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2005.03.08

〔鳴海(なるみ)〕の繁蔵(2代目)

『鬼平犯科帳』文庫巻7に収められている[盗賊婚礼]で、江戸の盗賊の首領〔傘山(かさやま)〕の弥太郎へ、親同士の約束だからと、自分の情婦を花嫁として押しつけようとした名古屋の盗人。

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年齢・容姿:30代。だが、ゆったりと大きく肥えて、とても30代には見えない。10も15も歳上に見え、白髪もまじっている。
生国:尾張(おわり)国愛知郡(あいちごおり)鳴海村(現・愛知県名古屋市緑区鳴海町)

探索の発端:生母の実家、巣鴨村の三沢家を訪ねた鬼平は、従兄弟の仙右衛門と、駒込片町の円通寺(文京区本駒込3丁目)への墓参りをすませ、岩ぶち街道に面した小料理屋〔瓢箪屋〕で午餐をとり、その料理のよさに満足した。

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駒込神明宮(『江戸名所図会』 塗り絵師:ちゅうすけ)
芝生の神明原ぞいに小料理屋〔瓢箪屋〕と「岩ぶち街道」

それから半月後。
5,000石の大身旗本で旧知の林内蔵助の駒込・動坂の下屋敷で、岸井左馬之助ともどもにご馳走になり、巣鴨村の三沢家に泊まるつもりで〔瓢箪屋〕の裏手にさしかかったとき、屋内で起きている騒ぎに気づいた。
2人で打ちこんでみると、〔傘山〕の弥太郎と〔鳴海〕の繁蔵の妹お糸(じつは繁蔵の情婦お梅)との婚礼中、繁蔵の配下の〔長嶋〕の久五郎が、偽の花嫁の正体を暴露したための混乱であった。

結末:かつて、先代〔傘山〕の弥兵衛に大きな恩をうけた〔長嶋〕の久五郎は、偽りの次第をぶちまけるとともに、〔鳴海〕の繁蔵を刺し、自らは用心棒の土山浪人に斬られた。、弥太郎と先代からの〔傘山〕一味の重鎮で〔瓢箪屋〕の亭主・勘助老人はすなおに縛についた。

つぶやき:本格のお盗めについて、池波さんは本篇の中で、盗人宿の設置、盗金盗品の運搬方法、さらに逃走の経路の調べ、侵入のだんどりなどをあげている。いわゆる盗みのノウハウである。
仕事のこうしただんどりのつけ方を、池波さんは戦争中に旋盤工に徴用されたときに身につけたという。
そのだんどり癖は、小説の執筆にも応用していると。

小料理屋〔瓢箪屋〕がある場所、駒込神明宮(現・天祖神社 文京区本駒込3丁目)は、『江戸名所図会』にも長い参道の左右の芝生の庭とともに描かれている。前の道の「岩ぶち街道」を、「岩ふじ街道」と読んだのは池波さんの読みちがい。

〔長嶋〕の久五郎が先代の〔傘山〕の弥兵衛からうけた大きな恩については書かれていないが、「恩は着せるものではなく、着るもの」の、長谷川伸師ゆずりの池波流人生哲学を絵に描いたようなラストのつけ方といえよう。
似たような人生訓に、「子は一世、夫婦はニ世、主従は三世、世間は五世」というのがある。

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