〔鴨田(かもだ)〕の善吉
『鬼平犯科帳』文庫巻2に収められている[お雪の乳房]で、浅草・田原町1丁目で足袋屋〔つちや善四郎〕の主人としておさまっているが、盗人時代は〔鴨田(かもだ)〕の善吉といい、かつて70余名の配下を束ねていた巨盗〔鈴鹿(すずか)〕の又兵衛の義弟。
(参照: 〔鈴鹿〕の又兵衛の項)
年齢・容姿:40男。独り身。商店の主人風が似合う。
生国:三河(みかわ)国額田郡(ぬかたこうり)鴨田村(現・愛知県岡崎市鴨田町)。
義兄〔鈴鹿〕の又兵衛の亡妻およしの弟---ということから、〔鈴鹿〕一味のテリトリーを東海道筋が中心とみた。現に、又兵衛の亡妻およしは小田原に住んでいたこさともある。又兵衛が三河の岡崎宿ではたらいていたおよしに手をつけたのだろう。
探索の発端: 〔鈴鹿〕の又兵衛の18歳になるむすめのお雪が、火盗改メの同心・木村忠吾に見初められた。
お雪は、叔父の足袋屋〔つちや善四郎〕方に預けられている。
恋仲の2人のことで、又兵衛に相談にいった帰りの〔つちや善四郎〕こと〔鴨田〕の善吉を、芝浜の通りで〔小房〕の粂八が見かけたことから、火盗改メの見張りがついた。
結末:芝・松本町の明樽問屋〔大黒屋〕へ押し込んだ〔鈴鹿〕の又兵衛一味は、待ち伏せていた鬼平たちに逮捕された。
木村同心との仲を裂くべく、お雪を連れた〔つちや善四郎〕は、つつがなく京へ逃避できたよもう。
つぶやき:木村忠吾同心の、[谷中・いろは茶屋]につづく、はからざる2番手柄、となったが、明るい色恋がらみで火盗改メとしての手柄が立てられるのは、この若者だけであろう。
シリーズの得がたいコメディー・リリーフ・キャラクター。こういうキャラを盗賊側の首領が使いこなすとしたら、どのお頭だろう?
2005年12月5日(月) 三河の取材リポート
岡崎市のゆかりの地の取材は、「鴨田」から始めた。
名鉄バスを乗りまちがえたりしなから、足助(あすけ)への街道をたどって、やっと「大樹寺行」へたどりついた。
足助への街道
バス停「大樹寺」
バス停の近くの信号機の上に、「鴨田」の標識板があった。
標識
土地の人に聞くと、あたり一帯が「鴨田」とのこと。〔鈴鹿〕の又兵衛の亡妻およしと弟の〔鴨田〕の善吉(世間への表向きの名は〔つちや善四郎)は、この土地の生まれだった。
大樹寺への道を西へ入ると、なんとなく古めかしい雰囲気がただよう。と、鴨田天満宮。
およし・善吉姉弟はこの境内でも遊んだろう。
幼いころのおよし・善吉姉弟が境内で遊んだ鴨田天満宮
そのころは、のちのち、悪の道へ踏みいれるなどとは、ゆめ、おもわなかったろう。
さらに100メートルたらず行くと、安城松平家の菩提寺だった大樹寺の壮大な山門。
小田原や江戸に住んでいた姉弟は、この山門をおもいだしたろうか。いや、それより、〔鈴鹿〕の又兵衛の娘お雪は、この山門を見たことがあったろうか。母親のおよしは、この山門のことをお雪に話して郷土自慢をしたろうか。
本堂へあげてもらい、ご本尊の阿弥陀如来像を拝しながら、夢想は果てしなくつづく。
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コメント
とてもりっぱな山門ですね。
ちゅうすけさん、いつもありがとうございます。
投稿: oppe | 2005.12.08 09:23
>おっぺさん
さすが、歴代の徳川将軍家の地元での菩提寺の壮大な山門です。小さな写真画面でははっきりしませんが、彫刻が贅をつくしていて、半日眺めていても見飽きしないほど立派なものでした。
日光の東照宮にも決して劣りません。
投稿: ちゅうすけ | 2005.12.10 04:42