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2008.08.02

〔梅川〕の仲居・お松(2)

「ご亭主どの。ご存じでしたら、さしさわりのない程度でよろしいから、教えていただけませぬか?」
「また、あらたまって、なんですか?」

話しあっているのは、銕三郎(てつさぶろう 22歳 のちの長谷川平蔵)と、〔盗人酒屋〕と店名を記した軒行灯を堂々と掲げて商売をしている主(あるじ)の〔たずがね)〕の忠助(ちゅうすけ)である。
四ッ目の通りに近い〔盗人酒屋〕の板場。

「〔舟形ふながた)〕という通り名の仁のことですが---」
「〔舟形〕の、のなにを---?」
店と板場を仕切っている暖簾を割って、おまさが入ってこようとした。
おまさッ。いま、長谷川さまと内密の話しあいをしている。店の前の道でも掃いてな」
いつになく鋭い声で、忠助が追っぱらう。
ふくれっ面のおまさは、それでも、店の外へ出て行った。

銕三郎は、ここからも近い、竪川ぞい・緑町にあった料亭〔古都舞喜(ことぶき)〕楼を2度も襲った賊の首領格の男が、紅花染めの手ぬぐいを持っていたこと。
紅花を栽培している農家が多い出羽国には舟形山があること。火盗改メには、〔舟形〕の宗平という盗人が記録されていること。
〔古都舞喜〕楼では、おという通いの女中が、2度目に賊が襲ってから10日ぐらいに辞めたこと。その女中が柳橋の料亭〔梅川〕で仲居をしていること---などを、つつみかくさずに話した。

「その、おを見かけたのが、いまは、本所・尾上町の料亭で女中頭心得へ移っているお(とめ 33歳)さんというのが、舟形山に近い天童在の出とおっしゃいましたな」
「他所へあずけていたむすめご---お(きぬ 12歳)というのが、いちおう、しっかりしてきたので、いっしょに〔中村屋〕の世話になっていると---」

長谷川さま。急いで手を打たなければならないのは、おさんのほうです」
忠助の推察だと、豊島町の長屋あたりの聞きこみがおこなわれたことは、もう、おの耳にはいっているとみていい。
豊島町に住んでいると話したのは、おへだけだとすると、逆に、〔舟形〕のが、おの働き先と住まいを調べて手をうつと考えておいたほうがいい。女中の働き先など、簡単に割れる。ましてや、女中頭となると。

「住まいも移したほうが安全でしょう」
「うーむ。拙の手にはあまるが---」
「とりあえず、今夜はうちで2人とも預かりましょう。店を閉めてから、こっそり、裏口からつれて入ってください。その後のことは、今夜、相談するとしましょう」

そこへ、ひょっこり、〔相模(さがみ)〕の彦十(ひこじゅう 32歳)が顔をみせた。
「お、さん。いいところへきた。顔をかしてくれないか」
「こんな、汚ねえ顔でもようござんすかい」
さんの顔がきれえだったためしは、ねえ」
「冗談いってる場合じゃねえんでやしょう?」

まず、彦十に、永代橋東ぎわの呑み屋〔須賀〕へ行き、〔風速(かざはや)〕の権七(ごんしち 35歳)へ、〔盗人酒屋〕の看板時刻にくるように伝えてもらうことにした。
銕三郎は、とりあえず家へ帰り、父・平蔵宣雄(のぶお 49歳)に、事情を打ちあけ、おの働き口にこころあたりがないか、訊いた。
「大川近辺から、うんと離れたところというと、雑司ヶ谷の鬼子母神の境内脇の〔橘屋〕なら、頼めないこともないが---」

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(雑司ヶ谷の鬼子母神境内の〔橘屋〕 『江戸買物独案内』)

「ぜひに。父上の推薦状をもって、拙が、談合いたします」
「おんなのこととなると、(てつ)はまめじゃのう」
「父上ゆずりと、みえます」
「申したな---はっ、ははは」

ちゅうすけ注】雑司ヶ谷の鬼子母神境内〔橘屋〕忠兵衛は、『鬼平犯科帳』巻15長篇[雲竜剣]p11 新装版p11 巻18[おれの弟]p163 新装版p173に登場。若いころの秋山小兵衛が活躍する『黒白』(新潮文庫)では全篇を通じて舞台となっている。

参照】2008年8月1日~[〔梅川〕の仲居・お松〕 (1) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (10) (11)

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