〔磯部(いそべ)〕の万吉
『鬼平犯科帳』文庫巻19に納められている[引き込み女]は、お元という女賊の物語だが、密偵のおまさがお元を見かけるとっかかりとして、〔磯部(いそべ)〕の万吉が配置される。
(参照: 女密偵おまさの項)
鉄砲洲あたりで〔磯部〕の万吉を見かけたという情報を〔大滝(おおたき)〕の五郎蔵へもたらしたのは、南八丁堀で煮売り屋〔信濃屋〕をやっている元盗賊〔桑原(くわはら)〕の喜十である。五郎蔵は、喜十の存在を鬼平にもらしていない。
(参照: 〔大滝〕の五郎蔵の項)
(参照: 〔桑原〕の喜十の項)
鉄砲洲から前方右に石川島(人足寄場)を望む
(『江戸名所図会』より 塗り絵師:ちゅうすけ)
ところで、〔磯部〕の万吉だが、おまさは〔乙畑(おつばた)〕の源八一味にいたときに手伝いにきていた万吉を見知っていた。
(参照: 〔乙畑〕の源八の項)
もと、自分の一味を束ねていた〔大滝〕の五郎蔵は、盗めの経験も豊富な万吉に、二度ほど助(す)けてもらったことがあった。
〔小房(こぶさ)〕の粂八は粂八で、〔野槌(のづち)〕の弥平のところにいた現役時代に、万吉を知っていた。
(参照: 〔小房〕の粂八の項)
(参照: 〔野槌〕の弥平の項)
〔磯部〕の万吉は、それほどに盗みの世界では顔が広く、諸方のお頭からたしかな腕を買われていた。
とにかく、そのとき、密偵のキー・メンバー3人が万吉を追っていたのである。
年齢・容姿:50がらみ。細身で小柄(文庫巻20 [怨恨])。
生国:三河(みかわ)国額田郡(ぬかたこうり)磯部村(現・愛知県岡崎市磯部)
『旧高旧領』にはほかに、相模(さがみ)国高座郡、下総(しもうさ)国葛飾郡、常陸(ひたち)国久慈郡、磐城(いわき)国宇多郡、越前(越前)国今立郡に、「磯部」があげられている。
このうちのどこでも該当しそうだが、助(す)けられたお頭の顔ぶれから東海道筋にくわしそうなので、愛知県を採った。
探索の発端:前記したように、〔信濃屋〕の喜十が鉄砲洲あたりで見かけたことから、密偵たちの探索が始まった。
そして副産物のように、おまさが、〔駒止(こまどめ)〕の喜太郎一味として、お元が南鍋町2丁目の袋物問屋〔菱屋〕彦兵衛方へ、引き込みに入っていることをつきとめた。
結末:お元は、いまは〔駒止〕一味は逮捕されたが、、〔駒止〕一味を助(す)けた〔磯部(いそべ)の万吉だけは、網をまくぐりぬけて逃げおうした。
その万吉は、押し込みの前に役目を放棄して逐電したお元を許さず、刺殺し、三十間堀に捨てた。
つぶやき:〔磯部〕と名乗るからには、海岸ぞいか、大きい河川ぞいの村であろう。
「生国」の項で、候補にあげたそれぞれの郡にある「磯部村」が、海岸ぞいなのか、河川ぞいなのかを、それぞれの土地にお住まいの鬼平ファンの方々にコメントしていただけると、うれしい。
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