宣雄の同僚・先手組頭(9)
「蚊帳の中で呑みませんか。このあたり、沼が多いせいで、蚊がしげくって---」
お竜(りょう 29歳は、湯殿ではなにごともなかったかのような取りすました顔で、蚊帳の中に、手ぎわわく酒と肴を行灯を運びこんだ。(歌麿 蚊帳の中 お竜の別のイメージ)
銕三郎(てつさぶろう 23歳 のちの鬼平)は、照れかくしに、行灯をひきつけ、先手・鉄砲(つつ)組の組頭名簿から、家禄が1000石に満たない仁に抹線を引いた。
番手(組屋敷)
(氏名 年齢 禄高 この年までの在職あしかけ年数)
7番手(麻布が前坊谷)
諏訪左源太頼珍(よりよし) 62歳 2000石 5年め
9番手(小石川伝通院前)
遠藤源五郎尚住(なおずみ) 52歳 1000石 3年め
15番手(駒込片町)
仁賀保兵庫誠之(のぶざね) 57歳 1200石 1年め
17番手(市ヶ谷本村)
松前主馬一広(かずひろ) 46歳 1500石 16年め
4人のうち、遠藤源五郎尚住には、面識がある。
麻布・竜土町の屋敷を訪れけたことがあった。
【参照】2008年8月10日~[〔梅川〕の仲居・お松] (6) (9) (11)
あとの3人は、いくら考えても、どの仁の顔もおもいうかばない。
そのはずである、会ったことがないのだから。
お竜が言った、暮らし向きがもっとも裕福な家と、もっとも逼迫している家を、どういう手立てで調べるか、思案していると、
お竜が入ってきて酒をすすめ、
「長谷川さまがおいでになると、前もってわかっていましたら、なにかつくっておいたのですが---。こうみえても、料理の腕は、母親ゆずりで、たしかなんでよ。でも、ふだんは、お勝(かつ 27歳)が〔水鶏(くいな)屋〕さんのお下がりもので、おそい夜食をとるだけなんです」
菜は、胡瓜(きゅうり)の塩もみであった。
「いや、気がきかなかった。途中で、〔五鉄〕なり、〔平岩〕なりで、折箱でもつくらせるのでした」
「いいんです。長谷川さまがこんなものでご辛抱なさってくださるなら---」
銕三郎がさした杯を膳におき、
「長谷川さま。この先手の組頭衆のことは、〔狐火(きつねび)〕のお頭には、ないしょにしておいてくださませ。わたしどもの世界では、お頭のお指図のほかの盗(おつとめ)みは、ご法度なんです」
【参照】2008年10月26日[うさぎ人(にん)・小浪] (4)
「心得ました、が、いま、お盗(おつとめ)み---と聞いたようですが---」
「長谷川さまは、お仕置きをなさりたいのでしょう?」
「それはそうだが---」
「だったら、お宝を盗めば、先手のお頭のくせに、盗人にはいられたとの噂に、恥じ入るのではありませんか」
「ふーむ」
「お気にめしませんか?」
「いや---考えおよばなかったのです。それと、お竜どのに、危険がおよんでは気の毒---」
「長谷川さま。お竜は、これでも軍者(ぐんしゃ)の端くれでございますよ」
「あい、分かり申した。はっははは」
「うっ、ふふふ」
「お竜どの。さきほどは、感激きわまりない体験をかたじけなく---」
「こちらこそ---生まれて、初めての経験でした」
「そのことですが、くれぐれも内密にお願いします。身勝手なことを申すようですが、お目見(みえ)直前の身なので---」
「それは、わたしの方からお頼みすることです。はしたないことをいたしてしまいました。おとこ嫌いで通してきましたのに---。自分の躰のおんなの部分を、長谷川さまと合わせてみたくて---。わたしは、一生の思い出として封印いたします。長谷川さまは、お忘れにになってくださいませ」
お勝が仕事を終えて帰ってきたのを機に、銕三郎も退去した。
表まで送ってきたお竜が、銕三郎の手を握って引きよせ、唇をさっとあわせると、すぐに身を引いた。
新月で、明るくはなかった。
銕三郎は、分かっている遠藤尚住をのぞく3人の組頭の屋敷を、大伯父で、先手・弓の7番手の組頭・長谷川太郎兵衛正直(まさなお )の筆頭与力・竹内途之助(みちのすけ 46歳)に訊きだし、遠藤分を書き加えて、御厩河岸の茶店〔小浪〕の女将にあずけておいた。
お竜が、そうしてくれと言ったのである。
お竜とすれば、徒(かち)目付の下働きの徒押(かちおし)の目を気づかった。
7番手 諏訪左源太頼珍(よりよし) 2000石 本郷弓町
15番手 仁賀保兵庫誠之(のぶざね) 1200石 愛宕下神保小路
17番手 松前主馬一広(かずひろ) 1500石 裏猿楽町
9番手 遠藤源五郎尚住(なおずみ) 1000石 麻布竜土町
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コメント
昨日は、ついに、やった!---でしたね。銕三郎さんとお竜さんは、きっと重なると信じていました。
でも、お竜さんって、才能があり、美人で、男に頼らない、すてきな女性?ですね。惚れ惚れしています。
投稿: tomo | 2008.11.18 05:48
>tomo さん
ふつう、大衆時代小説だと、読み手に気をもたせるために、なかなか、合わせないのですね。
しかし、ブログは、明日も読んでくださるとはかぎらないので、1日々々が勝負。
銕三郎とお竜も、はやばやと---。
投稿: ちゅうすけ | 2008.11.18 11:23