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2005.03.14

絵師・石田竹仙(ちくせん)

『鬼平犯科帳』文庫巻6の[盗賊人相書]に初登場。前身は旅絵師として諸方の分限者の肖像画を描きながら甞役を兼ねていたが4年前に足を洗い、この篇で火盗改メ・長谷川組と関係ができた。巻10[消えた男]p240(新装版p252)、巻17[鬼火]p32,236(新装版p34,244)でも火盗改メのために人相書を描く。

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年齢・容姿:寛政3年(1791)盛夏の事件である[盗賊人相書き]のとき34,5歳。馬面で、頭を剃りあげ、おちょぼ口の下に山羊ひげ。
生国:伊勢(いせ)国飯高郡松阪(現・三重県松坂市)

探索の発端:飯田町の蕎麦屋〔東玉庵〕の深川・熊井町支店に賊が押し入り、夫婦と奉公人3人が殺害され、金を奪われた。そのとき、小女のおよしは腹をこわして厠へ入っていたために難をのがれ、盗人の首領とおぼしき男の顔を見た。
同心・酒井祐助・竹内孫四郎・木村忠吾らに頼まれて、およしが覚えていた盗人の人相書を描いた石田竹仙の緊張ぶりを聞いた鬼平が疑念を抱き、本所・弥勒寺橋の架かる五間堀のたもとの住居の監視を手配。

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弥勒寺と五間堀に架かる弥勒寺橋(『江戸名所図会 塗り絵師:西尾 忠久)

結末:竹仙が描いたのは、かつての盗人仲間だった遠州無宿の熊治郎だったが、彼が、盗め先で女は犯すは、殺傷はするはに愛憎をつかせた竹仙は、たもとをわかっていた。
京橋・竹河岸の居酒屋にひそんでいた熊治郎に、絵火盗改メのために人相書を渡したことを告げて逃亡をすすめたが、逆に絞殺されそうになったところを、飛び込んだ〔大滝〕の五郎蔵が竹仙を助けた。
熊治郎は屋根から路地へ飛び下りたが、待っていた鬼平に捕縛された。
竹仙はおかまいなし。

つぶやき:竹仙は家庭を持っていた。女房は本所・松井町の菓子舗〔井筒屋〕のゆき遅れだった三女で、腹には子がやどっている。竹仙が恐れたのは、熊治郎の線から自分の過去が暴露され、家庭が崩壊することだった。
熊治郎は、竹仙の線から、自分の身性が割れることを恐れた。
どちらも、おもいめぐらすのは、わが身のことだけ。

旅絵師が甞役とは、池波さんも考えたものだ。

徳川幕府の[御定書(刑法)]第81条に、「人相書を以って御尋ねになるべき者の事」という条があり、

(寛保2年 1742 極)
1.公儀へ対し候重き謀計。
1.主殺し。
1.親殺し。
1.関所破り。
(同)
1.人相書をもって御尋ねの者を存じながら囲い置き、または召仕等致し、訴え出ざる者、獄門。
(寛保2年 同3年極)
但し、存じながら請けに立ち候者、同罪。吟味のうえ存ぜざるに決し候とも、主人、請け人ともに過料。

ここでいう「人相書を以って御尋」とは、人相書を掲示などに公開することであろう。『鬼平犯科帳』に書かれている人相書は、火盗改メ組内での配布とかんがえておく。

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コメント

ははーん。人相書にまで、幕府の決まりがありましたか。

『鬼平犯科帳』の理解が、いよいよ、深まります。

投稿: 文くばり丈太 | 2005.03.14 08:57

竹仙が盗人の人相書きに取り組んでいる時の変化を、得意げに平蔵に報告する忠吾。
これが、平蔵をして池波さんの人生哲学を語らせる言葉「・・・・・竹仙の態を深く見とどけたつもりなのだが・・・いやはや、人の勘ちがいというものは、万事こうしたものなのだ。ことに男と女の間なぞは、他人が見るとき、先ず大間ちがいをしていることが多いものさ」の下地になっている。
旅絵師が嘗役との考えで、真田太平記に登場する絵師、住吉慶春を連想。名胡桃城事件の裏で働き、18巻ではおこうと組んで徳川方の落とし入れ陰謀をことごとく砕き、真田家につくす。
役割は違うが表裏の顔を持つ人物として共通しており、読者をして心温まるエンディングになっている。

投稿: 聡庵 | 2005.03.14 09:39

>文くばり丈太さん

『御定書』、読めば読むほど、気になることがふえてきます。
いいテキストは、『徳川禁令考 後集第3』(創文社 1960.8.25)なのですが、購入して45年間もほうったらかしにしていて、いまごろ、精読している始末です。

>聡庵さん

『真田太平記』、はるかむかしに読んだだけで、文庫は、そろえて、米国にいる家内の息子へ送ってしまいました。
幸い、『完本 池波正太郎 大成』の『真田太平記』が手元にあるので、読み返してみます。
ご教示、感謝。

投稿: ちゅうすけ | 2005.03.14 11:19

菓子舗「井筒屋」の行き遅れむすめだったおうのさんを内儀にして、まるで彩画するようにあっというまに開花させた絵師・竹仙さんの手腕----さすがですね。
男は、こうでなくっちゃ。
奥方・久栄さんもいいました。
「女は、男しだいでございます」

投稿: 岩井町の裏店住い おこん | 2005.03.15 08:18

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