です。賊たちは原本と思いこんでもっていったのでしょうが---。父・元悳(もとのり 49歳)といたしますと、そのようないかがわしい写本が、躋寿館の塾生によって行われているということがお上の耳に達することを恐れたのです」

「よくぞ、話してくださった。このことは、この部屋かぎりの秘密としましょう」
「かたじけなく---」

「もう一つ、お教えくださらぬか。50両分の朝鮮人参はなんのために---?」
「長崎の会所から、特別にまわしていただいたものです」
「ですから、なんのために---?」
「塾生たちの父親---すなわち、町医が、心易い富限者たちから万金をおしまないからと求めたとき、分与する備えです」
「ということは、多くの町医が、そのような人参が多紀家にあることを知っておると---?」
「はい」

多紀元簡が別室へ去ると、隣室から火盗改メ組頭・(にえ) 越前守正寿(まさとし 40歳 300石)と筆頭与力・脇屋清助(きよむよし 52歳)、同心・佐々木伊右衛門(いえもん 42歳)があらわれた。

組頭が感にたえたといった口調て、
「いや。じつにみごとな訊問でございった」
「いえ。犯人どもの手がかりは、まだ、つかめておりませぬ」

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コメント

>皆さまへ

昨夕19:03ごろ、当ブログのページ・ヴューが700,000を通過しました。
毎日のアクセス、ありがとうございました。

立ちあげて満6年目の快挙との自讃をお許しいただくとともに、これからもよろしくお願いします。

満7年目の来年は、900,000をめざします。

投稿: ちゅうすけ | 2010.12.19 06:32

ページビューの700,000通過、おめでとうございます。
6年間のご精励のたまものです。
このブログは、われわれ鬼平ファンの道標です。

投稿: 左兵衛佐 | 2010.12.22 10:12

へえ、ぼくのハンドル・ネームが小説に登場しているなんて。
その作家のひと、このプログにアクセスしていたりして(笑い)。
さっそく、書店でたしかめてみます。
お知らせ、ありがとうございました。

投稿: 文くばりの丈太 | 2010.12.22 10:17

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