〔伊砂(いすが)〕の善八
『鬼平犯科帳』文庫巻3の[盗法秘伝]に登場するネアカの独りばたらき。
年齢・容貌: 65歳。背丈ばかりか、顔もへちまのようにひょろりと長い。
生国: 遠江(とおとうみ)国天竜川の上流、伊砂村(現・静岡県浜松市伊砂)
池波さんは伊砂(いすが)とルビをふっているが、『旧高旧領』のルビは(いすか)とにごらない。もっとも、江戸期の書き物は、往々にして濁点を付さないが。
地元の鬼平ファンのご意見がほしいところ。
(「伊砂」は天竜市にあったが、天竜市が2005.07.01に浜松市に合併)。
明治20年頃の湖北。赤印は、浜松市に編入された天竜地区の上から伊砂、舟明(ふなぎら)、二股
探索の発端:東海道の3つの難所の一つ---宇津谷峠を岡部宿の側へ下っていた鬼平は、乱暴をされていた若いカップルを助けた。
それを見ていた、独りばたらきの盗人、〔伊砂(いすが)〕の善八に男惚れされ、後継者に見立てられて「盗法秘伝」をゆずるといい、見付宿の多門小路の奥の醸造所〔升屋〕へ忍びこんだ。
(東海道筋の歩道に埋めこまれている多門小路への標板)
結末:善八の盗みの手伝いをさせられた鬼平だが、正体をあかした上で「二度とおれの前に姿を見せるな」と、見逃す。
つぶやき:「伊砂(いすが)」は、実在の地名。現在は天竜市に含まれているが、天竜川ぞいで、伊須賀ともいった小さな貧しい村だった。
天竜市の伊砂橋。天竜川左岸の船明(ふなぎら)とを結ぶ橋。
池波さんは、武田軍と徳川軍の戦記をしらべていて、二股城の攻防の地図を眺めているうちに、伊砂の村の存在を知ったのだろう。
テレビでは、〔伊砂〕の善八をフランキー堺が演じたが、その飄々とした芸風がなんともいえないいい味をだしている。
司馬遼太郎さん[箱根の坂](講談社文庫)にこんな文章があった。
川は、土砂を流す。犬が尻尾をふるように、古代に河道があちこちに変ったために、このあたりには砂地が多い。砂地は水田にならない。そういう役立たずの砂地のことを、古代では、
「スカ」あるいは、スガといった。早雲の時代でも,なお使われている。それが地名になって、菅とか須賀といった漢字があてられている………。
天竜の「伊砂」はもと「伊須賀」の字をあてられたとも文献にあり、「砂」という字のままになっている僅少の例であろうか。それにしても、「伊砂(いすが)」と濁らせた池波さんの知識もたいしたものといえそう。
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コメント
こうして、盗人をひとりずつ解説していただくと、それぞれが個性的に見えてきて、物語が立体的になってきます。
お書きになるほうは、時間も労力もたいへんでしようが、これからもよろしくお願いします。
投稿: 加代子 | 2004.12.25 05:41
「伊砂」が地名だなんて、ここへくるまで思いもしませんでした。
そいえば、善八さんは、天竜川ぞいのことをいろいろ知っていましたね。
地名という観点から、泥棒たちの呼び名を考えるのって、はじめての試みですね。
投稿: 朋子 | 2004.12.25 05:51
加代子さん
『鬼平犯科帳』の盗人たちの「通り名(呼び名)」には、3とおりか4とおりほどのつけ方があることは、数年まえからわかっていました。
1.池波さんの造語によるもの。
〔蓑火〕〔血頭〕〔夜兎〕など
2.出生地をごまかすためのもの。
〔明神〕〔稲荷〕〔天神〕〔落合〕など
3.出生地とおもわれる地名のもの
〔伊砂〕〔帯川〕〔五十海〕など
4.古語からのもの
〔長虫〕〔野槌〕〔天弓〕〔木の実鳥〕など
このブログで紹介するのは、3.の出生地とおもえるものです。
盗人が観光資源になればと----地方自治体のそれぞれの機関の方々のご協力を得て、調査をすすめています。怪盗ルパンやモリアティ教授も観光資源化されていますからね。
2005.12.14追記
上記のうち、〔蓑火〕〔野槌〕は、鳥山石燕『画図百鬼夜行』などの妖怪の名から借りたものと判明しました。
投稿: ちゅうすけ | 2004.12.25 07:17
盗人探索日録では、お初でございます。
この善八さんは個人的に、そうですねー、鬼平シリーズの中で好きな盗人の5人には挙げたくたくなるような明るいユーモラスな人ですね!
天竜川の辺りをまだ旅したことはありませんが、善八さんのように明るい土地なのではないかと思います。
お話も人物名前も東海道、考えてみると、例えばこれが金沢の善八(例にしやすいので出身地で)だとしたら、ちょっと人物像ともお話ともしっくりこないですね。
善八さんがこのお話だけの登場というのが、残念です。あっでも、この話だけというところがいいんですかねぇ。
投稿: c | 2005.02.06 11:00