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2009.07.22

〔千歳(せんざい)〕のお豊(3)

(りょう 33歳)が間にあうまで、息子の又太郎またたろう 14歳)に都の名所のあちことを案内させましょう---と〔狐火きつねび)〕の勇五郎(ゆうごろう 52歳)がすすめるのを、
「いや。べつに考えていることもありますゆえ---」
銕三郎(てつさぶろう 27歳)は、2年前に会った子がどう育ったか、たしかめてみたい気もしたが、丁重に辞退した。

参照】2009年2月13日~[寺嶋村の寓家] () () () (

べつの考えなどなかったが、京の町を気ままに歩いてみたかったのである。

〔風炉(ふろ)屋〕を辞去したのは、四ッ半(午前11時)をまわっていたろうか。
冬の京都特有の鉛の塊を連ねたような雲が、いまにも霰(あられ)か雪をちよつかせそうな冬空であった。

四条橋を東へわたり、そのまま祇園の社(やしろ 今の八坂神社)の西楼門に向かって歩いた。
道の両側は祇園町だが、昼間なので紅灯のおもかげはないが、参詣人相手の店は開いている。

音羽(おとわ)〕の重右衛門(じゅうえもん )が修行したという、このあたり一帯の香具師の元締・〔左阿弥(さあや)〕の円造(えんぞう)にも、<重右衛門から飛脚便がとどいているはずだから、いちど、あいさつをしておかないとなるまい---考えなから、境内に入っていた。

_360_4
(祇園社 『都名所図会』)

参照】2009年6月30日[般若(はんにゃ)〕の捨吉] (

(こんどの仕事のめどがたちますように)
祈念し、知恩院へぬける鳥居をくぐったところで、案の定、霙が落ちてきた。
その先の目にはいった茶店へ飛びこむ。

24,5歳の紫がかったものを着たおんな主人(あるじ)が、手ぬぐいをさしだし、
「羽織をおぬぎになって、着物をおふきなさいませ」
京言葉ではなかった。

池波さんの文章を借りると、

その茶店〔千歳(せんざい)〕の女主人で、背丈のすっきりと高い、しなやかな肢体のうごきに、京の女にも江戸の女にもない爽(さわ)やかな躍動感があって、接待に出た彼女を見たとたんに、平蔵(まだ銕三郎)の胸はさわいだ。

「かたじけない。家をさがしていて、迷ったもので---」
「どなたの家をおさがしでしたの?」
「〔左阿弥〕の円造どの」
「うそ、ばっかり」
「うそで、はありません」
「お武家さまには似合いません。お茶でおよろしいのでしょうか、それとも、お酒(ささ)?」

銕三郎は、つい、
「酒を、冷やで---」
胸のさわぎが言わせた。

「きつう、降ってきました」
女主人は、爺やに、表戸を半分立てるように命じた。
「はねっ返りのしぶきがはいってきますから---」

「お武家さまは江戸の---?」
「わかりますか?」
「お言葉と、小粋な物腰で---」
「きのう、着いたばかりです」

板戸が立てられると、店の中が夕暮れのように薄暗くなった。
その中で、紫色の人形のようにおんなが動く。

「おとよ)と申します。私もいただきます」
冷やを満たした片口を飯台におき、銕三郎の斜め左---飯台の短い縁(ふち)の側に腰をすえた。
「銕三郎です。銕(てつ)は金偏に夷(えびす)と書きます。つまり、お金に縁遠い男ということ」
「あら、夷は弓をもった人と書きますから、弓組のお頭におなりになるお人---」
「なに? おどのは、拙をご存じかな?」
「あら、何かいいましたか?」
「弓組と---」
「それが(てつ)さまと、なにか、かかわりがあるのですか?」
「いや---」
(この若年増、おのように学がある)


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コメント

お竜さんとお豊さんの京都での対決---『犯科帳』では、お豊さんが銕三郎を独占しますが、ちゅうすけ鬼平ではいかに?
キャリア・ウーマン同士の対決が待ちどおしいです。
久栄さんの影がうすくなっています。しっかり、久栄さん。

投稿: tomo | 2009.07.22 05:18

>tomo さん
史実があるところはともかく、そのほかのシーンでは池波さんの『鬼平犯科帳』を大きくはずすことは、作家にもファンに対しても失礼にあたります。
ですから、あいだを埋める程度の空想でないと。
しかも結末は、〔荒神〕のお夏に誘拐されたおまさの救出なので、いろいろ苦労しています。

投稿: ちゅうすけ | 2009.07.22 09:20

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