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2004.12.22

〔馴馬(なれうま)〕の三蔵

『鬼平犯科帳』文庫巻18の[馴馬の三蔵]に登場。

218

年齢・容姿:60近い。中肉中背。頭には白髪が混じっている。
生国:常陸国・稲敷郡 馴馬村(現・茨城県龍ヶ崎市馴馬町)

探索の発端:密偵で船宿〔鶴や〕をまかされている〔小房〕の粂八が、橋場の料亭〔万亀〕で、〔馴馬〕の三蔵をみかけた。

〔万亀〕の亭主は、〔瀬戸〕の万右衛門という盗賊で、十数年前、東海道・岡部宿で小間物屋をしていた三蔵の女房おみのと、粂八が預けた恋人お紋を惨殺していたのだ。粂八は、〔鮫津〕の市兵衛の仕業とばかりおもいこんでいたのだが。
女房の仇を討つつもりで〔万亀〕に忍びこんだ〔馴馬〕の三蔵だが、逆に用心棒の浪人に背中を刺されて、粂八に抱かれて息絶えた。

事件の結末:〔馴馬〕の三蔵夫婦と、お紋の仇とばかりに、粂八は、〔瀬戸〕の万右衛門の正体を鬼平に告げた。
火盗改メが〔万亀〕へ討ちこんで一味を捕獲したのは、翌朝であった。

つぶやき:深川・石島町の船宿〔鶴や〕をまかされて、女ッ気がないように見える〔小房〕の粂八にも、鮫津の香具師の元締の妾と「無我夢中の仲」となり、駆け落ちまでした過去があったなんて。
若いということは、思いもかけないようなことをしてのけられることでもあろうか。

いや、いまの粂八の奇妙なのは、19歳のとき、〔血頭〕の丹兵衛一味にいて、おつとめの先の下ばたらきの女に手をつけて破門されたほど女好きだったのに、いまは、妙に悟りすましていること。
(参照: 〔血頭〕の丹兵衛の項)

茨城県 龍ヶ崎市市役所商工観光課 観光物産係 青山 さんからの連絡---
明治22年、「馴馬(なれうま)村」と「若柴(わかしば)村」が合併して「馴芝(なれしば)村」となりました。
昭和28年、「馴芝村」は龍ヶ崎市へ併合。
市の北部に位置している馴馬集落は、比較的古い集落で、1402年の文書に記述があります。
来迎院(らいこういん)と日枝(ひえ)神社という古い史跡もあります。
また、馴馬城跡もあり、南北朝の時代には、存在していたそうです。

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