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2009.06.25

〔神崎(かんざき)〕の伊之松

「〔不入斗(いりやまず)〕のお(のぶ 30歳)という女賊が、盗みがいやになったと自首してきたのです」
同心筆頭・檜山要蔵(ようぞう 40歳)の話したことを、かいつまんで書くとこうなる。

上総(かずさ)・下総(しもうさ)から武蔵へかけて、小ぎれいな盗(つとめ)をする神崎かんざき)〕の伊之松(いのまつ 50歳)を首領とする小さな組織(しくみ)がある。

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(上総国 上右青○=神崎 上左青○=五井 下緑○=不入斗)

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ちゅうすけ注】〔神崎〕の伊之松は、『鬼平犯科帳』巻10の[(かわず)の長助]の元のお頭(かしら)で、長助が引退するときにも、50両(800万円)を引退(ひき)祝いとしてくれたとある。p61 新装版p65

「通り名」からも察しがつくとおり、伊之松もおも上総国市原郡(いちはらこうり)の村の生まれである。
どちらの村も、千葉県市原市の町名として名をとどめている。
同じ郡の出ということで、おの引退の申し出を、伊之松は慰留しなかったばかりか、これからの生計(たつき)の元手にと、30両(約480万円)もくれたという。
火盗改メとしては、身の隠しどころとともに、生計がたつようにはかってやる義理が生じた。

「父上。長谷川組の受け持っている区域でないといけませぬか?」
長谷川組---すなわち、先手・弓の8番手の火盗改メは、冬場の加役だから日本橋川から南---日本橋通り、銀座、芝、高輪、麹町などが持ち場である。

「密偵ばたらきをさせるには、わが持ち場でないところに網を張ったほうが、万事によいかもしれないな」
宣雄(のぶお 53歳)の応えiに、筆頭与力・秋山善之進(ぜんのしん 50歳)がうなずく。、

それなら、と---御厩河岸の舟着き前の茶店〔小浪〕なら、買えるかも---銕三郎(てつさぶろう 26歳)が説明した。

「いいお話ですな。さっそくにも、その女将の小浪(こなみ 32歳)とかけあいをはじめてみます」
檜山同心筆頭が膝をのりだした。

「ただ一つ、障りがあります」

ある組織が、女将の小浪を攫(さら)うために夜討ちをけてくるやもしれません。その夜には、火盗改メが待ち伏せし、襲ってきた者たちの捕り物となります」
「その夜が、あらかじめ、分明するのか?」
「はい」
「面妖なことよのう。ま、その茶店を手に入れてからのことだ」

今助(いますけ 24歳)は、銕三郎が噛んでいる取引きなら、茶店は半値でいいと言った。

寝所を〔銀波楼〕へ移した小浪は、わざわざ、小島町裏長屋のお品(しな 23歳)のところへ髪結いにかよい、〔衣板(きぬた)〕の宇兵衛(うへえ 45歳)の動きをそれとなしに聞きだしている。

宇兵衛は、今助の〔木賊(とくさ)〕の襲名披露の宴会で、仮親をつとめた〔音羽(おとわ)〕の重右衛門(じゅうえもん 40歳)が親ゆずりの貫禄をきかせ、
「村方の博徒ではあるまいし、いまどき、将軍さまのお膝下でシマあらそいの騒ぎおこしたりしないよう、香具師の元締衆がこうしてお集まりになったところで、誓いをたてやしょう」
しかし、〔衣板〕の宇兵衛だけは煙草を煙管につめるふりをして下をむいていたという。

もちろん、小浪は、茶店をやっているように装い、帰りも、尾行されていないかどうかを、〔木賊〕組の若い者(の)にたしかめさせていた。

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