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2012.07.01

口合人捜(さが)し

「〔佐沼さぬま)〕の久七(きゅうしち 71歳)爺(と)っつあんをお連れしましてございます」
大滝おおたき)〕の五郎蔵(ごろぞう  57歳)は、町駕篭から久七の手をそえておろしている女密偵・〔金古(かねこ)〕のお糸(いと 34歳)に目くばせしてから、書院の平蔵(へいぞう 50歳)に声をかけた。
「おう。苦労をかけた。久七爺っつあんもかまうことはないからあがってくれ」
部屋から声がかえってきた。

(と)っつあん――聖典『鬼平犯科帳』文庫巻24[女密偵女賊]に顔を見せた口合人である。

も、そう。
女賊だったお糸が通り名を〔金古〕名のっていたことはこ密偵になってからしれた。
上州・群馬郡(ぐんまこおり)金古村の貧しい馬飼いの家の次女にうまれただった。

火盗改メの役宅の、しかも 白梅が満開のお頭の奥庭へ通されただけでも恐縮している久七だったが、さらに平蔵の居間へあがり、奥方さまからじきじきに茶をふるまわれ、ますますちぢこまっているのに、
「殿かいつもいつもお世話になっておりますのに、たいしたおもてなしもできませず、困惑のきわみでございます。どうぞ、ゆっくりなさってくださいまし」
あいさつを受けたものだから頭がぼおーとして、湯呑み茶碗を落とす不始末をしでかした。

すぐに脇の五郎蔵がふところから手拭いで始末し、おがそれを井戸端で清めおわるまで待った平蔵が、
「本来なればわれのほうから渋谷の宝泉寺門前まででむき、頼むべきなのだが、われも年来のいそがしさが祟(たた)ったかして、息切れがひどくての」
「それはいけません」
「横着しても五郎蔵とお糸を迎えにさしむけた次第……」
「もったいないことでございます」

258_360
(渋谷  宝泉寺・右下、氷川神社 『江戸名所図会』(部分)
塗り絵師:ちゅうすけ) 

                                                                  盗賊の世界でいう口合人とは、独りばたらき(フリー)の盗賊をヽ諸方の〔お頭〕へ周旋し、周旋料をとる。
独りばらきの盗賊が、
「ひとつも、どこぞのお頭へ口をかけておくんなさい」
と、口合人にたのむこともあれば、盗賊団のお頭(首領)が、
「どうも手が足りねえから、これこれの役に立つ者を世話してもらいたい」
依頼をすることもある。
ときには、双方から周旋料をもらうこともあるのだ。
おまさも、かつて、独りばたらきの女賊であったとき、佐沼の久七の世話になったことが、何度かある。
いまの久七は、渋谷の宝泉寺という寺の門前で、小さな花屋をやっている。
七十歳になった久七は盗みの世界から一応は足を洗ったかたちだが、それでも年に何度かは口合人の稼業をしているようだ。([女密偵女賊〕 p10 新装版p  )

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