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2009.01.17

銕三郎、三たびの駿府(10)

佐山さま。〔五条屋〕は、店主・儀兵衛、番頭・吉蔵とも、ほどほどに恐れいらせておきましたから、江戸の火盗改メの面目は立ったとおもいます」
本陣・〔小倉〕平左衛門方で待っていた与力・佐山惣右衛門(そうえもん 36歳)へ、銕三郎(てつさぶろう)が口頭すると、同心・有田祐介(ゆうすけ 29歳)が、いかにも、自分の手柄のように言葉をそえた。
「いや、儀兵衛などは、熱をだして寝込んでしまっておりましてな。番頭も真っ青でした。はっははは」

「では、明日あたり、江戸へ戻れるかな」
佐山与力の胸のうちは、
(こんな田舎の町奉行所などにつきあっていられるか)
であった。

「町年寄に言いつけて、ちかごろ、引越しをした50すぎの男と30すぎの子持ちの夫婦ものの行方を追ったところで、いまごろは遠江か三河、あるいは諏訪谷あたりへ隠れこんでいましょう。町奉行・中坊(なかのぼう)さまへは、そのように助言なされるとよろしいかと---」
火盗改メの出役(しゅつやく)を要請したのは、中坊左近秀亨 ひでもち 53歳 4000石)である。
そちらが納得すれば、いちおうの役目は果たしたことになる。
いまごろは、〔五条屋〕から、町奉行の内与力(うちよりき)のところと、筆頭与力・河原頼母(たのも 53歳)のところへこころづけがの金子(きんす)がとどき、これ以上の詮議はご無用にと申し入れていよう。
火盗改メがつっこめば、もっとくさいものが暴(あば)かれる。

A_150「ところで、長谷川うじ。上方と東国の荒神松の違いをどうしてご存じでしたか?」
そこはさすがに与力の貫禄である。
こんどの出役調べの勘どころとなった荒神松の知識を問うた。(江戸の荒神松売り 喜多川守貞『近世風俗誌』)
そのくせ、「長谷川どの」でなく、あいかわらず、「長谷川うじ」と、軽くみている。

「さ、そのことです。拙がまだ幼かったころ---さよう、7歳か8歳でしたろうか」
銕三郎が荒神松にまつわる思い出を話した。

父・母、下僕や小間使いたちと南品川へ潮干狩りに、そのころ屋敷のあった築地から舟で行き、潮が満ちて料理屋らしいところで休んだときのことである。

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(品川潮干狩 『江戸名所図会』 塗り絵師:ちゅうすけ)

「父は、一人っ子の拙の健康と知識のために、そういうところへ、よく、連れだしてくれたのです。父も一人っ子でしたから、一人っ子の淋しさをよくわかってくれておりました」

せっかく南品川まできたのであるから、千躰荒神堂へお参りしてこようということで、参詣した。

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(南品川・海雲寺境内の千躰荒神堂 『江戸名所図会』
塗り絵師:ちゅうすけ)

そこで母・(たえ 27歳=当時)が、境内の仮店で売っていた荒神松を求めた。
それは、江戸風の、短い一枝きりの松であった。

そのとき、父・宣雄(のぶお 34歳)が、20代のころに遊んだ京阪の荒神松の話をしてくれた。

佐山さまも有田さまもお覚えでございましょう。先日、さつた峠のしば口の倉沢村の〔休み茶店・柏や〕の亭主が父のことを話に出しました。あれは、父が家督前の自由な身柄のとき、見聞をひろめようと、上方へのぼった往還で立ち寄ったためでございます」
「しかし、よほど、印象にのこるようなことがないと---」
「さあ。それは、亭主から聞いてはおりませぬ。それよりも、荒神松でございます」
「おお、それそれ---」

父・宣雄が話してくれたのは、京阪の荒神松の大きさであった。
黒松の去年のびて三本枝になっている先端が本旨から、どうしても3尺近くになる。
それに榊の小枝をそえて売っていたと。
もっとも、温暖な上方では松の成長が順当なせいもあったろう。
「だから、江戸の荒神松の3倍もの丈のもの商うことになるのだ絵解きしてくださいました」

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(京坂の荒神松売り 喜多川守貞『近世風俗誌』)

「ご立派なお父上ですな」
「子ども扱いでなく、いつも、一人前の男とみなして扱ってくださいました」

「それにしても、よくも覚えておられましたな」
有田同心が感心した声をあげた。
「一人前扱いされていると、子どもごころにもわかると、真剣に聞くものでございます。ところで、佐山さま。拙はいますこし残って、掛川城下まで、念を入れてみようかと考えておりますが、いかがでございましょう?」
「わかり申した。明日、河原筆頭与力どのに申し入れて、旅費や滞在費を持たせよう」


参照】2009年1月8日~[銕三郎、三たびの駿府]()  () () () () () () () () (11) (12) (13

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