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2010.02.24

日光への旅(3)

小山(おやま)で早めの昼飯をとり、宇都宮へは七ッ(午後4時)前にはいった。
城を右手に眺めながら、伝馬町から町はずれの戸祭(とまつり)あたりへさしかかったところで、太作(たさく 62歳)が、ついと横道へ曲がった。
つられて、松造(まつぞう 22歳)も井関録之助(ろくのすけ 24歳)もしたがった。

どん。いま、本通りを江曾島(えそじま)の立場(たてば)のほうへ行く、50代半ばの男の行く先をたしかめてから、戸祭郷の旅籠へきておくれ。見失うなよ」
太作の口調にただごとでないものを感じた松造は、荷を録之助へ押しつけ、さっと本通りへでていった。

のこった録之助が、
「何者だ?」
「〔荒神こうじん)〕の助太郎(すけたろう)という盗賊でございますよ」

太作は、14年前に、銕三郎と藤枝の田中城への旅で、箱根の芦ノ湖畔で出会った助太郎について話してきかせた。
「若---もとい、殿が探しておいでなのです」
「14年ものあいだ?」
「賊とわかったのは、殿が18だかのときに、小田原で奴が仕事(ぬすみ)をしたからでございます」

参照】2007年7月14日~[〔荒神(こうじん)〕の助太郎] () (
2008年1月25日~[〔荒神〕の助太郎] () () (
2008年月日~[〔荒神〕の助太郎] () (10

太助どのは、14年前の、そやつの顔を覚えていたのか?」
「若---殿から、いくども聞いておりますから、忘れようったって、忘れるものではございません」
「忠義ものよのう、おぬしは---」
「向こうだって、その気があれば、わたしの顔をおぼえているかもしれませんが、ま、その気配はなかったようで」

話しているうちに、宇都宮城下でも日光道中の北寄りの戸祭郷の旅籠〔黒羽屋〕へ着いた。
ここは、粕壁で泊まった〔藤屋〕の主人にすすめられていた。

風呂をあび、録之助に酒をすすめているところへ、松造が着いた。
尾行(つ)けはじめたところから3丁(300m)ほど巳(み 南)の煙草屋へ入ったので、しばらく物陰でうかがっていたら、なんと、出てくると、こっちへ戻ってきた。
〔黒羽屋〕をとおりこし、1丁ほど先の路地の奥のしもた屋へ消えるところまでたしかめて引き返したと、松造が告げ、太作の指示を待った。
「ご苦労さん。はやく、湯につかってきなされ」
太作はそれきり、助太郎のことは忘れたように口にしなかった。

録之助松造は、明日はいよいよ日光というので気がゆるんだか、地酒が口にあったかして、3本ずつあけ、さっさと布団にはいってしまった。

膳をさげさせてからしばらく考えていた太作は、帳場で番頭になにかを頼んだ。
番頭のいいつけで出て行った小僧が、30歳近い目玉の大きな男をともなって戻ってきた。
多作は、空いている部屋を借り、その男としばらく話しこんでいたが、金を紙につつんでわたすと、そっと部屋へもどり、松造の隣の布団に横たわったが、しばらくすると、年寄りらしい軽いいびきをかきはじめた。


参照】『鬼平犯科帳』文庫巻24[二人五郎蔵]に〔戸祭とまつり)〕の九助の「呼び名」は、ここの地名であろう。

       ★     ★     ★

週刊『池波正太郎の世界 11』[鬼平犯科帳 三](朝日新聞出版)が届いた。

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今週号には、『オール讀物』編集部で池波さん担当だった名女川勝彦さんの[「鬼平名前帳」ができるまで]が寄稿されていておもしろい。
鬼平犯科帳』の盗賊たちの名前といえば、ぼくも調べて、このブロクにあげている。名女川さんの動機fは、登場人物の整理のためであったようだが、ぼくの動機は、雑誌に載った池波さんの書斎の写真に写っていた参考書の脊文字の一つに、明治後期にでた吉田東伍先生著『大日本地名辞書』(冨山房)の1冊を目にし、もしかして、盗賊の呼び名は、地名ではなかろうかと思いついて、調べはじめたのである。

400人ほどでてくる盗賊のうち、300人は上記辞書から採られたと推定できそうであった。もちろん、そのほとんどは池波さんがなにかの機会に取材に訪れた土地にちがいない。

16人は、長谷川平蔵が活躍していた寛政期に板行された鳥山石燕画『画図百鬼夜行』の化け物の名が由来であった。
16人全員は、このブログの盗賊の名でおたしかめいただくとして、とりあえず、数名をあげておく。
呼び名(とおり名ともいう)の色の変わっている「平かな」をクリックで呼びだせる。

〔野槌(のづち)〕の弥平 [1-1 唖の十蔵]
〔蓑火(みのひ)〕の喜之助 [1-3 血頭の丹兵衛]
〔火前坊(かぜんぼう)〕の権七 [1-5 老盗の夢]
〔墓火(はかび)〕の秀五郎 [2-2 谷中・いろは茶屋]
〔網切(あみきり)〕の甚五郎 [5-5 兇賊] 
〔狐火(きつねび)〕の勇五郎 [6-4 狐火]
〔犬神(いぬがみ)〕の権三郎 10-1のタイトル
〔蛇骨(じゃこつ)〕の半九郎[10-6 消えた男]
〔土蜘蛛(つちぐも)〕の金五郎 11-2のタイトル

地名のほうは、その県の、あるいは市の観光資源のつもりで調べ、掲示した。

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082井関録之助 」カテゴリの記事

コメント

久しぶりに荒神の助太郎の登場で、物語の展開は、間違いなく文庫24巻の解決にむかっているんだと納得できました。平蔵さん、頑張れ。

投稿: tsuuko | 2010.02.24 09:36

>tsuuko さん
〔荒神(こうじん)〕の助太郎、あるいはお夏がブログの中にしばらく登場しなくても、決して忘れてはおりません。だって、このブログの目的は、未完の巻24で誘拐されたままになっているおまさを救いだすことと、役につくまでの銕三郎、ひいては平蔵宣以のイタ・セクスアリスを描くことですから。

後者のほうは、いやらしくないていどに、色っぽくと考えています。

投稿: ちゅうすけ | 2010.02.24 13:51

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