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2009.03.27

〔墓火(はかび)〕の秀五郎・初代(5)

「お(すえ 45歳)を放免してもらったので、菅沼組がつつんでくれた礼金は、戻したのだよ」
銕三郎(てつさぶろう 24歳)の言い分に、さも、惜しいそうな表情をしたのは〔相模(さがみ)〕の彦十(ひこじゅう)であった。

「じゃあ、(てつ)っつぁん。日1朱(約1万円)の留守番賃はわっちらも返さないといけやせんね」
彦十は、しぶしぶ、ふところへ手をいれかけた。
さん。それにはおよばない。2人とも、日当以上のみごとな働きをしてくれた。約束どおり、存分にやってくれていい」
「悪いな、さん」
岸井左馬之助(さまのすけ 24歳)は、さすがにこころえて、同情の言葉だけは口にした。

四ッ目ノ通りの〔盗人酒屋〕である。
のれんをだす前の時刻なので、客は3人だけである。
とりあえず、おまさ(13歳)が酒と牡蠣(かき)のたまり煮の酒菜を運んできた。
牡蠣のおいしくなった季節である。

strong>左馬之助がつきとめた〔墓火(はかび)〕の秀五郎(ひでごろう 50がらみ)の盗人宿をあずかっていたおは、組糸師としてりっぱに生計(たつき)をたてていた。
組糸は、服飾のほか、太刀の下げ緒や柄の巻紐と用途はひろかった。

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(組糸師 『風俗画報』明治32年2月10日号 塗り絵師:ちゅうすけ)

の獄送りをふせいだ銕三郎だが、彦十たちとの約束を守り、きょうは〔盗人酒屋〕で労をいたわっている。

亭主でおまさの父親の〔たずがね)の忠助(ちゅうすけ 47,8歳)も板場から、ちりめん雑魚の山椒煮を盛った小どんぶりをもって、ひょっこりあらわれ、
「あっしからの差し入れのつもりで---おまさ。酒の燗をみておいてくれ」
と、飯台に座りこんだ。

「いやあ、さん。いいことをなさいましたよ」
情のこもった声でほめた忠助に、
「父上から、味方にしなくていいから、敵をふやすな---と教えられているもので」
銕三郎がけろりと応じる。

「そうだ。久栄(ひさえ 17歳)さんもはいってもらおう。おまさ坊。誰か、使いを頼めないか」
左馬之助をさえぎって、銕三郎が、
「いま、悪阻(つわり)なのだよ」
「それはめでたい。生まれてくるややに祝杯をあげよう」

そのとき、どこかの店主のようにでっぷりした大柄で目の細い50がらみの男と、これも糸ほどの目だが背丈はある20歳前後の青年のうしろに、なんと、おがついてはいってきた。

は、彦十を見てはっとしたようだが、だまっている。
「これは〔墓火〕のお頭---」
さっと立った忠助が、年配の男へあいさつを送った。

忠助どん。長谷川さまはどちらで---?」
墓火〕のお頭と呼びかけられた男が問いかける。
「こちらのお武家さまでやす」

墓火〕は、おの命が助けられた礼を丁寧に述べ、ふところから分厚い紙づつみを飯台におき、
「ほんの気持ちでございます」
「いや。礼はお言葉で十分です。幕臣の嫡子としての拙の立場もあり、せっかくのお志ですが、こちらは、いただくわけには参らないのです。どうか、お直しください」

「これは気がつきませんでした。お立場もごさぜえましょう。それでは---」
と若いほうに目くばせすると、こころえて、ふところから別の紙づつみを忠助へ手渡した。
忠助どん。それは、酒肴料です。手前にささ(酒)を一口、くださらんか」

忠助おまさにいいつけ、新しい杯と燗ができているちろりを運んできた。
おまさが注いだ杯を一気にあけ、
忠助どんのところの酒は、いつも甘露だ。そうそう、長谷川さま。お末の息子の秀九郎でござえます。お見知りおきを---と申すのもなんですが、こんどのことをいちばん喜んだのがこいつです」

ちゅうすけ注】この日の秀九郎が、その後に〔墓火〕を襲名、 『鬼平犯科帳』文庫巻〔谷中・いろは茶屋〕で顔をみせた。2代目〔墓火はかび)〕の秀五郎である。

秀九郎どのとやら。長谷川銕三郎です。お母上は、放免されて当然なのです。盗(つと)めにはかかわりがないのですから。いつまでも孝養をつくしてあげてください」
秀九郎は、黙って頭をさげた。
が目頭をおさえていた。

銕三郎は正面して、
「〔墓火〕のお頭。後学のために、ひとつお教え願えますか」
「なんでございましょう?」
「粕壁から、どうすればこのように早く本所へ着けるのですか?」
「は、はは。そのことでごぜえますか。粕壁に住んではいねえのですよ。もっと江戸に近いところに居をおいておりましてな。いずれは、生まれた故郷(ふるさと)の畳の上で往生させていただこうとおもっとりますが---」
「なるほど」
「お楽しみのところを、お邪魔しました。これで、失礼いたします」

墓火〕の秀五郎父子たちが出ていった。

「さすが、大首領だ」
左馬之助が感嘆の声をあげ、銕三郎がうなずいてから言った。
「居は、四ッ木か梅田あたり---」
忠助が咳こんだ。

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(武蔵国葛飾郡四ッ木村、梅田村あたり)

参照】2008年3月23日~[〔墓火(はかび)〕の秀五郎] () () () () (


参照】2008年3月19日~[菅沼摂津守虎常] (1) (2) (3) (4)


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