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2005.06.15

〔今里(いまざと)〕の源蔵

『鬼平犯科帳』文庫巻20に収録されている[怨恨]は、〔今里(いまざと)〕の源蔵と〔磯部(いそべ)〕の万吉(50がらみ)という一人ばらきの盗人同士の怨恨ばらしの物語である。
(参照: 〔磯部〕の万吉の項)
5年ほど前、〔今里〕の源像が采配をふるい、一人ばたらきの仲間10人ほどで駿府(現・静岡市)の呉服屋へ押し入り、1,200両を盗みだし、それを大井川の上手の笹間の山の中へ隠した。
その隠し家を襲ったのが一味に加わっていた〔磯部〕の万吉で、見張りの者を切り殺して1,200両をそっくり奪った。
万吉が安心してネコばばをきめこむためには、源蔵を殺すしかない。万吉は浪人・杉井鎌之助(40前後)に源像暗殺を50両で請け負わせた。
(参照: 浪人くずれ・杉井鎌之助の項)

年齢・容姿:51,2歳。顴骨(かんこつ)の張った、年齢にしては皺の深い顔。微笑むと何ともいえない人懐かしげな顔に変わる。
生国:駿河(するが)国駿東郡(しゅんとうこうり)今里(いまさと)(現・静岡県裾野市今里)
武蔵野国荏原郡、下野国河内郡、信濃国佐久郡、相模国高座郡などにもあるが、大井川の上流の笹間が推理の決め手となった。
もっとも、煮売り酒屋〔信濃屋〕の喜十(57歳)との仲を考えると、信濃国佐久郡の今里の出でもおかしくはない。

220

探索の発端:南八丁堀5丁目の中ノ橋のたもとの煮売り酒屋〔信濃屋}の亭主は、10年前までは〔桑原〕の喜十と呼ばれた盗人で、密偵〔大滝〕の五郎蔵への隠し〔洩らし屋〕となっていた。
(参照: 〔大滝〕の五郎蔵の項)
その喜十の家へ、体調をこわした源蔵がかくまってくれ、ところがりこんできた。
1カ月近くたち、足ならしの散歩をしている源蔵を、〔磯部〕の手下の勇七(32,3歳)が見つけて〔信濃屋〕をつきとめた。
同じころ、五郎蔵は、喜十のいつもと違う応対に不審感を抱いた。

結末:〔信濃屋〕を襲って源蔵を惨殺しようと、南八丁堀3丁目、〔信濃屋〕のはす向かいの宿屋〔山重〕に泊まりこんでいた万吉と勇七は簡単に逮捕、浪人・杉井鎌之助は鬼平の十手に倒れた。

つぶやき:文庫巻19の[引き込み女]では、〔信濃屋〕の喜十に〔洩らし屋〕という肩書きはつかわれなかった。〔怨恨〕を書く2か月のうちに池波さんは、この種の仕事人についてのネーミングをあれこれ考えて〔洩らし屋〕としたのであろうが、この〔洩らし屋〕は、その後、2度とつかわれることなく、池波さんは生涯を終えた。残念至極。


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コメント

五郎蔵から磯部の万吉が捕縛されたのを聞いた桑原の喜十は、老いた顔に笑いが波紋のように広がった。

この喜十の喜びを、おまさは五郎蔵のためといい、喜十の女房は自分と娘の為と思う。

今里の源蔵も磯部の万吉の捕縛は知らないけれど、喜十の家に迷惑をかけずに、そっとお礼を置いて出られたことに安堵していると思う

そして読み終わった私も喜十同様にホッと、心に安らぎの波紋が広がりました。

盗人間の怨恨の話が優しい話になってしまいました。

「洩らし屋」と言う言葉、二度と出てこないそうですが、「怨恨」を書いてから池波さが亡くなるまで10年位期間がありますので、使う機会はあったとおもいます。このネーミングあまり気に入らなかったのでしょうか。

私は、そのものずばりの言葉ですが、韻律的にしっくりしません。

投稿: みやこのお豊 | 2005.06.15 21:39

[引き込み女]で、五郎蔵に、鉄砲洲で〔磯辺]の万吉を見かけたと、洩らしたのは〔桑原〕の喜十です。

だから、〔磯部〕の万吉が捕まって、「よかった」といったとき、五郎蔵は素直に受けとめてもよかったはずですが、ね。

池波さんとしては、ひとひねり、したかったのでしょう。

それはともかく、このブログに〔磯部〕の万吉をとりあげたせいで、〔桑原〕の喜十の店名を〔信濃屋〕と再認識。喜十の生国を信州ら限定して探索してみます。

投稿: ちゅうすけ | 2005.06.16 12:37

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