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2009.08.30

化粧(けわい)指南師のお勝(7)

_100「おや、おそろいで---」
銕三郎
(てつさぶろう 27歳)と粽(ちまき)司舗〔川端道喜(かわばた どうき)〕の10代目(60がらみ)がいっしょに入っていくと、〔千歳(せんざい)の女主人・お(とよ 24歳)が、つぶらな瞳をさらに開いて迎えた。(歌麿『歌撰恋之部』[夜毎に逢う恋」からお豊のイメージ)


長谷川はんの奥方が、あと数日でご上洛や。そないなったら、しばらく、おはんの顔も拝めんようになるいうて、嘆いてはったよって、お連れしましたんや」
「それは、それは、ありがとうございます。でも、(てつ)さまがお見えにならなくなったら、うちの店も、さみしゅうなります」
「さみしゅうなるのンは、店やのうて、おはんやろ---」
「きついことを---」
「図星やったらしな」
「ほ、ほほほ」

道喜どの。おからかいになってはこまります」
銕三郎は、下僕の松造(まつぞう 21歳)の手前、狼狽した。
松造は、店の隅の席で10代目とおのやりとりから、だいたいのことを察したようであった。
まあ、わざわざ口止めしておかなくても、久栄(ひさえ 20歳)の耳へは入れまいが---。

「そや、おはんにたしかめたかったンは、いつやったか、地下(じげ)官人はんをお連れしたときに話にでた、おんな男の命婦(みょうぶ 女官)がいましたなあ」
「はい。そんなことがございました」
「なんていう呼び名どした?」
「えーと、越後さんとか、能登さんとか---」
「そや。越中というんで、ぴったりやと、大笑いになってもうたんや」
「でも、命婦の女官さま方は、国名で呼ばれるしきたりですから、その女官さんが、たまたま立役だったので、まわりが越中さんというあだ名をおつけになったとか---」
「ほんまの国名は、なんやった?」
「因幡とか---なんでも、あっちのほうだったような---」

ちゅうすけ注】命婦は、禁裏の堂上(どうしょう)公家の父が叙されている、なんとかの守の「なんとか」の国名を呼び名にしていた。、

「そや、伯耆やなかったかいな?」
「はい。ですが、その越中さんがどうかしましたのですか?」
長谷川はんのお知り合いのおなご衆で、立役(たちやく)を亡(の)うして困ってはるお人がおいでらしゅうて、な」
は、瞳の一瞬の光をたくみに隠し、
さまは、お顔がおひろいから---」
いつもとかわらない、ふんわりした口調であった。

10代目とおの会話を聞きながら、お(かつ 31歳)の秘事があからさまに話しあわれることに、銕三郎は後悔しはじめていた。
(これは、おの人柄を人前に投げだしたと同じではないか。ことは、お上の金がすこしばかりくすねられているにすぎない)

(〔化粧(けわい)読みうり〕も2板で板行をやめるべきだ。:〔延吉屋〕の化粧指南師も適当な理由をつけて辞めさせよう)
そう思ったとき、10代目が、
「わてはこれから祇園でおまんま食べて帰りますけど、長谷川はんもつきおうてくれはりますか?」
銕三郎は、とっさに断った。
「いえ。きょうのところは---。いろいろ、ありがとうございました。お礼はいずれ---」
「そや。忘れるところやった。〔化粧読みうり〕とやらゆう景物紙、お披露目(広告)枠があまるようやったら、いつでもお声をかけてくれはってよろしゅうおます」
「あれは、もう、板行しませぬ」
「さよか。では---」
道喜は、飄々と出ていった。

さま。奥方が上洛なさるというのは、まことですか?」
「まことです」
「だったら、今宵はお泊りください」
松造がいる」
松造さん。よろしいでしょ?」
松造銕三郎の顔をうかがう。
首をふり、
松造。もう一軒、寄らねばならぬところがある」
「わかりやした」

うらみごとをつぶやくおをそのままに、2人は〔千歳」をあとにした。
「蛸薬師通りの家に帰っているはずの、おどのを呼びだしてくれ」

_360
(右から円福寺、蛸薬師、二つおいて虎薬師。左から三つめ和泉式部 『都名所図会』)


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コメント

女官のしこ名が、宮廷人である父親の叙勲名だとは知りませんでした。
こういう拾いがあるから、このプログから目がはなせません。
それにしても、レズビアンの立役の女官の別称が「越中」だったのには笑いました。

投稿: 左衛門佐 | 2009.08.30 05:50

>左衛門佐 さん
この話は、図書館で借りた東洋文庫の
下橋敬長・述『幕末の宮廷』(1979.4.27)から拾いました。
この本、あんまり面白いので、ほうぼうのの書店を探しましたが在庫していません。
神田の三省堂は、版元の平凡社へ問い合わせてくれ、元の版型のものは在庫がないが、ワイド版ならあるとのこと。
値段は4,000円プラス税200円。

涙をのんで発注しました。
鬼平も、高くつきます。4,200円あれば、鬼平の文庫が8巻買えますからね。

投稿: ちゅうすけ | 2009.08.30 07:27

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