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2011.05.30

お乃舞(のぶ)の変身(2)

半月ほどのち、お(つう 15歳)、お(くめ 41歳)、松造(よしぞう 31歳)という経緯(つながり)で、お(かつ 41歳)からの、下城の途次に〔福田屋〕へ立ちよってほしいとのこと伝(づ)てを受けた。

日本橋通り南3丁目箔屋町の白粉問屋〔福田屋〕は、あいかわらず店先に紺の大暖簾(のれん)を2枚かけていた。
その隙(すき)間から店をのぞくと、一番番頭・常平(つねへい 55歳)が目ざとく見つけ、仕事中のおを呼んでくれたので、白粉臭い店へ入らずにすんだ。

大暖簾の前で待つまでもなく、たすきをはずしながら目尻を吊りあげたおが、
「いつもの、うなぎの大坂屋さんでよろしいでしょう?」
「まだ陽が高いから、船宿というわけにもいくまい」
「ご冗談にお付きあいしているゆとりなんぞ、ありません」
いつになく、きんきんしていた。
(おも41---おんなの変わり目だ)

飯時からずれていたので、室町浮世小路の〔大坂屋〕の2階には、客はいなかった。
店は気をきかせ、酒と白焼きを通したきりにしておいてくれた。

「ま、いっぱい呑(や)れ」
「まだ、仕事がのこっています。お乃舞(のぶ 23歳)がまた休んでいるので、きりきり舞いなんです」
「それなのにおは、こうして店をあけている---?」
(てつ)さまのほかには、聞いていただける人がいないのです」
言葉を吐くたびに目尻をふるわせながら吊りあげた。

が吐きだした胸の内を文字にするとこうなる。
この半月のあいだに、お乃舞(のぶ 23歳)は4晩も外泊し、昨夜も大原稲荷の脇の坂本町の家へ帰ってこず、今日は店を休んでしまった。

京で、父親が二度目の女房を家にいれ、島原へ売られそうになったのを引きとり、手に職をつけてやったのも忘れて、男にうつつをぬかしている---。

「その男というのは---?」
平蔵は、わざととぼけた。
「品川宿の五左次(いさじ 22歳)にきまってますよ」
「〔馬場(ばんば)〕の五左次どん---?」
「お乃舞は打ちあけませんけどね」

「どうして五左次どんとわかるのだ?」
「せんだっての例の集まりが退けてから、誘われて2人で茶屋へいったんです。それから、あたしとのことを嫌うようになった」
「お乃舞は、これまで、男とのことは---?」
「あるわけないでしょう」

「おんな同士の睦みあいがどのようなものかはしらぬ。しかし、お(りょう 享年33歳)といたしたときも、おを抱いたときも、ふつうに動いた。それでも2人とも、おんな同士のとは異なった快感を覚えてくれたとおももっていた。どうだ?」
「それは、(てつ)さまが、おんなとして、やさしく扱ってくださいましたから---」
五左次どんも、お乃舞をやさしく扱っているやもしれない。やさしさの中に、猛々しさも見せていよう」
「猛々しさ---」
「おんな同士には、ないものかもな---」

「しかし、です、きょうまで、なんの苦労もさせないできたのに、あの恩しらず---」
「お。恩は着せるものではない、着るものだ。お乃舞もそれだけに、いいだしかねておるのであろうよ」

ちゅうすけ注】「恩は着せるものではない、着るものだ」、池波さんが、長谷川伸師から直伝の名句。

「それにな、お。男とおんなの、閨房(ねや)での合性(あいしょう)は、本人たちだけのもので、他人にはうかがいしれぬ」

が大きくため息をついた。


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