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2008.01.27

〔荒神(こうじん)〕の助太郎(7)

長谷川さま。遠国(おんごく)の盗賊というのは、みごとな推しはかりと感心しましたが、ああ、簡単に教えちまって、よろしいんですかい?」
箱根関所の番頭(ばんがしら)の副役(そえやく)・伊谷彦右衛門が引きあげると、権七(ごんしち)が不服げに言う。
「あの調子じゃあ、己れが考えたみてえに、町奉行所へ伝えますぜ」
「それはかまわないのです。だれの発起(ほっき)であれ、盗賊が捕まりさえすれば、それがお上(かみ)へのご奉公だし、城下の人たちも安心できるのですから」
と一応、なだめておいて、銕三郎(てつさぶろう)は、
権七どの。拙は2度、〔ういろう〕店で、〔透頂香(とうちんこう)を買っております。このたびの旅と、4年前、藤枝宿に近い田中城下へ行った帰りと、です」

銕三郎によると、2度とも、売り婦(こ)の応対に上方(かみがた)なまりがあった。もちろん、4年前とこのたびとでは、人は異なっている。それで、〔ういろう〕は、先祖が京・西洞院(にしのとういん)錦小路の出ということを匂わせるために、京言葉を話す売り子を、わざわざ、上方から連れてきているのではないかとおもったのだと。

ちゅうすけ注:】
呉服や小間物、扇(文庫巻11で、引退した〔帯川(おびかわ)〕の源助が神谷町にだした京扇の店〔平野屋〕をみても分かりますね)は、京からの下(くだ)りものが上等なのである。酒は灘や伏見からの下りものが喜ばれた。だから、江戸近郊でできたものは「下(くだ)らない」ものと。
【参考】2005年2月5日〔帯川(おびかわ)〕の源助  [11-3 穴]p96 新p100
2004年12月21日〔馬伏(まぶせ)〕の茂兵衛  [11-3 穴]p97 新p102

「そういえば、ほとんどの売り子は、裏で製剤をしている職人と所帯を持たされるとか、聞いたような気もします」
「その、秘伝の薬剤を調合している職人たちも、上方の男ではないのでしょうか?」
「いえ、それはないようにおもいます。あっしが生まれた風早(かざはや)からも、知り合いの若いのが1人、薬草刻み職として働いておりやすから」
「その人は、風早からの通いですか?」
「とんでもねえこって。〔ういろう〕の店の裏の作業場の2階の薬くさい部屋で、独り者の職人たちといっしょに寝泊りしているとか。そのことがなにか?」

「いや、そのことではなく、盗人側のことを考えているのです。侵入してきた盗賊たちは、ひと言も声をださなかったということでしたね」
「そのことで、江戸の火盗改メに記録を問い合わせてみろ---とおっしゃいましたが---」
「それもありますが---戦(いくさ)の場では、軍団のかかり・進退・展開は、太鼓やほら貝で知らせます。その盗賊一味は、なんの合図で動いたのでしょうね?」
「はあ---」
「持ち場持ち場へつき、割り当てられた仕事にとりかかる---といった合図が、きっと、きまっていたはずです。ということは、よほどに場数をふんで手なれた連中だったということです」
「12,3人ですからねえ」
「侵入した者たちのほかにも、見張り役が3,4人はいたはず」
「なるほど。冗談を言わせていただきますと、長谷川さまは、まるで、盗みの軍師をなさっていたみたいですな。ははは」

女中頭が預けておいた与詩(よし 6歳)を連れてきて、食事のことを告げた。
「申しわけないが、1人分、追加です。まず、酒を呑(や)っていますから、そのあいだにでも、みつくろって運んでください。この子の分は、酒といっしょにお願いします」
すばやく、紙に包んだこころ付けをたもとへ入れる。
「まあまあ。ありがとうございます」

盃を満たしてやりながら、
権七どの。この子の前では、〔ういろう〕の話はおひかえください」
「合点です」
「あにうえ。わたし、しっています。おばさんたち、はな(話)しておりました。おとし(落し)、あげたもの(者)が、いるって」
「ほう。与詩も、そうおもいますか?」
「おとし、わかりましぇん---せん」

「戸締まりのことです。でも、与詩は、そのことよりも、ご飯をこぼさないで食べることです」
「おふさ(芙沙)ははうえ(母上)からいただいた、さじ(匙)がありまちゅ---ます」
権七が、なにか言おうとして、やめた。
(三島宿の本陣〔川田〕のお芙沙のことだな)
察したが、銕三郎も見て見ぬふりをした。

権七の盃を満たしながら、
権七どの。今夜は、どこへお泊まりになりますか?」
「荷運び雲助たちの定宿が、三島町にあるんでさあ」
「この夜道を三島までお帰りですか?それじゃあ---」
「いえ。箱根宿の三島町です。ここからほんの半丁です。三島町の東側が小田原町。小田原町の旅籠は小田原藩の支配で、三島町の旅籠は伊豆代官所の所轄というきまりになっていおりますんで。そうそう、ゆっくりはしておれません。では、明朝五ッ(8時)に、馬でお迎えに。ご馳走さまでした」

関所の大門は暮れ六ッ(午後6時)には閉めるが、宿場は関所の西側にあるので、権七が定宿へ行くには、通用門に声をかけてを開けてもらうまでもない。ついでにいうと、通用門は、権七のような顔見知りの者なら五ッ半(9時)までは通してくれる。

〔めうが屋〕の女中頭・都茂(とも)と別の旅籠に今夜の部屋をとり、食事をすませた藤六(とうろく)が、あがってきた。
銕三郎は、酒をもう1本、追加した。

_200_2「骨を折らせて、すまぬ」
「いえ。しかし、食傷していないわけではありませぬ」
2人は、すでに寝息をもらしている与詩のほうを見やりながら、声をころして笑った。
(都茂とすれば、今宵が藤六との最後の夜となると、おちおち眠ってはいられまい)

_300_3
(国芳『葉奈伊嘉多』部分)

銕三郎は、45歳の藤六の躰をいたわったが、どうなるものでもない。
「ま、明日は、五ッ発(だ)ちだ。そのことをいいきかせてやるんだな」
「はい」

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