〔船影(ふなかげ)〕の忠兵衛
『鬼平犯科帳』文庫巻18の[一寸の虫]に登場するお頭。
親の代からの本格派の盗賊。二代目。
年齢・容姿:52歳。でっぷりした躰つき。
生国:信濃国・長野(本妻が住んでいたことから推測)。
探索の発端:外堀ぞいの本銀町(もとしろがねまち)の〔橘屋〕の名代・薄焼せんべい〔加茂の月〕は、鬼平夫妻の好物の一つ。これを鬼平に教えたのは、若年寄・京極備前守高久(丹後・峰山藩主。1万1千余石)であった。
〔橘屋〕は、紀州家や加賀藩邸にも出入りを許されているほどの名菓子舗である。
その〔橘屋〕をうかがっていた初老の男に気づいた鬼平が、松永同心に尾行させたところ、湯島天神下の菓子舗〔柳屋〕へ入ったという。
で、柳屋を見張っていると、男は北品川1丁目の質店〔村田屋〕へ。さっそく、〔村田屋〕への見張所が設けられた。
事件の結末:その男---〔船影〕の忠兵衛一味が南茅場町の水油仲買商〔岡田屋〕へ押し入ろうとする直前に逮捕。忠兵衛は配下に一切の抵抗を禁じ、いさぎよくお縄をうけた。
鬼平の尋問にもすらすらと答えたところによると、長野の本妻が病死したとき、幼なかったむすめ・おみのを〔柳屋〕の養女にしてもらい、そこから〔橘屋〕のニ代目へと嫁がせていたのである。〔橘屋〕をうかがっていたのは、おみのと孫むすめをひと目見たかったからだった。
処刑は書かれてはいないが、死罪だったろう。
つぶやき:この篇は、じつは、〔船影〕の物語ではなく、かつて忠兵衛の配下だった密偵・仁三郎と、これも忠兵衛に追放された畜生ばたらきの盗人〔鹿谷(しかだに)〕の伴助の事件である(伴助は越前国・鹿谷村--現・勝山市鹿谷町の生まれか)。
ストーリーテリングに長けた池波さんは、二つの盗みばたらきのやり様を対比させて描くとともに、火盗改メの同心にも、報奨金目当てのおのれ中心の者がいることをからませた。
もちろん、主題は篇名にもなっている「一寸の虫にも、五分の魂」---15年前、若さゆえの不祥事をしでかして一味から追放されながらも、〔船影〕のお頭の本格派ぶりを慕いつづけていた仁三郎が、おみの夫婦をはじめ、幼ないむすめまで皆ごろしにして忠兵衛に復讐しようとした伴助を刺殺した心意気を伝えることにあった。
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コメント
〔船影〕の忠兵衛お頭も、若いころは家族など--と割り切っていたのに、寄る年波とともに、里子にだしたむすめの幸せを見とどけたい、なんて里心をだしたばっかりに、長谷川組の手におちてしまいましたね。
でもね、おセンチなようだけど、そこに〔船影〕の忠兵衛お頭の人間味を感じるんですよ。もっとも、池波センセの観客泣かせのテのひとつでもあるんでしょうけど。
だけど、やっぱり、共感します。
投稿: 裏店のおこん | 2004.12.30 10:01
芝居では、観客を泣かせるより、笑わせるほうが難しいとか。
しかし、泣かせるのだって簡単ではないでしょう。
池波さんは、その両方のコツを体得なさっています。
笑わせるほうでは、木村忠吾。
投稿: ちゅうすけ | 2004.12.30 15:24