« 銕三郎、掛川で(2) | トップページ | 銕三郎、掛川で(4) »

2009.01.23

銕三郎、掛川で(3)

長谷川どの。〔京(みやこ)屋〕で、まっすぐに勝手口へ行かれたのには、なにか手がかりでもあったためですかな?」
訊いたのは、駿府町奉行所探索方の同心・矢野弥四郎(やしろう 35歳)である。
銕三郎(てつさぶろう 24歳)が、〔荒神(こうじん)〕の助太郎(すけたろう 55歳前後)一味と思われる賊に襲われた、掛川城下・中町の小間物の〔京屋〕を改めたいと望んだので、駿府から同行して、旅籠〔ねぢ金や〕治郎右衛門方で、迎えを待っている。

今夕は、掛川藩の町奉行所の与力・町井彦左衛門(ひこざえもん 45歳)が2人を肴(さかな)町の料亭〔花鳥(かちょう)〕でもてなしてくれることになっているのである。

「手がかりと申しましても、荒神松しかございませぬ。荒神松は、炊きどころの竈(かまど)の上に祀る縁起もの。盗賊が〔荒神〕の助太郎一味であれば、勝手口の戸から---とかんがえてみただけでございます」
「それだけの手がかりで、あの穴のからくりをお見破りになったのですか?」
「駿府の〔五条屋〕は、切りひらかれておりました。〔京屋〕は、そう申しませぬでした。それで、からくりを考えてみたのです」
「感服つかまつりました」
矢野同心がそう言ったとき、町井与力が来たと、女中が告げた。
与力は、武光某(31歳)という探索方の同心を伴っていた。
町井彦左衛門が、掛川藩の重役につながった一族であることは、〔ねぢ金や〕治郎右衛門から、すでに耳にいれている。
料亭〔花鳥〕も、町井一族とつながりがあるらしい。
武光同心も、掛川藩では古い家柄の一族の末らしかった。

座敷は、さすがに高級料亭らしく、調度品も凝っている。
2人は、上座をすすめられた。
いちおうは辞退してから、2人は座についた。
いってみれば、銕三郎長谷川家も、駿府在勤の矢野同心も直参(じきさん)の身分だから、はばかることはないのである。

武光同心が、主客と町井与力に酌をしてまわり、銕三郎に、
「店(たな)の者たちの疑いが晴れたと、〔京屋〕がたいそう、喜んでおりました。さすがは江戸の火盗改メ方と、もっぱらの評判でございます」
「駿府からの道々、矢野どののご指導があったればこそ、です」
銕三郎は、矢野同心に華をもたせる。

_100そのとき、新しい座敷女中が3人、銚子を捧げてはいってきた。
中の一人は、とびぬけての美形であった。
(かつ 28歳)である。(歌麿 お勝のイメージ)

は、銕三郎の向かって左隣りの町井与力の前について酌をする。
銕三郎は、あえて無視し、係りになった女中にだけ話しかけた。

しばらくして、女中たちが座を変えた。
は、銕三郎をとばして、右隣りの矢野同心の前へ移った。

銕三郎も、おを無視した。

やがて、お銕三郎の前に着く。
「お(みや)と申します」
「ほう。おどのですか。長谷川です」

銕三郎が立った。
「厠(かわや)をお借りしたい」
「こちらでございます」
がみちびく。

廊下を渡ったところで、
「駿府の両替町ではなかったのか?」
「ご存じでしたか? 〔松坂屋〕には、いられない事情ができまして---」
「お(りょう 30歳)どのもいっしょか?」
がうなずく。
「会いたいと伝えてくれないか。〔ねぢ金や〕に宿泊している。こんやは、駿府町奉行所同心の矢野どのがいっしょだが、明日には矢野どのは駿府へ発(た)ち、拙はのこる」
「わかりました」

座敷へ戻ると、お(みや じつは、お)は、またも町井与力の前に座り、もう、動かなかった。


参照】2008年9月13日[中畑(なかばたけ)〕のお竜] (7)
2008年10月12日~[〔お勝(かつ)〕というおんな] (1) (2) (3) (4)
2008年11月25日[屋根船
2008年11月27日[諏訪左源太頼珍(よりよし)] (3)
2009年1月1日~[明和6年(1769)の銕三郎] (1) (2) (3) (4) (5)

|

« 銕三郎、掛川で(2) | トップページ | 銕三郎、掛川で(4) »

001長谷川平蔵 」カテゴリの記事

コメント

まさか、通り名が押し込み口になっていたとは! 思いもよりませんでした。
驚き、感心しました。

投稿: tomo | 2009.01.23 04:38

>tomo さん
意外性がないと、次から読んでもらえませんので。
でも、このブログは、そういうことより、長谷川平蔵時代の幕府・幕臣のキマリや江戸人の生活習慣を掘り起こすことに重点をおいてます。
それにしては、濡れ場を入れすぎかなあ。

投稿: ちゅうすけ | 2009.01.23 09:23

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 銕三郎、掛川で(2) | トップページ | 銕三郎、掛川で(4) »