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2008.10.09

〔尻毛(しりげ)〕の長右衛門(2)

「お手間をとらせるもんじゃあ、ござんせん」
そう言って、香具師(やし)の元締(もとじめ)・〔木賊(とくさ)〕の林造(りんぞう 59歳)のところの若い者頭格・今助(21歳)が銕三郎(てつさぶろう 23歳 のちの鬼平)を案内したのは、御厩(うまや)の渡しの舟着き前の、小粋な茶店であった。

参照】2008年8月22日~〔木賊〕の林造と今助 (A) (B) (C)

ちゅうすけ注】『鬼平犯科帳』文庫巻1[浅草・御厩河岸]で、密偵・豆岩いわごろう 35,6)が出しているのが、その後に、火盗改メが買い取り、豆岩にまかせた、これである。

「元締の、コレがやっている店でして---そのおつもりで---」
今助が小指を立ててみせた。

先客があった。
尾行(つ)けていった久栄を、巧みにまいた2人づれである。

今助が2人を紹介する。
年かさ---といっても小柄だから若くみえるが25歳---は〔五井ごい)の亀吉(かめきち)、格下---といっても年齢は24歳だが---ふうのほうを〔尻毛しっけ)の長助(ちょうすけ のちの長右衛門)と。

亀吉は、細面の色の黒い小男だが、目であいさつをしただけで、あとはそっぽを向いていた。
長助のほうは、鉄之助の顔をまじまじと見つめ、記憶をたどっていたが、
「ああ、あのときのお武家さん---」
とおもいだした。
「美濃の尻毛(しっけ)村の生まれなのですが、この毛深さなもので、みんなが穿(うが)った気になり、〔しりげ〕と呼んでております」
そうは言い条、さほどに屈託していない。

「ご主人どのは、その後、お変わりなく?」
銕三郎は、長助の頭(かしら)の〔蓑火(みのひ)〕の喜之助(きのすけ)が巨盗であることは、〔盗人酒屋〕の主(あるじ)・〔(たずがね)〕の忠助(ちゅうすけ 45歳前後)から聞いていたが、さも、大店の主人とおもっているように尋ねた。

参照】2008年8月29日~[〔蓑火(みのひ)〕のお頭]  (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8)

【参照】 [〔盗人酒場〕の忠助] (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7)

お頭---と言いかけた長助も気がついて、
「お---お蔭をもちまして、主人も達者にしております」
お店者のように答える。

「あの節は、みやこへおのぼりのようでしたが---いまは、どちらに?」
きわどい質問であったが、銕三郎はおもいきって口にしてみた。

「みやこからは、すぐに、蕨(わらび)宿に戻っております」
「ご無事でなによりでした。あのときにいただいたお教えは、肝に銘じていると、お伝えください」

「お2人は、面識がおありだったんで?」
今助が不思議がった。
「去年の春、主人のお供をして東海道をのぼったときに、六郷の渡し舟でごいっしょしてね。手前の主人がこちらへ煙草をすすめになすったが、こちらはおやりにならなくて---」
「あの節は、不調法で失礼しました」
「なんの、なんの。主人があとでお誉めしておりました。このごろの若いお武家に似合わず、お堅いお人と---」

長谷川さまは、手めえどものの、ヤットーの師範なのですよ」
今助が明かした。
亀吉兄ぃの言いつけでやしたが、先生のお顔を立てて、密偵のむすめは、放免しましたんで---」

「ほう。あのお女中が密偵と---。どちらの?」
銕三郎は、腹の奥で笑いながら、とぼけて訊いてみる。
亀吉が、不気味な目つきで銕三郎の顔をなめた。
「どちらの密偵か、それを吐かせようとしたとろへ、先生のお出ましで---」

「多分、火盗---」
今助がいいかけたのへ、亀吉がかぶせた。
「わしらが、賭場へ行くものと見たのでしょうよ」
「そりゃあ、うちの親分のお客人なら、手なぐさみもあり、です」
今助が巧みに引きとる。

女将らしい、30歳前の年増が、お茶を給仕にあらわれた。

_150今助と、いわくありげに目くばせをかわし、銕三郎に茶をすすめた。、
「小波(こなみ)と申します。〔木賊〕のお頭同様に、ごひいきに---」(歌麿 小浪のイメージ)
流し目がいかにも艶っぽい。
(〔木賊〕の林造は躰のほうが、そろそろ、いうことをきかなくなっている年齢(とし)ごろだが、このおんなの躰をなぐさめいるのは、今助? まさか? もし、そうだとすると、今助のしっぽをつかんだことになる。あとあと、使えそうだ)

銕三郎は、そんな気ぶりはちらっとも見せず、
「あのお女中を、なぜ、密偵と見破りましたか?」
銕三郎の問いかけには、亀吉が答えた。
_130「柳橋をわたったところから、ずっと尾行(つ)けてきたんでさあ」
「柳橋でお気がついたということですね」
(やっぱり、素人には無理なんだ)
「あの、大仰な頭巾でさあ。気がつかないほうがどうかしてる」
「あんな人目につきやすい頭巾すがたで尾行(つ)けたとすると、下(げ)のげの密偵ですな」
「まったく---」
亀吉が、意味ありげににやりとと笑う。

長居すると、うっかり、〔中畑(なかばたけ)〕のお(りょう 29歳)の名をこぼしそうにおもい、
「いや。〔五井〕どの、〔尻毛(しっけ)〕どのの、せっかくのご詮議の邪魔をしたようで、まことに慙愧のいたり。どうか、軽率をお許し願いたい」

参照】[〔中畑(なかばたけ)〕のお竜〕 (1)  (2) (3) (4) (5)  (6) (7)


これで引きとるつもりであったが、なんと、〔五井〕の亀吉に引きとめられた。

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コメント

ヘ(゚∀゚ヘ)アヒャ
〔五井〕の亀吉まで登場とは! いよいよ鬼平ワールドにどっぷりですね。

投稿: パルシェの枯木 | 2008.10.09 10:36

久しぶりで「盗賊通り名検索」から五井の亀吉、尻毛の長右衛門を検索してみました。

「鬼平犯科帳」を読み直さなくても人物像がよく理解でき「盗賊通り名検索」はとても便利ですね(v^ー゜)ヤッタネ!!

投稿: みやこのお豊 | 2008.10.09 21:20

>バルシェの枯れ木 さん
〔大滝〕の五郎蔵と並びお頭の〔五井〕の亀吉は、東海道筋・三河のの五井かなともおもつているのですが---。
ただ、五郎蔵が6尺の大男なので、亀吉は小男にして、五郎蔵が思慮深い---亀吉は根深く短慮という性格設定にしてみました。
それで、バランスのとれた並びお頭。

投稿: ちゅうすけ | 2008.10.10 15:03

>みやこのお豊さん

盗賊のWho's Whoから『犯科帳』全体のWho's Whoへ広がりつつあります。いちど、カテゴリとは別に索引をつくらねば。
とりあえずは、『寛政譜』を載っけた幕臣だけでも---とおもつていますが、200人を超えているので、大事です。

投稿: ちゅうすけ | 2008.10.10 15:07

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