〔風速(かざはや)〕の権七の駕篭屋業(2)
「この、居酒屋〔須賀〕が消えると、多くの仁が落胆するのでは---?」
銕三郎(てつさぶろう 25歳)の問いかけに、〔風速(かざはや)〕の権七(ごんしち 38歳)が答える先に、女将のお須賀(すが 32歳) が、
「でございますよね。だから、ここもつづければいいって言っているんですが、権さんが承知しないんでございますよ」
「おれは、2つの店をやりくりするほどの、才覚は持ちあわせていねえんだ」
権七が、ぴしゃりとお須賀の口を封じた。
権七夫婦の一人むすめのお島(しま)は、5歳になっているといっても、このころは数え齢だし、10月生まれだから、いまの年齢でいうと、満3歳である。
そろそろ、知恵がまわりはじめる齢ごろといえよう。
(子育てを、子守にまかせっきりでいいものか---)
そのことをおもんぱかっての、権七の決断であることが、銕三郎はわかっているので、お須賀への言葉をさがしたが、たやすくはみつからなかった。
上総国武射郡(むしゃこおり)寺崎の縁者のところへ養女にやった於嘉根(おね)のことがあたまに浮かんだ。
(於嘉根も、7歳だ。七五三の祝いの品は、母上が手くばりなさっていようが、おれからも何か---久栄(ひさえ 18歳)に言って、みつくろわすか)
権三郎の表情から察した権七が先まわりして、
「ここは、三島から呼んでいる、須賀の縁者のお滝とその連れあいにゆずると、決めやしたんで。おれたちは、気がむいたら、客としてきて、なじみの客衆の話の輪にいれてもらえりぁ、それでいいで---」
「それも、ひとつの解決案ですな」
(くつろいで風聞がひろえる店がひとつ消えるのは痛いが、駕篭屋業のほうが世情に広く深くかかわれると、権七が読んだのだから、ここはまかせきろう)
銕三郎が話題を変えた。
「お島坊に、弟か妹は?」
「そんな暇は、ございませんのですよ」
お須賀のその言葉に、
「駕篭屋になれば、暇はたっぷり---」
銕三郎が笑うと、つられてお須賀の顔から険が解けた。
「権七どの。駕篭札というのを、どう思いますか?」
銕三郎の案は、駕篭をよく呼ぶ八幡宮前の料理茶屋や木場の旦那衆の店などに、50文(2000円)札、100文(4000円)札、1朱(1万円)札などを前もって買ってもらっておけば、節季ごとの集金をしなくてすむから、金繰りがたすかる---その分、駕籠かき人への支払いがとどこおらない---というのであった。
「前払い(プリ・ペイド)でもらっておくってわけでやすね。ふーむ、前代未聞の案だが---」
【参照】2009年4月13日[風速(かざはや)〕の権七の駕篭屋業] (1) (3) (http://onihei.cocolog-nifty.com/edo/2009/04/post-ac1f.html">4)
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