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2009.07.24

〔千歳(せんざい)〕のお豊(5)

白川ぞいに北へとって、旅籠〔津国屋〕へ戻ると番頭が、江戸からの公用早飛脚でとどいた文をわたしてくれた。
「うちらにも、いただきましたよって、つけのことどしたら、ご懸念におよびィしまへんよって---」

_100中庭に面した部屋で披(ひら)くと、父・宣雄(のぶお 54歳)の書簡の表紙から、久栄(ひさえ 20歳)の結び文がころげおちた。
(あいかわらず、父上は久栄には甘い)(清長 久栄のイメージ)

父の書状には、山科代官・小堀数馬邦直(くになお 44歳 600石)へは、勘定奉行(3000石高)・石谷(いしがや)備後守(清昌 きよまさ 58歳)からでは代官所の者たちに大仰すぎるゆえ、この7月に勘定吟味役(500石高・役料300石)に昇進なされた松本十郎兵衛秀持(ひでもち 43歳 100俵5口)どのの名で、銕三郎が密命をもって上洛したことを伝えてある。

したがって、御所の諸品購入の帳票などの調べは、小堀代官どのへ内々、じきじきに申し入れすること。くれぐれもまわりの衆へ密務を気どられないように。
なお、存じているであろうが、松本吟味役どのは、つい先ごろまで、そちらの東町奉行(1500石)高)・酒井丹波守忠高 ただたか 61歳 1000俵)どのと、仙洞御所のご造営を監督なさっておられたから、小堀代官どのとも親しくされていたはずだから、(てつ)を石谷ご奉行の代理として遇してくださるはずである。
なお、松本吟味役どのは、田沼老職も高く買っておられる能才である。
---と、いかにも宣雄らしい、細かい毛筆字で、配慮をつくしたものであった。

仙洞御所という文字で、その東にあったという、荒神口の〔荒神(こうじん)〕の助太郎(すけたろう 50すぎ)の細いからだと日焼けした顔を思いだした。
(そうだ、あすは荒神口へ行ってみよう。なにか得ることがあるかもしれない)

【参照】〔荒神(こうじん)〕の助太郎 (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (10
2009年1月8日~[銕三郎、三たびの駿府] () () () () () () () () () (10) (11) (12) (13
2009年1月21日~[銕三郎、掛川へ] () () () () 

久栄からの麗筆は、淋しくて夜もなかなか寝つけないので、隣家の於千華(ちか 37才)から絵草紙を拝借したところ、それが春本ばかりで、よけいに躰がほてって、ねむれなくなり、困っている。
これを癒すには、銕(てつ)さまに抱かれるほかに手だてはないから、いまにも、鳥になって飛んで行くきたい---とあった。

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(国貞『百夜町仮宅貨通』 イメージ)

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(北斎『させもが露』 イメージ)

(そりゃあ、そんなものばかり寝屋で眺めていた、おんなだって、躰がほてろうよ)

驚いたことに、頭にうかんだのは、久栄のほてった躰ではなく、〔千歳(せんざい)〕のおんな主人(あるじ)・お(とよ 24歳)の紺色の着物の下で、きびきびと動いている姿態であった。
(どうかしているぞ。返事でも書けば、おのことは消えるであろう)

銕三郎は、帳場へ硯(すずり)箱と書箋を借りに立った。
番頭が棚から書箋をとりだすとき、絵草紙が2,3帖落ちた。
久栄が読んでいるものをたしかめるため、
「その草紙も、ついでにひと晩、拝借できるかな」
番頭は、薄笑いをしながら、
「いま評判の冊子でおます」

部屋で披いてみると、塾に悪童連がひそかにもちこで回覧していたもの、そして、雑司ヶ谷の料理茶屋〔橘屋〕のお(なか 34歳=当時)が中居頭・お(えい 36歳=当時)から借りたといって、宿直の夜、睦みの手本にした絵柄と大差なかった。

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(北斎『ついの雛形』)

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(北斎『縁結出雲杉』)

参照】【参照】[〔橘屋〕のお仲] (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7)  (8)
2008年11月29日[〔橘屋〕忠兵衛] 
お仲が〔橘屋〕へ雇われた経緯 [〔梅川〕の仲居・お松] (4) (6) (7) (8)


とはいえ、頭がほてったことは、まちがいなくほてった。
そのうちに、絵の中で恍惚としているおんなの顔が、久栄になり、お(りょう 33歳)に換わり、〔千歳〕のおに変じはじめたので、本をとじた。

参照】2008年11月17日~[宣雄の同僚・先手組頭] () (
2008年11月25日[屋根船
2008年11月26日[諏訪左源太頼珍] (
2009年1月24日[掛川城下で] (
2009年1月26日[ちゅうすけのひとり言] (30
2009年5月21日~゜[真浦(もうら)〕の伝兵衛] () (

けっきょくこの夜は、久栄への文を書かずにしまった。

_360_5
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B__360
(小堀数馬邦直・個人譜)


2009年7月10日~〔千歳(せんざい)〕のお豊] () () () () () () () () (10) (11

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