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2009.01.15

銕三郎、三たびの駿府(8)

「拙の、ここでの聞き取りは、これだけです。ご店主と番頭どのに、くれぐれもこころがけていただきたいのは、いま、お話しくださったことは、ここを出たら、いっさい、お洩らしにならないように。まずくすると、お命にかかわりましょう。と申すのは、賊どもは、口封じをやりかねません」
銕三郎(てつさぶろう 24歳)がそう言うと、〔五条屋〕の店主・儀兵衛(ぎへえ 45歳)と番頭・吉蔵(よしぞう 58歳)がふるえあがったのはとうぜんとして、駿府町奉行所の同心・矢野弥四郎(やしろう 35歳)までが眉根をよせた。

佐山惣右衛門(そうえもん 36歳)与力と有田祐介(ゆうすけ 29歳)同心も、もっともな注意---とでもいうように、大きくうなずいた。
2人は、江戸の火盗改メ・本役の長山組から出役(しゅつやく)してきている与力と同心である。

佐山さま。なにか?」
銕三郎の問いかけに、
「いや、ない」
佐山与力が応え、有田同心も頭(こうべ)をふった。

矢野さま。お2人を、奉行所の表門でなく、私用の脇口からそっと、お帰しください。ご両人、こころえておいでであろうが、すこし、遠回りしながら、尾行(つ)けている者がいないか、確かめつつお帰りなされ。われわれは、昼前に、客を装って参るゆえ、台所の使用人たちの目にもふれないように、奥の部屋へご案内くだされ。よろしいな。すべては平常どおりの顔でやることです」
儀兵衛吉蔵は、平(へい)つくばって礼を述べた。

と、銕三郎がとってつけたように、
「2人そろって帰っては、目立ちすぎましょう。まず、ご店主から---」

儀兵衛矢野同心に導かれて出ていくと、
「番頭どの。儀兵衛どのにも、奉行所にも言わないから、ほんとうのことを答えていただきたい。盗まれた金子(きんす)は、600両余に間違いないのかな?」
吉蔵が急所を衝かれたように、びくっと肩をふるわせ、しばらく思案している。
銕三郎は、凝視したまま、黙って待った。

耐えきれなくなった吉蔵が、打ちあけた。
盗まれたのは400両に欠けるが、帳簿に200両余の穴があいていたので、盗難をいいことに、被害金額をふくらませたと。
しかも、200両余の遣いこみをしたのは店主・儀兵衛で、上方へ仕入れに一人で行くようになってから、京におんなができ、それへの手当て金だったと。

「3年分?」
「さようでございます。申しわけございません」
「謝ることはありませぬ。いまの言葉は、番頭どのの忠義心に免じて、われわれ3人、聞かなかったことにします。ところで吉蔵どの。もう一つ、打ちあけてはくれますまいか」
「なんでございましょう?」
「番頭どのは、儀兵衛どのが一人で京へ仕入れに行くようになる前は、先代といっしょに20年近くも京へ上っていましたね?」
「はい」
「京の荒神松のことも、見聞きしていましたね?」
またも、吉蔵が肩をびくつかせた。

「賊が竈(かまど)の上に打ちつけた荒神松を見て、〔荒神(こうじん)〕の助太郎(すけたろう)一味と察しながら、しらぬふりをしたのは、助太郎が捕まると、200両余の上乗せが発覚(ばれ)るとおもったからですね?」
「まったくもって、申しわけがございませんでした」
吉蔵がひれ伏す。

矢野同心が戻ってみえます。面(おもて)をあげて、ふだんどおりになされ」
躰を直した吉蔵を、開いた板戸から矢野がうながした。

吉蔵が部屋をでていくと、銕三郎が、
「さて、儀兵衛が、黒い顔の男をおもいだすかどうかが、探索の別れ道です」
銕三郎のつぶやきに、有田同心が訊く。
「もし、出逢っていなかったら?」

「〔荒神(こうじん)〕の助太郎が駿府より東---さしあたって、江尻、興津、蒲原あたりの盗人宿かしもた屋にひそんでいたか、あるいは、この城下に住んでいたか---」
「なぜ、そうおかんがえに?」
「〔五条屋〕の戸締り、間取り、金蔵のことなどをさぐりだすには、近間でないと---」
「配下の者が調べたとも---」
「そうもいえますが、〔荒神〕の助太郎という盗賊は、自分の目と勘を大切にする男なのです」
銕三郎の頭の中では、10年前、箱根の芦ノ湖の風景を写し描いていた助太郎の姿がうかんでいた。
(あの男は、〔ういろう〕でも、おのれの目で確かめていた)

参照】2007年7月14日[〔荒神〕の助太郎] (1)
2007年12月28日[与詩(よし)を迎えに] (8)

長谷川どの。吉蔵が奪われた金子を隠していると、どうして推察がついたのですかな?」
佐山与力が訊いたとき、矢野同心が戻ってくる足音を聞きつけた銕三郎は頭をふって、答えるのをひかえた。


参照】2009年1月8日~[銕三郎、三たびの駿府]()  () () () () () () () (10) (11) (12) (13

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