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2005.01.09

〔真泥(まどろ)〕の伊之松

『鬼平犯科帳』文庫巻1の[浅草・御厩河岸]にチラッと顔出しする盗人。
甲州・石和(いさわ)が本拠の〔鶍(いすか)〕の喜右衛門の頭株。
(参照: 〔鶍〕の喜右衛門の項)

201

年齢・容姿:不明。記述されていない。
生国:伊賀(いが)国山田郡(やまだこうり)真泥(みどろ)村(現・三重県阿山郡大山田村真泥)

探索の端緒:鶍(いすか)の喜右衛門の配下で頭株のくせに、単独で江戸へ出てきて盗みを働いたところを、そのころ火盗改メだった堀帯刀の組(先手弓の第1組)に捕らえられ、佐嶋与力が拷問にかけて鶍(いすか)一味の所在を吐かせた。

結末:大坂で大仕事をするために本拠の石和(いさわ)に集まっていた鶍(いすか)の喜右衛門以下一味12名が捕縛され、江戸送りの上、死罪。

つぶやき:佐嶋与力が拷問の指揮をとったというから、堀帯刀が弓第7組から弓第1組の組頭へ転じた天明6年(1786)12月17日から、持弓頭へ栄転した同8年9月28日までの事件であろう。
この組替えには、弓第1組の与力たちが100両のワイロを、堀帯刀の用人へ贈ったという噂があった。
火盗改メの組の与力には20人扶持(月に約4両に相当)の手当てがつくからである。

[浅草・御厩河岸]は『オール讀物』1967年12月号のために、単発で書かれた鬼平ものである。
この原稿を駆け出しの編集者へ渡すとき、池波さんは「長谷川平蔵というおもしろい男がいてね。人足寄場なんかつくってね」とコナをかけた。
社へ帰った新米編集者は、そのことをさっそく編集長へ報告し、『オール讀物』への連載が決まった。

超人気小説の連載決定の裏話である。
三重県の真泥は、地元では(みどろ)と呼ぶ---とは、学習院生涯学習センター[鬼平]クラスでともに学んでいる新兵衛さんの説である。『旧高旧領』も(みどろ)としている。


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コメント

えっ? 堀帯力さんがワイロを取ったって?
それって、どういうことなんです?

ワイロで組替えができるのですか?

投稿: 加代子 | 2005.01.09 12:14

>加代子さん

堀帯刀が火盗改メの任期2年余のあいだに、3回、組を変わったことは公式記録に記されています。

いや、火盗改メの長官の組替えなんて、そんなに例のむあることではありません。
それだけに、堀帯刀の事例が目立つわけです。

当時の噂では、筒(鉄砲)組の第?組の組頭から、弓の第7組の組頭へ替わるとき、第7組の与力たちは、堀帯刀の用人へ80両とどけたとの噂がありました。

それで、移ってきてほしいと願った弓の第1組の与力たちは100両集めたというのです。
与力10人で100両なら1人10両ずつの拠出です。
月4両の火盗改メ手当てが入るなら、10両なんて2カ月半で取り戻せる計算です。

じっさいに、どういう手続きでそれが可能なのか、堀の用人はどこへどれだけ贈ったのかは知りようがありません。

投稿: ちゅうすけ | 2005.01.09 12:42

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