« 〔中畑(なかばたけ)〕のお竜(4) | トップページ | 〔中畑(なかばたけ)〕のお竜(6) »

2008.09.11

〔中畑(なかばたけ)〕のお竜(5)

「ところで、子分どのは、どこまでついておいでになる、おつもりかな?」
銕三郎(てつさぶろう 23歳 のちの鬼平)が、ふざけた口調で、〔からす山〕の寅松(とらまつ 17歳)に訊いた。
「親分どのが、勤番屋敷におおさまりになるまで---」

大月宿を過ぎてから、笹子川につかず離れずで、道中している。

「な、なに? おぬしは、拙を甲府勤番者と見ていたのか?」
「眼鏡ちがいしただど?」
「深大寺門前のそば処〔佐須(さず)屋で、大橋どのの息女に、父は先手・弓の組頭を勤めていると告げたのを聞いていなかつたか? 先手の組頭(1500石高)は、両番の家筋から選ばれる」

ちゅうすけ注】先手の組頭1500石高はいわゆる[格]であって、平蔵宣雄(のぶお)の長谷川家は家禄が400石なので、組頭に任命されると、1500石に足りない1100石が足(たし)高として給される。もっとも、知行地の家禄と同じ4公6民で、じっさいに給されるのは4割の440石だったらしい。
先手組頭を免ぜられると足高はなくなる---ゆえに、足高をもらっている組頭はなかなか辞めようとしないので、とうぜん、組頭の高齢化がすすみ、実戦の役に立ちにくくなっていた。
参照】両番の家柄---2006年5月18日[平蔵の気ばたらき

寅松は、銕三郎の言葉に、きょとんとしている。
「いや、拙が悪かった」

幕臣でない寅松が、甲府勤番が〔山流し〕といわれて、一部の小普請組の者にとっては懲罰的な勤務であることを知っているわけはない。
両番という家筋の説明からしてやった。
もし、銕三郎が地方勤めにつくとすれば、駿府定番であること。
大坂定番には、大番組の番士が任命されること。

「お見それしておっただな。わっちの親分どのは、偉い家のお世継ぎだで。こりゃあ、鼻高々というもんだ。でも、そうすると、長谷川さまは、何用で甲府へ---?」
「うむ---じつは、おんなの探索にな」
「おんな? 奥方かなにかが、お逃げになりましたかい? そうでないとすると、お妾?」
「人聞きの悪い想像を口にするでない」

_150銕三郎は、八代郡(やつしろこおり)の中畑(なかばたけ)村の木こりの家に生まれた、お(りょう 29歳)というおんなの生い立ちを探索するためだと、打ちあけた。(歌麿『婦人相学十躰』部分 お竜のイメージ)

「その大年増がどうかしましただか?」
寅松どの同類なのだ」
「え? 女掏摸(めんびき)仲間に、そんな名の年増、耳にしたことがないだど」
「掏摸(すり)より、狙いが、もちっと大きい」
「盗人?」

銕三郎は、この元旦の早暁の盗賊に押し入られた神田鍋町の海苔問屋〔岩附屋〕の事件は、高井土(たかいど 高井戸)あたりでは話題になっていないかのか、と訊いた。

「聞いた気もしやすが、わっちゃあ、荒仕事(あらづとめ)は嫌いだで---。その話のどこに、おって女盗(にょとう)がからむんで---?」
「大がかりな盗みの仕掛けを、仕組んだのが、おなのさ」
「盗賊の首領だか?」
「いや。軍者(ぐんしゃ)だ」
「へえ。おんなだてらに、軍者---」
「だから、おもしろい」

「乗りかかった舟だで、中畑までお供をしますだ」
掏摸(すり)---の威勢のいい声に、旅人が振り返った。
首をすくめて、
「季節がいいと、旅人の数ははこんなもんではねえだで---」
「だれが聞いているともかぎらぬのだから、道中では、大きな声はださないことだ」
「すんません」
「こんなところまで、仕事にきているのか?」
「へい。この先、笹子峠を越えた、鶴瀬のお関所は、男が手形要らずだで---」

_360_5
(阿弥陀道宿 『甲州道中分間延絵図』部分)

笹子峠を下り、駒飼宿の〔すしや〕重兵衛方で昼にした。

銕三郎が、しきりに右手の雪をかむった山々を気にしている。
「天目山でやすか?」
天目山は、天正9年(1581)3月11日、武田勝頼が自刃し、武田家が滅んだとおもわれているところ。
自刃の場所は、天目山から1里(4km)ほど下った景徳院だったと。
「そうではない。初鹿野村だ」

_360
(駒飼宿と初鹿野村=青〇 同上)

「〔初鹿野はじかの)〕の---そういえば、おぬしは寅松---盗賊の頭(かしら)は音松(おとまつ  35歳=当時)と言った」

【参照】2008年4月31日~[初鹿野(はじかの)〕の音松] (1)  (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9)
2008年8月1日~[〔梅川〕の仲居・お松〕 (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (10) (11)

「縁起でもねえ。だども、〔初鹿鹿〕のつながりさんが、どうかしたので?」
「いや。その一味にいたお(まつ 29歳=当時)---おや、これも「松」の字つながりだったな---」

_360_3
(北斎 美人図 お松のイメージ)

「また、おなごだで。親分さんは、よほどに女盗(にょとう)がお好きだで。女擦摸(めんびき)にもいいのがいるから、お引きあわせしたもんか?」
「おいてくれ。お

参照】[〔中畑(なかばたけ)〕のお竜〕 (1) (2) (3) (4) (6) (7) (8) 

|

« 〔中畑(なかばたけ)〕のお竜(4) | トップページ | 〔中畑(なかばたけ)〕のお竜(6) »

149お竜・お勝・お乃舞・お咲」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 〔中畑(なかばたけ)〕のお竜(4) | トップページ | 〔中畑(なかばたけ)〕のお竜(6) »