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2005.11.17

〔蛇骨(じゃこつ)〕の半九郎

『鬼平犯科帳』文庫巻10に収められている[消えた男]
〔蛇骨(じゃこつ)〕の半九郎一味わずか2年間のあいだに、江戸市中から近郊にかけて押し込み20件、殺傷68名という非道なことをしていた兇賊であった。
火盗改メの任についている堀帯刀組(先手・弓の第1組)の同心・高松繁太郎(25,6歳)は、〔蛇骨〕一味の盗人宿のありかを聞きだすべく、一味の女賊お杉と接触、彼女へ与える逃走資金30両を組へ申請し、拒否された。
(参照: 元同心・高松繁太郎の項)
捜査へのその無理解ぶりに、繁太郎は愛想づかしをして、組屋敷から消えた。
8年後、繁太郎は江戸へ現れ、堀組から長谷川組へ出向のかたちとなっている与力・佐嶋忠介と出会うが、このことは〔蛇骨〕の半九郎とはつながりはない。

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年齢・容姿:どちらも記載されていない。
生国:武蔵(むさし)国江戸の浅草・田原町3丁目蛇骨長屋(現・東京都台東区浅草2丁目)。
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近江屋板・浅草三ノ輪の一部 伝法院の西端に「蛇骨長屋」

『江戸町方書上 浅草(上)』(新人物往来社)の浅草田原町の蛇骨長屋の項に、
「同町のうち、北の方の町端へ寄り湯屋これあり候場所を里俗に蛇骨長屋と唱え候。これは往古蛇の骨に候や、掘り出し候義これあり、右のように申し伝え候由」

探索の発端:前書きのとおりで、高松同心の逃去とともに、捜査は頓挫。

結末:記述されていない。

つぶやき:鳥山石燕『画図百鬼夜行』(国書刊行会)の[今昔百鬼拾遺]篇に、〔蛇骨婆〕があった。
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絵中に添えられている文は、
「もろこし巫咸(ぶかん)国は女丑(じょちゅう)の北にあり。右の手に青蛇をとり、左の手に赤蛇をとる人すめるとぞ。蛇骨婆(じゃこつばば)は此の国の人か。或説に云う、〔蛇塚の蛇五右衛門四囲減るものの妻(め)なり。よりて蛇五婆(じゃごばば)とよびしを、訛(あやま)りて蛇骨婆(じゃこつばば)といふ」

池波さんが〔蛇骨〕という「通り名(呼び名)」をおもいついたとき、わが家の庭同様に熟知している浅草寺あたりの切絵図の「蛇骨長屋」が頭にあったか、それとも妖怪の〔蛇骨婆〕の絵がうかんでいたか。

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コメント

ご無沙汰していましたが、アクセスは欠かさずにしていました。

ここへきて、鳥山石燕「画図百鬼夜行」から池波先生が引用された通り名の絵が掲示されはじめ、このブログの味が、いっそう濃くなりましたね。

[書き込み帳]によると、上掲書から引用された盗賊名は14,5名とか。早く、拝見したいものです。
よろしくお願いいたします。

投稿: 文くばり丈太 | 2005.11.17 08:37

>文くばり丈太さん

ほんとうに、お久しゅう。お元気でしたか? 

ブログになにか、ご異見でもおありかと、案じておりました。

お蔭さまで、ほぼ、1年になります。
はじめたころは、半年もつかどうか心配だったのですが、どうやら、あと2,3か月はもちそうです。

アクセスもコンスタントに100前後を記録しています。
これも、文くばりさんをはじめ、みなさんのご支援の賜物と感謝しております。

今後とも、ご叱正くださいますよう。

投稿: ちゅうすけ | 2005.11.17 09:40

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