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2008.08.24

若き日の井関録之助(3)

「〔万(よろず)屋〕どの。いかがでしょう、そういうわけだから、この井関うじを、鶴吉坊の用心棒ということで、寮につめさせては?」
銕三郎(てつさぶろう 22歳 のちの鬼平)が、横の井関録之助(ろくのすけ 18歳)を目でしめして言った。
相手は、日本橋室町の茶問屋〔万屋〕の主人・源右衛門(げんえもん 46歳)と、内儀・お(さい 41歳)である。

源右衛門夫婦が、誘拐(かどわか)されかかった鶴吉を救ってもらったお礼にことよせて、2人を店に近い浮世小路の蒲焼屋・〔大坂屋〕へ招いたのである。

〔大坂屋〕の亭主・金蔵は、うなぎを腹開きにして串を打ち、タレをつけて焼きあげる上方風の蒲焼調理法を江戸へ持ちこんで、好き者たちのあいだで人気を高めている。
それまで、武家の多い江戸では、切腹を連想する腹開きを嫌っていた。

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(左の〔春木屋〕に、「丑の日元祖」とある。この丑の日は、年に4回ある11月の土用のことと。ただ、『万葉集』に大伴家持(やかもち)の歌で「石麻呂(いしまろ)に吾(われ)物申す夏痩せに吉(よ)しというものぞ武奈伎(むなぎ)とり食(め)せ」という歌があるので、夏痩せ回復説も捨てがたい)

内儀・おが同席したのは、浅草・今戸一帯を地盤にしている香具師(やし)の元締・〔木賊(とくさ)〕の林造(りんぞう 58歳)に鶴吉の誘拐しを依頼したことがバレ、林造から、銕三郎が火盗改メに報らせるせる前に、口止めしておいたほうがいい---とすすめられたからである。

「用心棒のお手当ては、いかほどで---?」
「そうさな。食い扶持はそちら持ちということで、月1両2分、年18両、3年ぎめ---ということでは、いかがかな、内儀どの?」
「よろしゅうございましょう」
は、誘拐しの罪で入牢か遠島になるよりは---と、承諾した。
1両2分は、いまの貨幣価値に換算すると、22万円ほどになる。税や社会補償費を引かれない、まるまる手に入る金高である。
録之助は、夢かとばかりに、頬がゆるみっぱなしになった。
30俵2人扶持の下層ご家人の、しかも脇腹に生まれた録之助にとっては、宝の山へ入ったほどの待遇・手当てであった。

井関うじの用心棒の件と、誘拐しの罪は別です」
その言葉にうなずいた源右衛門が、用意しておいた金包みを、銕三郎の膝もとへすべらせた。
「〔万屋〕どの。とり違えていただいては迷惑千万」
金包みを押し返し、
「これからも、もし、鶴吉に危害を加えるようなことが企まれたら、ただちに火盗改メへ報らせるということです。さように、お心得おきいただきたい。いや、本日は、ご馳走にあいなりました。蒲焼は上方風もなかなかの風味ですな」
ついと、立ち上がった。

けっきょく、おには、執行猶予がつけられただけだったのである。
心労はかかえたままである。
これの心労が、おの寿命をちぢめたのかもしれない。

帰り道、井関録之助が、銕三郎に深ぶかと礼を言った。
長谷川先輩。なんとも、はや、かたじけのうござりました。命が救われたおもいです」
「武士たるものが、大げさに言うでない。それだけのことをしてのけたのだから、とうぜんの報酬だ」
「それだけのことをなさったのは、長谷川先輩のほうです。それなのに、金包みを、なぜ、押し返されたのですか?」
銕三郎は、にやりとへ、
「あれを受けとると、あとの仕事がやりにくくなる」
「あとの仕事といいますと---?」
「〔木賊〕の林造とのかけひきだよ」
「はあ---?」
「いまに、わかるさ。それより、よ。おどのを可愛がってやるんだよ。自分だけ愉しんでないで---」
「------?」

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(歌麿『小松引』部分 イメージ)

の師範をうけてから、急にいっぱしの性戯を体得したような気分になり、先輩面(ずら)してみたい銕三郎であった。
若い男は、性のことについては、師範しだいということらしい。
にいわせると、
「単純なところが、可愛いのです」

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(清長 柱絵 『梅色香』部分 イメージ)

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