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2008.05.02

〔盗人酒屋〕の忠助(その4)

銕三郎(てつさぶろう 20歳 のちの鬼平)が〔盗人酒屋〕へ戻りついてみると、店の常連客らしい数人が、戸板に骸(むくろ)となった〔助戸(すけど)}の万蔵(まんぞう 35歳)を載せているところだった。

入っていった〔樺崎(かばさき)〕の繁三は、
「〔助戸〕の---」
と言っただけで、手をあわせ、傍らについているお(こん 27歳)に深く頭をさげ、調理場の入り口に立っていた忠助へ、
「〔名草〕(なぐさ)のには---」
といいかけた。
と、忠助が調理場へ首をかたむけ、繁三をうながして、先に消えた。

ぼんやりとつっ立っている岸井左馬之助(さまのすけ 20歳)に、
「慈眼寺のほうはうまく運んだのかな?」
「ああ。仏を、快く預かってくれることになった」

が寄ってきて、
「いろいろとお世話になり、ありがとうございました」
頭を下げる。
おみねどのから聞きました。仏は、呉服の反物を手びろく行商なさっていたそうで---」
「はい。ご注文をいただくと、わたしが仕立てておりました」
「これからが、たいへんです。お疲れのでませぬように---」
おみねと、2人で、なんとか---」
「お気をしっかりと。おみねどののためにも---」

左馬さん、拙たちはもう用ずみだ。おまさ(10歳)どの。取りこみ中のようなので、お父上にはあいさつをしないで失礼をば。落ち着いたころ、また、手料理をいただきにまいると、お伝えください」
おまさに、こころづけを足した飲食代をわたし、〔風速(かざはや)〕の権七(ごんしち 33歳)に目で合図して店を出ると、表までおまさが提灯を持って送ってきて、
「お客さま方。なにかとお力をお貸しいただき、ありがとうございました。お気をつけてお帰りください。提灯は、またのお越しのときで結構ですから、お使いください」
まるで、女将(おかみ)のように口上をのべる。

左馬之助などは、どぎまぎと、言葉にならないことを口ごもっている。
「では、拝借させていただく。今夜は、いろいろ、不躾もあったが、お許しいただきたい」
そう言う銕三郎に、おまさは初めて受け唇から白い歯をみせて微笑んだ。10歳の小むすめとはおもえないほどの艶やかな微笑みであった。

竪川ぞいに歩きながら、銕三郎が、
左馬さんは、呑みなおしをしたかろう。この時刻です。権七どの、〔古都部喜楼〕にしますか、それとも、二ッ目まで足をのばして、〔五鉄〕に?」
「〔古都舞喜楼〕では足ばかりか、目玉まででやすよ。〔五鉄〕にしやしょう。それとも〔笹や〕のお婆ぁさんをたたきお起しますか?」
権七どの。冗談がすぎます」
「あは、ははは」
「ふふ、ふふふ」

Photo
(竪川ぞい 〔古都舞喜(ことぶき)楼 〔五鉄〕)

参考】 [〔盗人酒場〕の忠助] (1) (2) (3) (5) (6) (7)

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